夜会・6
男爵夫妻には私から報告しますと言ったが…。
巡回しつつ漸く見つけたクリゾンテーム男爵一家。そう。一家。そこには男爵夫妻だけでなくライラとナタリエも居た。
うわー。ライラ会いたくねぇー。折角なんだし誰かと踊りに行ってこいよ。なんで居るんだよ。報告しないわけにもいかないし、このままじゃ会うしかねぇー。
仕方ない。腹くくっていくか。
「ご無沙汰しております。クリゾンテーム男爵」
にこやかに…。多分にこやかになってると思うんだけど、男爵に声をかける。
私の声と姿を認めると、クリゾンテーム男爵は表情を輝かせた。
「おぉ!リランド様!ご無沙汰しております。お声をかけて頂けるとは嬉しいですな!この度はご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます。男爵夫人もご無沙汰しております。ライラ様とナタリエ様もご機嫌麗しく」
夫人と、嫌だが双子にも声をかける。まぁ、マナーですしね。
「リランド様もご機嫌麗しく。今日は騎士見習いとして警護にあたってるとお聞きしましたが?何かございましたか?」
双子を遮るように前に出て、夫人がズバリ用件を訊いてくれる。そう言えばこのご夫人、カナリーが良い子過ぎてライラとナタリエの我が儘っぷりに頭を悩ませてたんだ。聞こえた話じゃ私を諦めないライラに手を焼いて居たと言う。だから今も双子と私を遮ってくれたんだなぁ。ありがとうございます。
「はい。カナリー様が気分が優れない様でしたので、中庭から休憩室の方にご案内致しました。そのご報告をと思いまして」
「それはありがとうございます。お手を煩わせてしまいまして申し訳ない」
夫人の思いを察したのだろう。スッと双子を遮るように立ち位置を変える男爵。あ、この態度だとライラは未だに私を諦めてないんだな。
男爵夫妻も私もお互い面倒事は避けたい。利害が一致してるしさっさと立ち去ろう。
「警護として当然の仕事をしただけです。それでは失礼致します」
そう言って礼をして背を向け、再び巡回に戻った。
この時ライラとナタリエがどんな表情をしていたのか、私も男爵夫妻もわからなかった。
「何事もなく終わって良かったな」
無事に夜会が終了し、各担当に挨拶をしてお開きとなった。ロッドさんに挨拶すると、ため息混じりにそう呟いた。
「何事かあった事があったのですか?」
王家主催の夜会で何事か起こす貴族なんてそう居ないだろう。クーデターでも画策されてなければ。ここ数年はそんな不穏な情勢ではない筈だ。
「いや、私が騎士になってからはないけど、今年はグライエルがホール内を巡回してたろう?物の見えなくなったご令嬢が出たらどうしようかと心配していたからね。皆」
そんなに私人気高いかなぁ!?今年はアドニスとかも出てたでしょ?私に集中する意味がわからない。
「そんなことはあり得ませんよ」
「そうでもないと思いますよ?」
私の言葉をクーゲルが否定した。
「実際結構な視線を感じましたし。俺はホールを巡回するグライエル様の護衛をしてる気分でした」
警護が警護の護衛かい!と思ったが、実際クーゲルと別れて巡回していた時間は何人か声をかけてくるご令嬢が居た。まさか…。
「私がクーゲルと組まされたのはご令嬢避けですか?」
じろりとロッドさんを見ると、スッと目を反らされた。やはりそう言うことか!
もしここで私が貴族出身の子と組んで巡回していたら、その貴族の子息と顔見知りのご令嬢も声をかけてくるかもしれない。だが相手はあまり顔の知られていないクーゲル家の三男坊。私と組むと言うことは優秀なのだろうが出自がハッキリしない。そんなのが常に隣に居ては声をかけたくてもかけられないご令嬢も出てくる。騎士団側からの最低限の牽制だ。
「これじゃあ私は警護に出る意味ないんじゃ…」
そう低く呟くと慌てた様子でロッドさんがこちらに向き直った。
「そんなことはありませんよ!リランド様は顔見知りも多いですし!観察眼も鋭いですし!あと…」
早口で捲し立てるロッドさん。いや、敬語になってるし。今は私の先輩なんだからマズイでしょう。
「シアーゼ様、分かりました。お気遣いありがとうございます」
まだ何か言おうとするロッドさんを先輩の威厳が無くなってしまう前に止める。もうアウトかもしれないけど。
「何はともあれ無事に終わって安心致しました。本日はお世話になりました」
そう言ってロッドさんに敬礼すると、クーゲルもならって敬礼した。
「「本日はありがとうございました」」
2人揃ってそう挨拶すると、ロッドさんはほっとしたように微笑んだ。
いや、絶対ほっとしてる。今日ずっと緊張してたみたいだし。ごめんなさいね。上司の子供(しかも負い目有り)の面倒見させて。