失敗?2
…やっちっまった。
まさか、自分で自分の首を絞める事になろうとは。
あんなに警戒していたのに何であの時気付けなかったのか。
馬鹿か私は!馬鹿だ私は!
ゴンッ!と机に頭を打ち付ける。教室でやったら何事かとなるだろうけどここはもう自室なので奇行に走っても誰かに見られる心配は無い。
授業後先生の部屋で着替え、戻って来た先生に今日の手合わせはどうだったのか訊ねた。
「クーゲルとダラスマニは随分腕を上げたな。ルーベンスの力か?」
そう返ってきた答えに絶望した。
ゲームでも夏休みの稽古イベントを成功させると先生に誉められるのだ。
完全にこれはリラルートのイベントの流れですよ。どうすんだ。何でだ。何でこうなった。
そもそも夏休み前に発生するべき他のイベントを発生させていないのに何故それだけ発生した?
それにゲームではリラから稽古に誘うのだ。だが私は一切誘っていない。ダラスマニが自分から稽古をつけて欲しいと来て、クーゲルがそれに便乗したのだ。
ゲーム通りに進行しないから補正がかかったのか?強制的に軌道修正しようと?
どんだけイベント発生させても私は絶対クーゲルとはくっつかないけどな!
ご都合主義で誰かとくっつけってんなら別の奴とくっつくわ!ダラスマニとクーゲル以外と!
……違う。そうじゃない。考える事は別にある。
こうなるとクーゲルの行動はリラルートに持って行こうとしているとしか考えられない。
更衣室での鉢合わせ。夏休みの稽古。ゲームでは偶然とリラの好意から起こるイベントだが、此方ではどちらもクーゲルが自らイベントを起こしている。
……不自然だ。これではクーゲルが初めからリラルートで起きるイベントを知っていた様だ。
発生しないイベントを強制的に発生させようとしている?
もしそうならば、クーゲルはこのゲームを知っている。つまり、私と同じ記憶持ちの転生者と言う事ではないか。
だが、それにしては発生イベントが少な過ぎる。ゲームの記憶持ちならばもっと色々イベントを起こしていても良い筈だ。
特に1年目は攻略対象はリラ位しか居ない。ステータス以外はリラの好感度を上げる事しか出来ないのだ。
私が執拗に避けていた為に他は何も出来なかったのだろうか?
……駄目だ。考えていても埒が明かない。
再び机に突っ伏す。
「何を為さってるんですか。次期グライエル伯爵が」
いきなりかけられた声に頭を上げる。
部屋には私しか居なかったぞ!?
声のした方を振り向くと、そこには全身白ずくめの人物が立っていた。
「え。梟…?」
「そうです。さっきから机に頭を打ち付けて何為さってるんですか」
いや、その言い方だと机に頭を打ち付ける事しかしてない感じだな。端から見たらそうなんだろうけど。
「ちょっと考え事をしていた」
「頭を打ち付けながらですか?考え事には効率的ではない様ですが」
「ほっといてくれ。考え方は人それぞれ色々あるんだ」
そう投げやりに応えると、梟はまじまじと私を見た。
「…驚かないんですか?」
「何が?」
「私が此処に居ることに」
「え?驚いたよ?明らかに最初のリアクション驚いてただろ」
私の言葉に梟は露骨にため息を吐いた。
「あれで驚いていたのならリアクション薄すぎますよ」
「うるさい。で、何で此処に居るんだ?」
「マリアテーゼ様からダラスマニの次男坊の監視を言い付けられまして。ついでにリランド様を見守る様にと。それでご挨拶に参りました」
「思いっきり不法侵入だな。ていうか私はついでか」
「そんなもの今更でしょう。それだけリランド様は信頼されていると言う事です。ラーシュ家の次男坊も付いていますし」
今更か。まぁ、グライエル家でも姿が見えずともずっと側に控えてたんだろうけど。寮の自室に侵入はどうかと思うぞ。ていうか私の唯一気が抜けるプライベートエリアが!?
「ダラスマニの監視がメインなら、普段はダラスマニに付いているのか?」
「まぁ、そうなりますね。マリアテーゼ様にがっつり調教されてましたから、妙な気は起こさないでしょうが、万が一と言うこともありますし」
良かった!それなら、私のプライベートエリアは何とか守られる!
「ですが、マリアテーゼ様からリランド様の駒となるようにも言い付けられたので、何かあればお呼び下さい。直ぐ様参ります」
「え。どうやって?」
常に私の近くに控えている訳じゃ無いのに、呼んで来るのか?
「それは、企業秘密です」
私の問いに梟は笑って…あ、顔全然見えないから分からないが多分雰囲気的に笑ってる。そう、笑って答えた。
何だ?前世なら盗聴機とかあったけど今世では無いもんな。ホントに来るのか後で試してみよう。
そんな事を考えていると、梟が跪き、今度は真剣な表情(多分)で私を見詰めた。
「リランド様。私達鼠は主に使われてこその存在です。ですから、貴女が思い、考えた事を実行する為に力が必要となった時はどうぞ遠慮無く私をお呼び下さい」
金の双眸が真っ直ぐに私を捉える。言葉と姿勢自体は懇願。だが、その眼に宿る光は何かあったら直ぐ呼べと、そう命令している様だった。
「何か、言葉と表情と迫力が合ってないんだけど?」
「まぁ、本音を言えばまた貴女に何かあったら私マリアテーゼ様に殺されます。いや、多分殺された方がマシな目にあわされます。だから直ぐ呼んで下さい」
「自分の心配か!」
「いや、ちゃんと貴女の心配もしてますよ。本当に何かあったら呼んで下さいね。何でも良いので駒として、手足の様に使って下さい。私はその為に居ますから」
いやに念を押してくるな。まぁ、1人で無茶した前科があるから仕方ないかのか。
「分かったよ。この前みたいな無茶はしない」
私の言葉に梟は露骨にため息を吐いた。
おい。今日2回目だぞ。失礼じゃないか?
「分かってませんね。貴女は剣だけでなくもっと人の使い方を覚えるべきです。貴族とは本来人を使うのが当たり前の存在です。なのに貴女は必要最低限しか人を使わない。あとは自分で為さってしまう。マリアテーゼ様はもっと人を使う事に慣れるべきだと仰っていましたよ」
だから自分を使えと。そう言うことか。
しかし、いきなり梟を使えとはハードル高くないか?梟はグライエル家で父上の鼠と2トップをはる優秀な鼠だ。自分の部下など持った事のない私が使いこなせるかどうか。
……これはもしかして伯母様の優しさではなく、試されているのだろうか?
梟の金の双眸を見詰め返す。
私にはまだ真意を読む事は出来ない。だが、伯母様が私の足りない部分を補う為に梟を寄越したのならば、変な勘繰りはせずに私はそれに応えよう。
「分かった。残りの学園生活、ダラスマニの監視と共に梟には私の為に働いて貰うよ」
私の答えに梟は満足気に笑った(多分)
「そうして下さい。では、私は監視に戻ります」
そう言って梟は1つ礼をすると、姿を消した。
……まぁ、有力な駒が手に入ったのはかなり有難い。使いこなせるか不安だが、出来るだけ有効に使わせて貰おう…。
カナン・クーゲルをバッドエンドに落とす為に。