第6話 俺がリーダーという名の雑用係になったワケ
「リーダーはリョウがやったら? 一応言い出しっぺなんだし」
リーダーを決めようとしたら、そうアイナが言ってくる。来たな。このメンバーは全員が既に転職できるレベル20を一度は超えたくらい冒険をやっている経験者揃いだ。だから、パーティーのリーダーなんて体の良い雑用係でしかないことを知ってるんだ。
まだ実際に冒険を始める前に、冒険者になりたての夢と希望にあふれた新人がパーティ―を結成した場合は、これから始まる冒険を仕切ろうと「俺がリーダーだ!」「いいえ、私がリーダーよ!」みたいにリーダーの座をめぐって争いが起きることもあるんだけどな。実際に冒険者として活動してみたら、パーティーリーダーがすることなんて役所での事務手続きとかパーティー共有財産の管理みたいな地味な仕事ばっかりで、それ以外にはメンバーの仲違いの仲裁だとか、ほかのパーティーと共同作業をする際の折衝だとか、神経をすり減らすような仕事が多いんだから。
「言い出しっぺは、一応アイナの方だろう? アイナでもいいんじゃないか?」
まずは、軽く反論して、押しつけ合いゲームの始まりだ。
「リョウは男なんだから、あたしより押し出しが効くでしょ」
おいおい、そんな時代錯誤な理屈が通ると思うのか?
「ひと昔前ならともかく、今どきの冒険者に男女差別なんて、そんなに無いだろ。ほとんどが男所帯だった頃ならともかく、今は男女比はほぼ半々なんだし。前に所属してたパーティーだってリーダーは女性がやってたぜ。だいたい、このメンバーだと男は俺とイリスしかいないんだから……」
「「「「「「「えっ?」」」」」」」
俺以外の七人が揃って疑問の声を上げた。あまり感情を表に出していなかったカチュアさえ不審そうに見ている。うげ、これは何かマズいことを言っちまったか!?
焦る俺に、イリスが語りかけてくる。
「ふうん、そうか。君はボクのことを男だと思ってたんだね? 確かにこんな服装だけど、女を捨ててる気はなかったんだけどな」
皮肉そうな笑みを口元に浮かべて言いながら、イリスが緑色の瞳で強烈な冷気のこもった視線を俺に撃ち込んできた。
う、うわあ、やっちまったぁっっっ!!
「ご、ごめん! その、あの、俺より美男子だと思ってたんで、あんまり注意して見てなかったというか、野郎をジロジロ観察する趣味は無いからというか……それにむ……」
っとォ! これは絶対的な禁句ッ!! 胸部装甲の薄さを理由にしたりしたら、それこそイリスだけじゃなく、ほかの連中にも集中砲火を喰らっちまう。こういうことは考えるだけで読まれるんだ。考えるな、俺、感じろ!(←何を?)
混乱して絶句しちまった俺をイリスは無言のまま氷のような視線でながめている。
ダ、ダメだ、これは何を言っても墓穴を掘るパターンっ! かくなる上は……
「すみませんでしたあぁぁぁぁぁっ!!」
俺はその場に土下座して、米つきバッタのように這いつくばって謝った。
「まあ、いいけど……責任は取ってもらおうかな」
「へ、責任?」
その言い方だと、まるで俺があなたと結婚しないといけないような響きなのですが、この場合は違うよね?
「責任を取るのは責任者の仕事だよね。つまり、君は今日から責任者さ。リーダーよろしく」
うげっ、何つー理論だ!?
「チョット待て、それとこれとは話が……」
「違う、なんて言わないよね?」
反論しようとした俺を冷たく見据えながら、イリスは俺の言葉を遮った。
「……申しません」
「よかった」
そう言って、にっこりと笑うイリス。くそう、こうして見ると確かに女じゃねーか! 何で気付かなかったんだ、バカ、バカ、俺のバカっ!!
かくして、俺はこの個性豊かなメンバーで結成するパーティーの雑用係に就任するハメになってしまったのだった。以上、回想終わり!
