0.勇者と魔王のしょうもない伝説
――――まず、伝説の紹介をしようか。
一年前まで。
この世界を恐怖に陥れた、邪悪なる魔王がいた。
ソレは、
人々に恐怖政治を敷き、
圧倒的な魔力と戦力で軍隊を跳ね除け、
様々な冒険者や挑戦者を退け、
勇猛果敢な歴戦の兵士らを蹴散らし、
悪逆の限りを尽くしたとされていた。
しかして。
その恐怖の大魔王は、一人の勇者の手によって、敗れ去ることとなる。
その勇者は、
様々な策略を、
多々ある困難を、
禍々しい災厄を、
猛々しい脅威を、
圧倒的な力で突破していった。
こうして、十年にわたる魔王の圧政は終わりを告げ、世界に平和が訪れたのだった。
――――だが、勇者の戦いはまだ終わらない。
正体不明の大魔王を退けたことにより、鳴りを潜めていた様々な勢力が動き始めたのだ。
魔王側では無く、己が欲望にのみ従い突き進む魔物集団・『魔獣王国』
邪神こそが世界の統治者であると唱える邪教団体・『ゼルヴィア』
人類を強制的に不老不死へと誘おうとする魔術軍団『アデプト・レプト』
などなど……。
これまでの魔王など、相手にならないレベルの、魔なる者共。
そんな。
第二・第三の、人類への脅威にならんとする輩を殲滅するため、勇者は再び世界を飛び回ることとなる――――
あ、ちなみに序盤で倒された大魔王ってのが、俺です。
…………。
……。
その……。
いや、だってさぁ! いきなり異世界に転移させられて、チートレベルな能力与えられて!
好き勝手やらないほうが嘘でしょ!?
あ、更にちなみになんですけれど……。
『人々に恐怖政治を敷き、』
→ そもそも圧倒的な力を持ってたから恐怖の対象になっちゃってさ……。
『圧倒的な魔力と戦力で軍隊を跳ね除け、』
→ だって死にたくないし! 軍隊怖いし!
『様々な冒険者や挑戦者を退け、』
→ 個人で強い力持ってるんだもの! そいつらも怖いし!
『勇猛果敢な歴戦の兵士らを蹴散らし、』
→ っていうか、いつの間にか「俺VS人類」みたいになってて草も生えない!
『悪逆の限りを尽くしたとされていた』
→ されてないから! ちょっと美女を差し出すように言って、侍らせてただけだから!
そして更に更に、ちなみに言っておくと。
俺が元魔王として身バレしていないのは、魔王やってたときは魔物っぽいビジュアルになっていたからなのと、勇者に倒された後、即天界に転送されてしまったからという、割としょっぱい理由です、はい……。
だから……、今は人間の姿なんでぇ、威厳とかも、……まぁ無いに等しいですね。
「本当。どうしてこうなった」
いやまぁ確かに? 考えなしにやりすぎたかなーとも思ってるよ?
でも考えてもみてほしい。二十五歳で童貞・無職の無能な男がだぞ、異世界にぽんと飛ばされて……、女神とやらにチートな「なんでもできる能力」与えられて……、やりたい放題しないわけなくない!?
そこらへん神様サイドも甘いと思うんだよなー! 人間の欲望舐めすぎっていうかさぁ!?
こちとら二十年間あまり、一度も報われてこなかった人間なんだぞ!? そりゃあ欲望も開放されちゃうって!
