9 本坂先輩は彼女よりもナイスバディーのようだ
御撫町のバス停から、バスで隣町にある坂川町にやって来た俺達は、
そこにあるバイト先のファミレス、その名も『ニューハーフ』へとやって来た。
どうして屋号がそんな名前かとい言うと、店長がニューハーフだからである。
そんなニューハーフの岩山鉄五郎(名前のイメージ通り、筋肉ムキムキでスポーツ刈りでガタイがゴツイ)店長に、俺はスタッフルームで姉ちゃんを紹介した。
「どうもはじめまして、稲橋聖吾の姉の美咲です。いつも弟がお世話になっています」
姉ちゃんが愛想よくそう言って丁寧に頭を下げると、岩山店長は両手を組み、体をクネクネさせながら言った。
「まあまあまあ♡聖吾君のお姉さんなの?私は店長の岩山鉄五郎よ♡
こちらこそ聖吾君にはいつもとってもお世話になっています。
よく働いてくれるし他のスタッフとも仲良くやってくれるし、とても助かっているの。
それに私達、将来結婚を誓い合った仲なんです、キャッ♡」
「誓ってねぇ!」
俺は思わずそう叫んだが、姉ちゃんは心底感心するように言った。
「聖吾あんた、担任の先生といい、ホントにモテるのね、年上の同性に。年上キラーなの?」
「ちげぇよ!モテたかないんだよ俺は!」
「でもね聖吾、時期が来たらちゃんと選ばなくちゃダメよ?」
「時期が来てもこの選択肢からは選ばねぇよ!」
俺がそう言って姉ちゃんに訴えていると、
ウエイトレス姿(黒のワンピースにフリル付きの白いエプロン)の本坂夕香奈先輩が、スタッフルームに顔を出した。
「何だか賑やかですねぇ。あら、お客様ですか?」
本坂先輩は俺や美鈴と同じ御撫高校の生徒で、生徒会長をしている。
ウエーブのあるロングヘアーでおっとりとした優しい目をしており、なかなか(いや、かなり)のナイスバディーの持ち主。
そしてミナ高三大美女の一人でもある。
いささか天然でドジっ子な部分もあるけど、それも含めて本坂先輩の魅力であると言って差し支えないだろう。
現にこの店では本坂先輩目当てでやって来る男の客も結構居るのだ。
ちなみに本坂先輩のおじいさんはある古武術の師範だそうで、本坂先輩はその正統な後継者らしく、
あの屈強な岩山店長を一瞬で気絶させるなど、かなりの達人だ。
なので普段おっとり穏やかなだけに、怒らせると実は怖いのかもしれない。
そんな本坂先輩の方に向き直り、俺は姉ちゃんを紹介した。
「本坂先輩、こっちは俺の姉の稲橋美咲です。今、沢凪荘に来てるんですよ」
「あらまあそうなんですか。私、稲橋君と同じ高校に通う本坂夕香奈といいます。
どうぞよろしくおねがいします」
そう言って本坂先輩は丁寧にお辞儀をした。その丁寧さに姉ちゃんも思わず
「あ、どうも、こちらこそよろしくおねがいします」
と言い、丁寧にお辞儀を返す。
そして俺の肩をグイッと引っぱり、本坂先輩に背を向けて声をひそめた。
「聖吾、この人はどうやら本当にいい人そうね。
初対面で外面がいい人は中身はそうでもなかったりするけど、この人は中身からしていい人そうだわ」
「そうだな、それは俺も心から同意するよ」
と、二人してうなずき合っていると、すでにウエイトレス服に着替えた美鈴がやって来て、せかすように俺に言った。
「稲橋君、もう出勤の時間でしょ?私もう行くわよ?」
「あ、そうだった。俺も早く着替えねぇと」
そう言って部屋を出て行こうとすると、姉ちゃんが俺を呼び止めた。
「ちょっとちょっと、私を置いてどこに行こうっていうのよ?」
「仕事に決まってるだろうが、そのためにここに来たんだから。
姉ちゃんはここで大人しくしててくれよ」
「えぇ~?ここで一人で居るなんて退屈で死んじゃうわよ。
私はお客としてフロアに行って、あんたの仕事ぶりを見学させてもらうわ。
ていうか、私もそのウエイトレスの制服着てみたい!
メイドさんみたいですんごく可愛いんだもの」
「はぁ⁉何をいきなり言い出すんだよ!
これは仕事着なんだから、そんなホイホイ貸せる代物じゃないんだよ!」
姉ちゃんのわがまま発言に俺は声を荒げたが、次に岩山店長の口から出た言葉はこれだった。
「あら、別にかまわないわよ?むしろフロアでウエイトレスとして働いてみる?」
「えぇっ⁉」
岩山店長の言葉に俺はびっくり仰天だったが、姉ちゃんはノリノリの様子で言った。
「やりますやります!私、ウエイトレスさんって一度やってみたかったんですよ!」
「おいおい、ウエイトレスって結構大変な仕事なんだぞ?姉ちゃんにできるのかよ?」
心配と不安な気持ちしか湧いてこない俺はそう言ったが、姉ちゃんは自信満々の様子でこう返す。
「大丈夫よ。私人見知りしないし、教えてくれればちゃんと仕事もこなすわよ?」
「でも姉ちゃんの制服だって、すぐには用意できないし・・・・・・」
俺はそう言ったが、隣の本坂先輩がニコッと笑って言った。
「私の予備の制服があるので、それをお貸ししますよ。
体形は同じくらいだから、ちゃんと着られると思いますよ」
かくして姉ちゃんは本坂先輩に借りた予備のウエイトレス服に着替え、俺達と一緒に働く事になった。
そんな姉ちゃんは、胸元を両手でさすりながら俺にボソッと言った。
「あの人、私よりナイスバディーだわよ」
「そ、そうか」
姉ちゃんはどこに出しても(どこで出すんだ?)恥ずかしくないプロポーションをしているが、
本坂先輩はそれを上回るナイスバディーの持ち主のようだ。
う~む、さすが本坂先輩。
俺はおごそかな気持ちで感服した。
本坂先輩や美鈴に仕事のノウハウを聞くと、姉ちゃんは速やかにそれを理解し、ファミレスでの仕事を難なくこなした。
フロアでの接客もそつなくやってのけ、お客さんのウケも上々だった。
本坂先輩や美鈴に負けず劣らず(むしろそれ以上に?)男性客の視線と心を奪い、その働きぶりに、岩山店長も大いに喜んだ。
日当も大層弾んでくれて、日本に居る間のいいお小遣いになったと、姉ちゃんも嬉しそうに言った。