というわけで雑用タイムの始まりだ。メンバー全員のライセンスカードを集めると、窓口の前に立っている係員から整理券をもらい、番号が呼ばれるまでの間に今回の討伐報告の書類を記入する。
その間に薄情なメンバーたちは、さっさとギルドを出て「冒険者の宿」に向かってしまった。ああ、俺も早く休みたい……でも、討伐報告しないと金にならないからなあ。
冒険者の収入は、ギルドへの討伐報告で得られる報酬金が主なものだ。別にモンスターを倒したって直接金を落とすわけじゃないからな。倒すと死体は「魔素」――世界中の空気の中に漂っている魔力の素――に分解されて消えちまうし。だから「魔物」っていうんだ。ときどき、使ってた武器とか、持ってた道具とかが残ることもあるけど、稀なことだからな。
あとは「迷宮」の中で宝物を見つけるとかもあるけど、そっちは収入としては安定しないからなあ。あれは実入りは大きいけど臨時報酬みたいなモンだ。
書類を書き終わると、ちょうどひとつの窓口で俺の整理券の番号が呼ばれたので、そこの窓口のおばちゃんに俺たち各メンバーのライセンスカードと討伐の報告書類を渡す。美人受付嬢? そんなのは都市伝説だ。美人なら、もっと収入が良い仕事に就くさ。
またしばらく待たされてから、今度は俺の名前が呼ばれたので先ほどのおばちゃんの所に行くと、全員のライセンスカードと今回のモンスター討伐の報酬金や貢献ポイントを記載した書類を渡された。これで報告と報酬の受取は完了だ。
戻ってきた書類にざっと目を通して、報酬金と俺たちのパーティー「スライムサモナーズ」のギルドへの貢献ポイントの数値を確認する。どっちも、まあ予想通りの数値だった。
報酬金の方は、全討伐モンスターにかけられた討伐報酬金の合計を、パーティーメンバーで頭割りにした金額になっている。今回はウェルチも戦闘に参加してたけど、本来は彼女みたいな回復役とか、戦闘能力の低い密偵とかは戦闘には参加しないことが多いからな。個人が討伐したモンスターの数によってもらえる報酬金が変わると役割によって報酬金に格差が出てしまうから、頭割りということになっているんだ。
だいたい冒険者パーティーの標準的な人数は四~六人くらいだから、俺たちみたいに八人パーティーになると、ひとりあたりが貰える報酬金は少なくなる。だから、ある程度の実力がついてきたら、ひとりあたりの取り分を増やすためにパーティーの構成人数は減る傾向にある……つまり、俺たちみたいに余って追放されるメンバーが出てくるってわけだ。
貢献ポイントってのは、冒険者パーティーのランクに関わる数値だ。これはパーティー単位で与えられるもので、貯まるとランクが上がる。
冒険者パーティーの実力の目安であるランクは、AからEまでの五段階に大まかに分けられている。このうち、AとEの数は少ない。最高ランクのAまで上がれる実力のあるパーティーは絶対数が少ない。そして最低ランクであるEは「初心者」を表しているので、大体一年すれば貢献ポイントにかかわらず自動的に「未熟」のDランクに上がるからだ。
俺たちスライムサモナーズのランクはパーティー登録時にDに設定された。まだ冒険者経験が一年程度のオリエ以外は、既に二年以上の経験者が多く、またオリエも含めて転職済みなので、Eランクでスタートする必要はないと判断されたんだ。その程度の柔軟性はある。
せめて「中堅」であるCくらいまでは早く上げたいところではあるが、これはそんなに難しくはない。俺たちの実力なら、その程度のポイントはすぐに稼げるだろう。
強いモンスターを討伐すれば、報酬金だけでなく貢献ポイントも多くもらえる。だから、例えば最強のモンスターであるドラゴンや、その亜種である竜種なんかを倒せば、Dランクから一気にBランクまで上がるくらいの貢献ポイントを稼ぐことだってできるんだ。
そこまでは無理だろうけど、俺たちの実力なら今回のオークよりは強そうなモンスターとも戦えそうだ。だから、俺は次はもっと強いモンスターがいる町へ移動することを提案しようと思いながら、仲間たちが待っている冒険者の宿に向かった。