……と、そんなこんなで。
十年間やりたい放題し、三十五歳くらいになった、職歴・元魔王な俺ですが。
現在、極悪幼女にこき使われ、魔物の群れと対峙しております。
さて。
これから語るのは、メアがまだ俺に惚れる前。
出会って間もなくの頃の、殺伐なのかギスギスなのか、よく分からない頃の話である。
とある山岳地帯へと出向いた俺たちは。
一方的な殲滅活動を行っていて――――
「オイオイ師匠よぉ! 動きが遅いぞ! 今夜の食事が師匠の肉塊っていうのはやめてほしいんだけどなぁ!」
「そう思うならお前も手伝って――――ぎひぃっ!? やめて! 人が鍔迫り合いしてるときに、電撃魔法はやめてぇーっ!!」
リザードマンと呼ばれる、手足の生えた竜種と剣を交えながら、俺は懇願の叫びを情けなくもらす。
どうにかパワーバランスを保つために、俺のことを『師匠』と呼ばせてはいるのだが……、ぜんぜん効果はないみたいですね、はい。俺が浅はかでした。
「さっさと片付けとけよ師匠」
「いやいや、お前が手伝ってくれれば良いだろうが!?」
「フン、知るか」
自分の分のノルマは終わったとばかりに、足を組んでゴブリンの屍の山にふんぞり返る麗しき幼女。
こいつこそが、俺を打倒した幼女な勇者。
アールメイア・エトワール。通称メア。
年齢十歳。
百三十五センチ。そして、その身長と同程度に長い金髪が特徴的だ。ところどころ赤いメッシュが入っていて、それをオールバックにして、後頭部でひとつにまとめあげている。綺麗でバランスの良いおでこは、今日も元気に光り輝いている。
結んでいるリボンも、いやに大きく目立つ。見る人によってはかわいいのだろうが、俺にとっては恐怖の象徴だ。
「ギャッギャッギャ! 無様だなぁ豚!」
このように。牙を丸出しで邪悪に笑う。『ガ行』で笑う人類を、俺は生まれてこの方見たことがない。配下だった魔物の中にもいなかった気がする。
大きな瞳は可愛らしく、そして邪悪だ。可愛さと邪悪さがギリギリのラインで両立されているという、奇跡のバランスである。……繰り返すが、俺としては普通に恐ろしいけどね。
黙っていれば美少女・美幼女の部類だ。否が応にも目を引くので、それに付き従っている俺への目線は、まぁ、奇異ですよね。だってほら、ツルペタな幼女ですし……。ドMのロリコン扱いされていても不思議ではない。
「見てるの飽きたし、もういいか」
パチンと、美しい白指を鳴らしたかと思うと、俺と対峙していたリザードマン含む十数体の魔物が爆発四散した。
「ゲホッ! ゲホッ! ……いや、俺への被害考えて!」
「やかましいぞ豚。……それじゃあそろそろ、ここのアジト破壊するからよ」
「え、ちょっ! 待っ――――」
ストップをかけるよりも早く、再びの魔法指パッチン。
これにより。
山の奥に秘匿されていた、魔物集団・『魔獣王国』のアジトは、超が三つほどつくくらいの轟音と共に崩れ去った。
「うぉぉぉーっっ!! あっぶ、あぶねぇえ!!」
魔王時代に使っていた、建物から一瞬で外に出る呪文をぎりぎりのところで発動させた俺は、無様にごろごろと這いつくばり、硝煙立ち込める洞窟だった場所を見やる。
炎。
魔力の渦。
彼らのアジトだった場所は、覆いかぶさっていた丘からして消し飛び、地面すらも抉れている。
ちょっとした災害のような風景の中、神々しくも禍々しい輝きを放つ影が一人。
俺はソイツに注意するように叫ぶ。
「おい、メア! ちょ、ちょっとは加減しなさいよ! 周りに人がいたら死んじゃうだろうがー!」
というか、俺! 素早さアップの魔法が間に合ってなかったら、俺が死んでたから!
「黙れ豚。というか死んでしまっても良かったんだぞ。手間が省ける」
「勘弁してくれませんかねぇ!?」
俺が這いつくばったまま言うと、メアはどこか気分が良さそうに、ギャッギャッギャッと牙をむき出して笑いながら背中に座る。
一仕事終えたときの、いつものポジションだ。
「相変わらず、座り心地の良い肉だな」
「……はぁ、疲れた。もう好きにしてくれ」
まず……、俺の紹介はこんなところだ。
魔王をやってて、好き放題やってて、ちょっとばかし調子に乗っていたら……、とんでもない金髪幼女勇者様にこてんぱんに倒されて、罰として勇者のお目付け役……、もとい、『師匠』というポジションで世直しに同行するはめに。
「ギャッギャッギャッギャッギャッ! ――――オラッ」
「痛ってぇ!?」
機嫌よく、美しく細いおみ足に蹴っ飛ばされる。
変なところで子供っぽく、気分がころころ変わるのだ。イラっとくる以上に、げんなりする。
「それじゃあ師匠。ワタシは疲れたからちょっと寝る。町まで運ぶことを許すぞ」
魔法で強制的に立たされ、お姫様抱っこの形をとらされた俺の腕内へ、ふわっとメアはダイブする。不機嫌だったり機嫌が良くなったり、本当に波が激しいやつだ。
心地よさそうに目を瞑っていると、金髪も相まって育ちの良さそうなお嬢様にも見えなくもない。
「というか、俺そんなに腕の持続力無いんだが……!? 町までってお前、一日以上はかかるじゃねえか!」
「すかー……! すー……!」
「寝る子は育ちますよね!」
まったく、どこまでも傍若無人な勇者様だ。寝つきが早くて良いですね!
