1 バルコニーの少女
月が、綺麗な夜だった。
俺はある西洋の屋敷のバルコニーに居た。
屋敷への入り口側に俺が立ち、清らかで聡明な女神のように輝く月と、
透き通る幼子の瞳のような海を背景にした柵側に、
一人の少女が佇んでいる。
彼女は薄い桃色を基調にしたドレスを身にまとい、
ひどくもの悲しげな瞳を、
俺の方に向けていた。
やさしいそよ風が頬にあたるが、
それが彼女の心を和ませてはくれないようだ。
俺は陳腐でありきたりだと分かっていながらも、
こう問いかけずにはいられなかった。
「どうして、そんなに悲しそうな顔をしているの?」
それを聞いた彼女は少し目を細める。
目に涙が浮かんでいるのか、
海に映る月の光が、
彼女の瞳にも映っているように見えた。
そんな彼女は、細くて繊細な絹糸を紡ぎだすような、か細い声で言った。
「あなたへの思いが、届かないから」
「そんな事、はないよ」
俺はすぐに答える。
それは考えるまでもまく、俺の心からの気持ちだった。
しかしそれでは足りないのか、彼女は悲しそうな表情を変える事無くつぶやく。
「だってあなたは、私ではない女性に、心を奪われているんですもの」
「違う」
俺は答えたが、その言葉は泡のように消え、彼女の心には響かない。
そんな中彼女は俺に背を向け、柵の上に、白鳥の羽のように白い手を置いて言った。
「あなたに愛してもらえないなら、
私がこの世界で生きている意味はない。
私は今、あなたが見ているここで、
私の命を終わらせます」
「なっ」
俺の目がひと際大きく開く。
手を伸ばして彼女の元へ駆けだすが、
それをすり抜けるように、
彼女はバルコニーから身を投げた。
「あぁっ!」
俺は叫ぶが、
その叫びはまるで意味も無くそよ風に流され、
彼女の体は一瞬ふわりと浮き、
そして天使が天国から地上へ舞い降りるように、
透き通る海の中へ吸い込まれていく。
「さようなら、私の愛した人。
例えあの世へ行っても、この想いは、変わりません」
つぶやくような彼女の声は、
しかし俺の耳、
いや、心に響いた。
そして俺は、俺は・・・・・・
ばちーん!