御前試合
やっちまった。
机に突っ伏して頭を抱える。
うっかり売り言葉に買い言葉でアドニスの提案を飲んでしまった。口八丁で煙に巻くことも出来たのに!
バカー!私のバカー!
万が一負けたらどうするよ!いや、勿論負ける気は無いけど!
でも今回は左腕のハンデがある。負ける可能性も十分ある。
負けたらアドニスと結婚か……。なんか私とアドニス狙いだったご令嬢達から刺されたりしないか?大丈夫か?
くそぅ!問題はクーゲルだけで良いのに!いらん事しやがって!
「ふざけんなよあの野郎……」
「お望みならば一服盛って動けなくして参りましょうか?」
「物騒だな!梟!」
いつの間にか側に現れた梟につっこむ。なんかもう梟にも慣れてきていきなり出現しても驚かなくなってきた。慣れって怖い。
「あの卑怯な次男坊にはその位しても良いかと思いますが。グライエル家としてはリランド様を失う訳にはいきませんし」
梟の言葉にハッとする。
そうだよな。考えたら私が嫡男として家を継ぐのはグライエル家全体の望み。子供同士の口約束程度で覆される決定ならそもそももっと早い段階で諦めていただろうし、そもそも誰かに婿取りさせる。それだって家に関わる重要な決定だ。婿も厳選されるだろう。まぁ、アドニスなら選考基準はクリアするだろうけど。
「そもそも父上の許可が下りなきゃ婿取りなんて出来ないし、良く考えたら万が一負けても大丈夫か」
「……やはり一服盛りましょうか」
「大丈夫だって!負ける気もないし!」
大丈夫だと結論付けたのに何故か一服盛る気満々の梟。
そんなに心配しなくても良いと思うが。私を護るのに失敗したら伯母様から何か罰でもあるのだろうか?あの伯母様からの罰って、なんかすごくエグそう。それなら護るのに必死にもなるか。
「優勝してみせるから安心しろ」
私の言葉に梟は不満気な表情をしたのだった。
「では、成績順にくじを引け。グライエルから」
御前試合当日。トーナメントの組み合わせを決める為のくじ引きから始まった。
トーナメント表を見ると1回戦はシードが枠が2人分ある。表の右端と左端だ。シード枠を引ければ4回勝てば優勝だ。負担が多少減る。
ブラッド先生の持つくじの入った箱に手を突っ込む。
前世じゃカスみたいなくじ運だったが、来い!シード!
木札を1枚掴み、引っ張り出す。引いた木札を先生に手渡す。
先生は受け取った木札を確認し、番号を宣言した。
「グライエル。30番!」
30番。トーナメント表の右端に私の名前が記入される。
よっしゃぁぁ!シード枠!
心の中でガッツポーズをとりつつ表情を変えずに先生に礼をして後ろに下がる。
「次、ラーシュ」
入れ違いでアドニスがくじを引いた。
「ラーシュ。19番!」
アドニスの名前がトーナメント表に記入される。これだとアドニスとは準決勝まで当たらないな。当たるのが遅いのは良いのか悪いのか。
遅ければお互い疲労しているし、私の腕の状態がどうなってるか。まぁ、アドニスが途中で敗退する可能性も高くはなるが。
そして全員が引き終わりトーナメント表が完成した。
クーゲルとは決勝まで当たる事はない。正しくゲーム通りだな。
ダラスマニとアドニスは準々決勝で当たる。
「では、各自自分の試合の舞台に移動しろ」
試合会場は広かった。400mトラックの陸上競技場位だろうか。周りは観客席、中には4つの舞台。流石に試合数が多いので、何試合かずつ一気に進める様だ。私の学年はクラスが少ないから1日で終わるが、クラス数の多い2年3年はそれでも2日に分けるらしい。
観客席の中央、周りより2段程高い位置に王族の観覧席がある。
国王陛下、王妃様、ルーク王子がそこで観覧している。留学中のレギアスは流石に来ていないか。
王家の面々を眺めているうちに、各舞台で1回戦が始まった。
「勝者!グライエル!」
