第38話 黒い秘密兵器
「良い考え?」
思わず聞き返した俺に、クミコはずり落ちかけた眼鏡を中指でツイっと押し上げながら言う。
「うむ、スクランブル合体でノワールを中心に再合体させよ。我の考えが正しければ『あるスキル』があるはずだ」
「なんだか分からんが、試してみる価値はありそうだな。よし、レインボゥ『スクランブル合体』だ!」
俺の指示に従って、レインボゥが分裂すると、ノワールを中心に再合体する。すると、全身漆黒のビッグスライムが誕生した。ダークビッグスライムだな。
そして、詳細モードにした密偵の片眼鏡でレインボゥを見てみると……
「何だこの『ブラックホールキャノン』ってスキルは!?」
「やはりあったか!」
驚愕する俺に嬉々として叫ぶクミコ。
「レインボゥが全属性の最強攻撃スキルを身に付けたのなら、ほかのスライムを中心にしたビッグスライムになれば、それぞれの属性の最強攻撃スキルが存在しているのではないかと仮説を立てたのだ」
「さすがだぜクミコ!」
手放しで賞賛する俺。クミコはこういうときの智恵の回り方は随一だな。
そういえば、レッサードラゴン戦以降は普通にコンプリートビッグスライム状態のレインボゥで倒せる相手としか戦ってなかったから、いちいちスクランブル合体を試したこと無かったんだよな。普段から、もっと色々と試してみるべきだったのかもしれない。
「闇属性の最強攻撃っぽいわよね。とにかくこれで攻撃してみましょうよ」
「そうだね。これでレインボゥのMPが空になったとしても、MPポーションは腐るほど持ってきているから問題ない」
アイナとイリスも言う。確かにその通りだな。
「よし、レインボゥ、やれっ!!」
俺が命令を下すと同時に、レインボゥの前面が以前と同じようにへこむ。コンプリートビッグキャノンのときはさまざまな光の粒子が集まってきていたが、今回は黒い粒子のみが集まってきて、漆黒の玉を形成する。
光のエレメンタルは、剣呑な雰囲気を感じたのか、レインボゥに向けて直径の太い光線を放つが、まったく効果は無い。ダークビッグスライムになってもレインボゥの全属性無効に変わりはないからな。
それで、今度は俺たちの方を倒そうと同じような太い光線を放ってくるが、それは全部カチュアがカバーして受け止める。光線自体は発射すると同時に着弾するんだが、乱射時と同じで発射前に必ず強く発光するから、その時点でカバーすれば間に合うんだ。光線自体の威力は強いのでカチュアも結構HPが削られるが、それはすぐにウェルチがハイヒールで回復させ、回復し切れない分は俺やアイナが追加で回復する。
ヴォーンヴォーンヴォーン……
コンプリートビッグキャノンのときの甲高い音とは違った重低音が響く。それに伴ってウェイトゲージが溜まっていく。
そして、光のエレメンタルの攻撃を二回耐えしのいだところで、ウェイトゲージが振り切った!
「「「「「「「「放て、『ブラックホールキャノン』!!」」」」」」」」
全員が心をひとつにして完全にハモって叫ぶ。
次の瞬間、レインボゥの先端の凹みから、小さな黒い球が飛びだして光のエレメンタルに向かって飛んでいった。光のエレメンタルが放つ強烈な光の中でも一点の墨のような漆黒の小さな塊。
だが、その小さな黒点が光のエレメンタルに着弾した瞬間、それは起きた。
「光が……吸い込まれてる!?」
そうとしか言いようがない現象が起こっていた。光のエレメンタルがどんなに強く輝こうとも、その光は周囲に拡散せず、黒点に向かって集中していく。
「あれは事象の地平。光さえも捕らえられ、抜け出すこと能わぬ高重力の世界……」
クミコがつぶやく。言葉の意味はよくわからんが、とにかく光のエレメンタルが逃げられないということはわかった。
光のエレメンタルの体積が黒点に吸収されてどんどん減っていくのに伴い、密偵の片眼鏡に表示された光のエレメンタルのHPも凄い勢いで減少していく。
やがて、すべての光を吸収してしまうと、その黒点もその場で消え失せる。光のエレメンタルのHPはゼロ。俺たちの勝利だ!
