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1.勇者、アールメイア・エトワール



 アールメイア・エトワールは勇者である。


 天才。にして、超人。

 賢人でもあり偉人でもあり、勇者だ。


 圧倒的な武力。神に愛されたとしか思えない知恵と力。

 俺が現代に居たころ書物で見てきた、神話時代に存在したとされる英雄のような。そんな、超常的なトンデモ生物。


 選ばれし幼女。

 それがメアである。


 とある日。やりたい放題やっていた魔王軍の前に、突如としてコイツは現れた。

 俺の配下だった、十六魔軍将も、八兵魔団も、近衛四天王も――――そして俺も。全員メアにねじ伏せられた。

 人類では、俺には絶対に勝てなかったはずなのに。

 それを軽々しくこいつは超えてきた。


「――――――――、――――な、豚」


 そうして俺は罰を受けることになって……、なぜか世直しの旅に付き添わなくてはならなくなった。師匠と呼ばせていれば、そのうち俺のことを尊敬してくれるかもと考えたのだが、無駄だったようで……現在こんな感じだ。俺の人間性の浅さが光るエピソードですネ!

 ……いかん、途中から俺の話になっていたな。メアだ。メアの話。


「起きるぞ、師匠」

「あいよ、お姫様」


 メアは。基本的にはとても身勝手だ。今もこうして、深夜だというのに活動を開始している。……子供のうちはきちんと寝ないと育たないぞ。ツルペタのままでも俺は知らんからな。


「うおっとぉ!?」


 手刀が飛んできた。

 風圧で街頭の木の枝がすぱりと切れていた。

 夜とはいえ割と大きい街で、一般人だって歩いている。危険なので非常にやめていただきたい。


「街中で風撃が起こるほどの手刀を繰り出すな! っていうか何で!?」

「なんだか失礼なことを思われた気がした」

「き、気のせいデスヨ」

「まぁいいや。後で殺す」


 ぎょろりと、竜種を思わせる鋭い目がこちらから離れる。生きた心地がしない。……なんだかいつものことだけど。


「お前ねー……、もうちょっと力加減してくれよー。前にも言ったろ? むやみやたらと器物破損したら駄目だって。こんなこと知られたら、またルーリー様にオシオキされるぞ?」

「……うるさい」


 ちょっとだけ気まずそうに、メアは俺にそう返す。

 やれやれ。年頃の娘を持つ父親って、こんなんだろうか。苦労する。


「おいメアったら、待てよ」


 メアは。

 特に目的もなく戦っているらしい。暴れているらしい。

 勇者という枠に納まってそうなったのか、元からそうだったのかは分からない。


「オイ豚、ココで飯食うぞ」

「はいはい」


 そんな暴虐勇者の付き人の俺は、言われるがままに酒場に入る。本当は子供を連れて酒場になんて入りたくもないが、深夜を回っても空いている食事処なんてこういう店しかないわけで。


