6 尾田先輩とご対面
「あのなぁ、いくら何でも初日から堂々と居眠りしすぎだろうが。
ちっとは身内のメンツってもんを考えてくれよ」
その日の昼休み、学食へ向かいながら、俺は隣を歩く姉ちゃんに訴える。
が、姉ちゃんは何ら悪びれる様子もなくこう返す。
「だってぇ、時差ボケがまだ抜けきらないんだもん。
それに高校レベルの数学や科学はほぼ完全に分かるから興味ないし。
あ、でも、国語や日本史は興味あるわよ?日本の勉強は日本でするのが一番だもんね」
「とにかく、これからはもう少しちゃんと授業を受けてくれよ。
一応特別留学生って事になってんだからな」
俺の言葉に姉ちゃんは綿菓子のように軽く
「は~い」
と返事をし、頭の後ろに両手を組みながら言った。
「ねぇ、あんたどうして学校では美鈴ちゃんと全然喋らないの?席も隣なのに」
「えぇ?だって別に喋る用事ねぇもん。あっちだってそうだろうし」
「つれないわねぇ、もっとガンガンアタックすればいいのに」
「何の話だよっ」
そんな事を言い合っていると、目の前に尾田先輩が現れた。
「あ、どうもこんにちは尾田先輩」
俺は立ち止まり、極力不自然にならないよう努めながら挨拶をした。
すると尾田先輩も立ち止まり、
「あらこんにちは、そちらが今日来た留学生の方?」
と、薄い笑みを浮かべて言った。
それを見た姉ちゃんは俺の肩に手をまわし、尾田先輩に背を向けて声をひそめた。
「ちょっとちょっと、誰なのよあの美人は?
っていうか何であんたの周りにはこんなに美少女がいっぱい居る訳?
私の周りにはちっとも美男子が居ないってのに!」
「知らねぇよ!」
「あの、稲橋君?」
尾田先輩に声をかけられ、俺と姉ちゃんは慌てて向き直る。
俺はとりあえず、二人にお互いの紹介をした。
「ええと、こっちは俺の二つ年上の姉で、稲橋美咲っていいます。
で、こちらが新聞部部長の尾田清子先輩。今三年生だから、姉ちゃんと同い年だよ」
すると姉ちゃんと尾田先輩はお互いニコッとほほ笑んで握手をかわした。
「はじめまして、聖吾の姉の美咲です。いつも弟がお世話になっています」
「どうもはじめまして、尾田清子です。
そう、留学生というのは稲橋君のお姉さんだったのね、全然知らなかったわ(・・・・・・・・・)。
こちらこそ弟さんにはいつも色々と楽しませて・・・・・・
いえ、お世話になっています」
留学生が俺の姉ちゃんだっていうのをこの人は絶対に知っていただろうし、今ポロッと本音が出たよな?
と思っていると、そんな尾田先輩の胸の中を鋭く察したのか、
姉ちゃんは再び俺の肩に手を回し、尾田先輩に背を向けて声をひそめた。
「聖吾、この人メチャクチャ美人だけど、沢凪荘の人達と違って何だか油断ならないオーラを感じるわ!
この美貌に惑わされて変な事に巻き込まれないように気をつけなさいよ!」
「ああ、そうだね・・・・・・」
というか、もう結構巻き込まれてるかもしれません。
とか思っていると、このやりとりがそのまんま聞こえていたのか、尾田先輩がコホンと咳ばらいをした。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?
私は別に、稲橋君をどうこうしようなんて思っていませんから。
ただ、彼の周りでは色々と面白い事が起きるので、それを取材させてもらっているだけです。
だって私、新聞部ですから」
怪しい笑みを浮かべながら尾田先輩はそう言うと、
「それじゃあまたね、稲橋君」と言い、優雅な足取りで去って行った。
その後姿を、俺と姉ちゃんは間抜けな佇まいで眺めていた。