やれやれと悪態をついていると、俺たちの背後から、獣のような雄たけびと共に怒号が聞こえてきた。
「ま……、待て!」
「ん? ……げっ!」
声に振り向くと、そこには『魔獣王国』四天王の一人であるレオンが立っていた。
獅子の頭を持つ獣人タイプの魔物だ。
……四天王が一人見当たらないと思ってはいたが、アジトにいなかったのか。あんまり気にしてなかった。
「よくも……、よくもやってくれたなぁ! 我ら魔物集団・『魔獣王国』は、一匹でも残っているとそこが王国になると知れ! ワタシが! ワタシがこれより、同胞の敵を討つべく、貴様らを八つ裂きにしてくれ――――ん? な、なんだ? ウグゥッ!?」
四天王が一人、悪逆のレオン……、暴虐のレオンだったっけ。まぁ何でもいいが。
そのレオンさんの良く開く大きな口を、俺は、自身の体から発した魔法の腕で強制的に塞ぐ。
「しーっ! 静かにしろよ! せっかく寝たのに、メアが起きちゃうでしょうが……!」
ちょっと両腕がメアで塞がっているのでな。横着しているみたいで申し訳ないが、魔法の腕で対処させて貰おう。
「ムググ……ッ! なめ、舐めるなァ!」
「おお、解いた。すごいな。Aランクの冒険者でも勝てない腕力なのに」
あ、そうか。魔法の腕のほうでメアを運べば良いのか。妙案だ。……けどコイツ、変なところで察して起きちゃいそうだよなー。そうなったら面倒だ。また蹴っ飛ばされても嫌だし。
「くらえ! 我が最大魔力奥義! レオン・ネビュラッ!」
瞬間。
ぶくりと、レオンの筋肉が膨れ。
ひとつの砲弾となって、巨体はこちらへ飛来する。
「あっ! ほんとそういうのやめろって!」
だーかーらー!
「メアが起きちゃうだろ!」
魔法の腕として伸ばしていたものの形状を変化させ、新たに大きな刃を生成する。
「道中も大変だったんだ。帰りくらいは静かにさせてくれよ……」
飛来するレオンを、俺はその剣で六等分に切り刻む。……さすがに四肢と首を切っちゃえば、追ってくることは無いよね?
何が起きたのかと言わんばかりに、レオンの悲痛な叫びがこだまする。
「ガァァァッッ!? き、貴様……ッ! なんだ、その、膨大な魔力は……! ワタシのネビュラは、金剛石よりも硬く……」
「あぁいや、そういうの良いから! ほんと、静かにしてくれ!
まぁ……ただ、そうだなあ。しっかりとは俺もわかってないけど、多分俺、金剛石より硬いのも斬れるってことなんじゃない?」
首だけで喋るレオンに、俺はそう返し、今度こそ帰路につく。
「馬鹿な……、そんな魔力を持つのは、あの先代魔王・セリくらいしか……! ウグォォォッ!」
ジュウッと、蒸発するかのようにレオンの首は消滅する。
何も無い空間に、俺は手向けのように、真実だけを告げた。
「いやいや、これくらい。
勇者様と比べたら、ゴミみたいな力だから」
歩きながら、俺は山だった箇所を見る。
抉れているのは山と地面、だけじゃない。
地の底。その――――奥の奥。地層の部分までもが露になっていた。
「……この力を前にしたら、さすがに俺ごとき。魔王なんて名乗れないわなぁ」
下手したら国が一つ消滅しかねん。
そういえば。……この場所が火山地帯でなくて、本当に良かった。あと、他の冒険者とかも居なくて良かった。
こうして。
この日をもって、魔物集団・『魔獣王国』は壊滅した。
そしてついでに山が一峰無くなった。
これじゃあ勇者というよりも破壊神なのだが……、いや、元からあんまり変わってないから良いのか。
……良いのか?
依頼をしてくれた王様に、なんて言い訳をしようかと頭を抱えながら、俺は歩みを進めるのだった。
【読者の皆様へ】
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