各1回戦が終わり、2回戦が始まった。
私の相手は3組のトップだった。中々の腕前だったが、右腕1本で勝てる相手で良かった。
左腕は今日は添え木はしていない。勿論痛み止も飲んでいない。
打ち合いになると多少響くが痛みはない。これなら何とかなりそうだ。
「有り難うございました!流石グライエル様です!右腕だけでこの強さ!剣を合わせる機会を得られて良かったです!」
対戦相手が目をキラキラさせて礼をしてきた。うん。そう言ってもらえて良かったよ。右腕1本で勝たなきゃならないから一気に攻めちゃったからね。一切攻める隙を与えなくてゴメンな。
内心申し訳無く思いながら礼をして、私は舞台から降りた。
次の試合も無事に勝って、遂に準決勝となった。
「リランド。左腕は大丈夫か?」
準決勝の相手はアドニスだった。準々決勝でダラスマニに勝ったか。
「大丈夫だ。今のところ右腕しか使ってないからな」
「約束覚えてるよな」
「あぁ。安心しろ。私は負けない」
「俺も負ける気は無いよ」
審判のブラッド先生が私達のやり取りを見て眉をひそめた。
「両者構え!」
先生の号令に木剣を構える。
「始め!」
同時にアドニスと私は間合いを詰めた。
アドニスの振り下ろした剣を避け、突きを繰り出す。
が、容易くかわされ、横凪ぎに剣を振るってくる。
それを後ろに跳んでかわす。が、更に間合いを詰めて振るわれた一撃をかわしきれず、受け止める。
重い!
流石にアドニスの剣は重い。片手じゃ受け切れない!
慌てて両手で剣を握る。左腕に鈍い痛みが走る。
この野郎本当に本気で来てやがる!
押される力を利用して再び後ろに跳ぶ。今度は着地と同時に此方から間合いを詰める。
左腕の事を考えると防戦には回れない。此方から攻めないと。
再び剣を片手に持ち変え、攻撃を繰り出す。
片手の方が剣を振るスピードは早いが、威力は無いので弾き返されたらそこで終わる。受けられないスピードで手数で押すしか無い。追い詰めて場外に出せれば勝ちだ。
アドニスは受ける事が出来ず攻撃を避けながら後ろに下がっていく。このまま攻め切る!
絶えず攻撃を繰り出し、舞台の端まで追い詰めた、その時。
ーガッ!
寸での所でアドニスが攻撃を受け止めた。だが体勢が悪い。簡単に押し切れるだろう……通常なら。
片手の今では両手で剣を握っているアドニスに敵わない。押し返されそうになり、慌てて再び両手で剣を握り力を込める。
左腕に僅かな痛みが走る。この状況が長く続くのはマズイ。
こうなったら……。
「……っ」
苦し気に眉を寄せ、呼吸を乱す。
「!?」
そんな私の様子にアドニスが驚愕の表情を浮かべると同時に、抵抗する力が弛んだ。今だ!
「かかったな!」
「あっ!騙したな!」
気付いた時には既に遅し。一気にアドニスは押し切られ、舞台の下へと落ちていった。卑怯と言うなかれ。これも戦術。
「終了!勝者、グライエル!」
ブラッド先生の声が響いた。勝った!勝ったぞ!これでアドニス婿入りのフラグはへし折った!
「残念だったなぁ。アドニス」
舞台から手を差し伸べてやると、起き上がったアドニスは苦笑いで手を取った。
「卑怯じゃないか?」
「お互い様だろ。ま、あれで手を緩めなかったら最低だぞお前」
敵には必要ない情けだが、惚れた女には必要だろう。
舞台の上にアドニスを引き上げた時、隣の舞台から声が響いた。
「止め!勝者!クーゲル!」
振り返ると、クーゲルが相手を舞台の端に追い詰めていた。
決勝戦の相手はカナン・クーゲル。
ゲーム通りじゃないか。
「クーゲル、そんなに腕上げてたのか」
「運が良かったんだろ。アドニスともダラスマニとも私とも当たってないからな」
此方に背を向けているクーゲルを睨みつける。
勝つ。必ず。これ以上リラルートのフラグは立たせない。
決意し、剣を握り締めた……。