それと同時に、部屋の中央に宝箱が忽然と姿を現し、部屋の北側の壁が開いて通路を形成する。
「やったぞ!」
思わず叫んでしまう。あの宝箱が出たってことは、たぶん間に合ったんだ。
「やったね!」
駆け寄ってきたアイナとハイタッチする。ほかのみんなも駆け寄ってきて、全員でハイタッチを繰り返す。レインボゥもスーラたちに分離して、ふにょんふにょんと近寄ってきたので抱き上げて、今回もよく頑張ってくれたなと撫でてやる。
それが終わると、オリエが宝箱に近づいて慎重に調べ始める。
「罠などは無いでござるな。さあ、アイナ、開けるでござる」
オリエに促されて宝箱に近づいたアイナが蓋を開けると、中にはレインボゥのように七色に輝く宝玉が入っていた。
「これが『エレメンタラーの宝珠』ね。これを持って転職の神殿に行けば、エレメンタラーに転職できるはず」
宝石を手にしたアイナがつぶやく。
「アイナよ、ここは『ねんがんのエレメンタラーの宝珠をてにいれたぞ』と言うところであろう」
「それ、言うと殺されて奪われるっていうジンクスがあるってセリフじゃないの!」
クミコとアイナが冗談を言い合っている。そんなアイナに近づくと、俺は彼女の肩に手を置きながら耳元にささやいた。
「俺がいる限り、誰にもお前を殺させたりはしないさ」
「ば、バカ、何言ってるのよ!」
俺の手を振り払いながらアイナが毒づく。顔が真っ赤だけどな。
「ふうん……随分と仲良くなったみたいだね。二人でフレイムゴーレムを倒したときに何かあったのかな?」
「まあな。言っておくが、だからって贔屓はしないからな」
イリスが突っ込んできたので、軽くいなす。ただし、パーティーリーダーとしての責務は忘れてないことは言っておく。俺も男女関係のせいでパーティー内のバランスが狂って崩壊したパーティーはいくつも見てきたからな。いくらリーダーの実質は雑用係とは言っても、そこは一応パーティーの代表なんで誰か特定のメンバーを贔屓し始めたらパーティーは崩壊するんだ。
「短い付き合いだけど、そこは信頼してるよ。リョウは公正なリーダーだ」
「ありがとよ」
イリスも俺をリーダーとしては信頼してくれているようだ。この信頼を裏切らないようにしないとな。
「さ、目的も達したんだから早く出ましょうよ! この先に地上に戻る転移魔法陣があるはずよ」
照れから立ち直ったアイナに促されて、俺たちは北側の壁に開いた通路の方に進んでいった。
その先には、予想通りに転移魔法陣があったので、そのまま利用して地上に戻る。
「さあ、六組目の勝利者が出てきました! 新進気鋭のAランクパーティ『スライムサモナーズ』が最終組のハンデをものともせずに『エレメンタラーの証』をゲットです。皆様、大きな拍手を!!」
司会者がマイクで会場を煽ると、大きな拍手が巻き起こる。六組目か、結構ギリギリだったな。
見てみると、既にモモチ一族第三分隊とか、地獄の復讐者も出てきていた。競技場の真ん中で宝珠をゲットしたパーティーが五つたむろしていたので、俺たちもそこに向かう。
「ホリー姐も手に入れられたの?」
「ええ、ウチの旦那は頼りになるからね」
アイナに尋ねられたホリーさんが惚気てるよ。それを横目で見ながら、俺はケネスに声をかけに行く。
「ケネスたちも上手くゲットできたみたいだな」
「ああ、ウチは最後のボスが火のエレメンタルだったから、シュバルツケーニッヒと相性が良かった上に、俺たちも色々な対応策が取れたからラッキーだった」
なるほどな。火属性は攻撃魔法でも主流な分、防御用のアイテムや対抗魔法も多いから、ある意味やりやすいと言える。
そんな風に雑談をしていると、場内から大きな歓声が上がった。
「おおっ、ついに最後の一体、闇のエレメンタルが倒されました! 倒したのは『ゴブリンテイマーズ』だ!!」
場内の大型スクリーンにダンジョン内の様子が映し出されていたのだが、そのひとつが拡大されると、ゴブリンテイマーズのゴブリンたちが大写しになる。これはマサトの密偵の片眼鏡に接続したカメラの映像なんだろうな。ボス部屋の中央に出現した宝箱のところにゴブリンニンジャとミーネが近寄っていくのが見えた。
クミコ「今回オミットした設定は転移魔法陣のことであるな」
リョウ「魔法がらみの話なのでクミコが説明の担当なんだな。今回は作中でも活躍したんだし、よろしく頼むぜ」
クミコ「任せておけ。そもそも、大抵のダンジョンにはボス部屋の奥に地上行きの一方通行の転移魔法陣があるのだが、これは何のために作られたと思う?」
リョウ「考えてみれば不思議だよな。ダンジョンってのは、もともと古代魔法文明時代に兵器としてモンスターを作るための設備だったんだから、俺たちがダンジョン踏破したあとで帰りやすい装置が置かれてるってのも変な話だよな」
クミコ「実はな、こうしたボス部屋の奥の転移魔法陣は、ダンジョン最深部で作り出したモンスターをそこから地上に送り出すために設置された装置なのだよ」
リョウ「ああ、なるほど、兵器工場としては、作り出した兵器をすぐに地上に出荷する必要があるってことか」
クミコ「その通り。せっかく生産したモンスターを、侵入者よけのための罠などが仕掛けられた迷宮を歩かせて外に出すのは非効率的だから、すぐに地上に出せるような仕組みも作ってあるわけなのだよ。まあ、ダンジョン警備のために、ダンジョン内に送り出されるモンスターもいるが、それ以外のモンスターはダンジョン外に直接出されるわけだ」
リョウ「なるほどな。野良モンスターのうちの何割かは、外の魔素溜まりで産まれたんじゃなくて、ダンジョンで産まれて外に出されたヤツもいるわけだ。だけど、このダンジョンはモンスターじゃなくて『エレメンタラーの宝珠』を作り出す特殊なダンジョンなんだが」
クミコ「目的は違うが、生産物を地上に送り出せるシステムは準備しておいたのではないかな。あるいは、元は普通のダンジョンだったものを『エレメンタラーの宝珠』を作るために改造した可能性もある」
リョウ「なるほどねえ」
クミコ「それにしても今回のサブタイトルは無いだろう……」
リョウ「何が?」
クミコ「これ、元ネタは六十年代の野球漫画なのだぞ。作者すら読んだことがないというのに!」
作者「すまん、タイトルだけ知ってたんで、つい使ってしまった。勢いでやった。今では反省している」
リョウ「それは全然反省していないときのセリフだ!」
クミコ「リョウ、ちょっと作者が逃げられないように押さえていろ」
リョウ「任せろ……って、ちょっとお前、それは!?」
クミコ「プラズマブラスト!」
リョウ「俺まで巻き込……」
作者・リョウ「うぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」