「いらっしゃい。……なんだお客さん、子連れかい? 大丈夫? 店主の俺が言うのもなんだけど、この時間帯はあんまり治安良くないよ?」

「あー……まぁ、そこはたぶん、大丈夫です。ささっと食べて出て行くんで、ジュース二杯とてきとーな肉料理を見繕っていただけますか」

「ふうん……」


 じろじろと、店主からも、客からも奇異の視線を向けられる。

 そりゃあそうだろうなぁ。

 メアの出で立ちは、あまりにも目立ちすぎる。


 長すぎる金髪(赤色も混じり混じり)、大きく挑発的な目。目立つパーツだけでもコレだ。

 しかもそれでいて堂々としているものだから、人によっては絡みたくもなってくるだろう。

 それに今は冒険者姿ではなく、私服状態だし。同行者も、情けないことに、小太り気味の冴えないオッサンだからなぁ。……我が事ながら泣けてくる話だ。


 壁際で飲んでいるひときわガラの悪そうな男二人が、下卑た笑いを浮かべつつ俺たちに言葉を飛ばす。


「何だ何だァ? 俺が呼んだ娼婦は、お前みたいなちんちくりんじゃ無かったはずだがなぁー?」

「わかんねえぞぉ? もしかしたら超絶テクを持ってるのかもしれねえぜ?」

「ギャハハハッ! そいつはいいや! もしもイかされたら、一万ペイルは払ってやるぜ」

「どこにも気持ちよくなりそうな箇所が見あたらねえけどなあ! ダッハッハッハッハ!」


 あ、まずい。


「あー、メアちゃん? ここはひとつ穏便にいこうぜ。ビークール、ビークール」


 まぁ言ってみるものの。

 基本的に俺の声は無視されますよね。

 いつの間にやらメアの手にはフォークが握られており、それを思い切り壁際へと射出する。


「ちょ、やめ――――」


 俺が慌てて止めに入るも、もう遅い。投球モーションに入った投手には触れられない。ボークになるからとかじゃなく、俺が怪我するから。


 カマイタチでも起きそう(というかさっきは起こった)な風圧と共に、フォークは壁へと飛来する。そして、そのまま壁を貫通した。

 まるで銃弾である。それを、ナイフ、フォーク、ナイフと、ご丁寧に交互にリズムよく投げつけていく。


「はい?」


 男たちの顔から笑いが消えたのは、三つ目のナイフが通過したのを理解した後だった。

 ここにきてようやく、自分たちがどんな相手に対して接していたのかが分かったようだ。

 獣より魔獣より魔物より魔王より強い生物だからなー……。冒険者でもない成人男性がどうこうできるモノではないだろう。


「メア! おい、やめなさいってば! 食器が勿体無いから!」

「ん、それもそうか。ワタシが食事を出来なくなるな」


 ぴたっと、投球モーションが止まる。


「やれやれ……。すんません、店主。五倍のお金払うんで、修理費にでも当ててください」


 俺が言うと、店主は無言でこくこくと頷き厨房へと駆けて行った。


「そっちの壁の人たちもー! すんませんでした~……」


 俺が声をかけるや否や、顔を青ざめさせて席を立つ二人。

 もうひとつの出口からそさくさと出て行ってしまった。


「追うなよ、メア」

「そこまで子供じゃネェよ」


 いや十分子供だよ。

 げんなりしていると、メアはちらりと俺を見上げ、勝気に笑った。


「ふふん、豚ァ。見たか? 出来たぞ?」

「え、何が? 地獄絵図?」

「我ながら、見事な手加減だった」


 わぁー。スゴイデスネ。

 平たい胸を前に突き出しドヤ顔をするメアを見て、俺はがくりと肩を落とす。

 まぁそうだよね。普通にしてたら、フォーク一本で店を丸ごと解体できちゃうくらいだもんね。壁に穴が空いたくらいで済むなんて、なんてスゴインダー。

 心意気は買うんだけどねーおじさん。買うんだけど……、


「お前、しばらく甘味禁止ね。反省しなさい」

「何だと!?」


 ここらへん、強く出られるのは俺の師匠としての『特権』である。

 俺たちは、互いに破れないルールがいくつか存在する。

 神が残した縛り。驚異的な力を持ちすぎた二人に対する、相互関与呪縛(ギフト・ギアス)


 そのうちの一つが、金銭管理だ。

 勇者への報酬として、俺たち(というかメア)はけっこうな金を蓄えている。しかしながら、こいつに自由に使っていいとさせると、おそらくとんでもないことになるだろう。


 たとえば軍事国家を買収してしまい、世界のバランスを崩壊させてしまうかもしれない。

 はたまた謎の兵器を開発してしまい、世界のバランスを崩壊させてしまうかもしれない。

 他にも色々なケースが考えられるが、世界のバランスが以下略。


 何にせよ、危険思想を持つ人物に膨大な金銭は任せられないという理由で、こいつは俺がいないところでは『金銭の事象』に関われない。


 数十ペイルのパンも買えないし、冒険者・勇者としての依頼も受けられない。それどころか、他人がうっかりばらまいてしまい、メアの足元に転がってきたお金を拾い上げることも出来ない。一時的な『取得』になってしまうからだ。


