後悔※主人公視点ではありません。
ベッドに横たわり目を瞑ったリランド様。
薬が効いたのか呼吸は部屋に戻ったばかりの時より大分落ち着いている。だがまだ寝てはいないだろう。呼吸が睡眠時のモノではない。
赤く腫れ上がった左腕。明日には内出血のせいで紫色になっているだろう。
あの時、俺はあの木剣を打ち落とすことが出来た。
だが俺はそれをしなかった。
あの時俺は少し離れた位置に居た。それでも打ち落とすことは出来たが明らかに不自然な状況になってしまう。
それが原因でリランド様に護衛がついていると周囲の人間にバレるとマズイと判断したのだ。
リランド様なら対処出来るだろうと。
だが、結果はこれだ。
リランド様が対処しきれなかったとか、俺が思っていたより能力が低かったとか言うわけではない。
あの状況で咄嗟に木剣を叩き落とす等、恐らく他の生徒には出来ない。そのまま当たるか、踞って頭を護って当たるかだろう。
反応速度が良すぎたのが仇となったのだ。
だがその反応速度であればきっと避けられたはずなのに何故避けなかったのか。
理由は分かる。避けるとダラスマニに当たる恐れがあったからだ。
だが、まさかあんな奴を護って自分が負傷するなど。
理解出来ない。出来ていなかった。リランド様がどういう人物なのか。
この方を護る事が任務なのに。俺は護るべき人間がどういう人物なのか正しく理解していなかった。
俺の落ち度だ。この方は心構えは既に騎士なのだ。他者を護る為に己を犠牲にする事を厭わない。
それが例え自分に害をなした人間であろうとも。
どこまでこの方は甘いのか。
それとも強いのか。器が大きいのか。この方は本当に理解出来ない。
今、目を瞑って横たわる姿は美しい。まるでお伽噺の眠り姫の様だ。
眠り姫の様に只護られるだけの御令嬢であれば俺はこんな思いをせずに済んだのか。
…だがもしリランド様が護られるだけの御令嬢であれば、俺が付く事は無かっただろう。
それはきっとつまらない。
今のリランド様だからこそ護りたいと思えるのだ。だから護れなかった事をこれ程悔いている。
我ながら矛盾している。
……厄介な事になってしまった。
誰よりも近くに居る事は出来るが誰よりも遠い。
絶対に手に入れる事は出来ない。
絶対に自覚してはならない感情だった。鼠として失格だ。
成人したとは言え、まさか10以上年下の子供にこんな感情を抱くとは。
今なら誰の目もない。拐って2人で行方をくらます事も容易い。
いずれこの国のトップに立つであろう人物達が恋い焦がれている存在を独占出来る。
……いや、きっと出来ない。この方は俺のもとに留まってはくれないだろう。
この方もいずれこの国を支える存在となる。
俺は、この方を支える存在とならねばならない。マリアテーゼ様はいずれ俺をリランド様に譲るつもりでいる。今回俺をリランド様の下に派遣したのはそのテストも兼ねている。
リランド様が俺を使えるか。
俺がマリアテーゼ様の鼠としての己を殺してリランド様に仕えられるか。リランド様を主と認められるか。
まさか違う意味で己を殺さなければならなくなるとは。
だが、俺がこの方の傍に在り続ける為にはそうしなければならない。
……本当に、厄介な事になってしまった。こんな事ならあの時木剣を打ち落としていれば良かった。
そうしたらこの感情にも気付かなかっただろうか?
いや、そもそもあのクーゲル家の三男坊が相手の木剣を飛ばさなければ良かったのだ。
グライエル伯爵の稽古で腕を上げていたとは言え、彼奴はあの時そこまでする必要があったのか?
……まさか、彼奴はリランド様を狙ったのか?
そんな事が出来る程彼奴は腕を上げていたのか?
だとしても何故そんな事をした?
マリアテーゼ様の指示で奴の身元は調べたが、不審な点は無かった。
勿論只の事故の可能性が高い。だが、彼奴が意図的にリランド様を狙ったのだとしたら……。
カナン・クーゲルについてもっと詳しく調べる必要があるか……。
マリアテーゼ様に部下をもう1人回して貰おう。
これ以上この方を傷付けさせない。
静かな寝息を立て始めたリランド様を見つめ、俺は決意を新たにした…。