 まぁそんな様々なギアスのせいで、俺たちは共に行動することが多くなる。互いが互いを支えあっているといえば聞こえは良いが、現実には邪魔をし合っているだけである。


「……ギギギッ! 殺してやりたいっ!」


 背の高い椅子に座り、足をばたばたさせながら不貞腐れるメア。


「まぁ、それも出来ないからなぁ……」


 ――――相互関与呪縛(ギフト・ギアス)の二つ目(順番とかは特に無いんだけど)。

 お互いに、お互いを殺害してはならない。

 ギアスが発生しているのは、互いが存在しているからである。

 それを解きたければ話は簡単。どっちかが消滅してしまえば良い。まぁその場合、どう頑張っても殺されるのは俺のほうだけども。実際に一度負けてる身だし。


 ……まぁだから、さっきの手刀も、実は死に至るレベルの攻撃ではないからこそできたのだ。たぶん当たっていたとしても、俺の魔力防御が働くか、超再生で復活かができたのだろう。


 この……、死ななければ攻撃しても良いというところがミソで。

 だからして俺は、けっこう日常的に、死なない程度に(・・・・・・・)痛めつけられてます……。というか、よく踏まれてます。


「おっとメア、ちょっとカチューシャがズレてる」

「ん」


 席を立って髪をちょっと整えてやる。幼さの残る額が今日も美しい。

 ……たとえば。もしも攻撃自体を禁止されているのであれば、こうして触れることもアウトだと認識されてもおかしくはない。


「よしオッケーだ」

「うむ、感謝だぞ豚」

「そういうところは素直なんだよな、お前」


 金銭の縛りのガチガチ感と違い、こちらがわりと緩めなのは、脅威と命の重要性だろう。


 たとえば互いへの『攻撃』が禁止で、かつそこもかなり細かくルール付けされてしまっていた場合。この間の洞窟での魔法を、メアは放てなかっただろう。俺に危害が加わってしまうからだ。


「さて……。んじゃ、食べるかメア」

「アァ」

「いただきます」

「ギャギャギャ」


 俺は手を合わせて、メアは手を合わせない。

 野生児じみたところがあるから、そもそもこういう作法を知らないのかと最初は思ったが、どうやらそうではないらしく。


 何というか、変な話なのだが……、メアは知っていて意図的に無視しているような気がするのだ。こいつの性格的にも、自分の知らない行動に疑問を覚えれば質問をしてきそうだし。……ただ単に俺の行動に興味がないだけかもしれないけどな。


「ギャギャギャ、豚が豚肉を食ってやがる」

「いいから食べなさい、口の悪い」


 豚。

 豚なぁ。

 こっちの世界にも、前の世界の動物っていうのはいるようで(全てを確認したわけではないので、どこまで存在しているかはわからないが)、そこらへんは新たに覚えなおさなくて助かった部分だ。


 しかし豚。

 うん……、魔王生活でだいぶ贅沢しちゃってたからなぁ。

 魔力で騙し騙し燃焼させてきていたが、最近誤魔化しがきかなくなってきたよなぁ……。

 やや……というか大分ぷんにょりとしてきた自分の腹肉をつまみながら、しみじみ思う。


「……ッ」


 うん……、見なかったことにしよう。美味いものは美味い。今はそれでいいじゃないか。

 俺の倍速くらいのスピードで削られていくポークステーキを見ながら、あぁ、成長期あたりに戻りてえなぁ、なんてことをしみじみ考えた。


「見てんなよ、えっち師匠」

「興味ねーよ、チビっ子」


 吐き捨てて。俺も続きを食べることにする。

 魔王と勇者、本日も正常運転である。






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