父娘
「街で何かあったか?」
あれから屋敷へと帰り、父上の私室に連れてかれた。
途中うっかりザックと遭遇したが、凄い勢いで2度見されて凄い目で見られた。失礼だ。後で文句言ってやる。
で、今飴をつまみながら対談が始まった。
「いえ。とても楽しかったです。父上とあんな風に普通の父娘の様に過ごす事など初めてでしたし」
「父娘…か」
父上はそう呟くと、飴を1つ口に入れた。ミントの香りの飴だ。
屋台の飴は意外と種類があって、レモン風味やバター風味。キャラメルなんかもあった。
私もレモン風味の飴を口に入れた。前世じゃ香料で香り付けされてるのが殆どだったけど、これはどうやって作ってるんだろう?香水はあるから、香りを抽出する方法は普及してるのかな。後で調べてみよう。
「リランド…。リラに、戻るか?」
「…は?」
父上の言葉の意味が全く解らず、聞き返した。
リラに、戻る?
「お前は本当に立派に成長してくれた。武術も知力も同年代の男を遥かに凌ぐ。自慢の息子だ。…だが」
ガリッと音がした。父上が飴を噛み砕いた音だ。
「今回の事はお前を男として育ててしまった事で起きた。お前を騎士にしようとしなければ、ダラスマニに目を付けられる事もなかった。他の姉妹の様にもっと護衛を付けて外出させていれば、お前は…」
父上は言葉を詰まらせた。膝の上で組まれた手が色を無くしている。相当力が入っている様だ。
「その手を汚す事もなかった…」
…そうか。
漸く解った。
父上は私が人を殺めた事を、そんな事態にさせてしまった事を悔いているのか。
梟にも言ったけど、本人そんなに気にしてないんだけどな?
「父上。手を痛めてしまいます」
手を伸ばし、固く組まれた手に添えた。
「あの時私1人逃げる事も可能でした。それをしなかったのは私の判断です。将来騎士になれば人を斬る事もあるでしょう。それは剣を握った時から覚悟しています」
私の手の中の父上の手の力はまだ抜けない。
「父上のせいではありません。むしろ父上のお陰で私は人を護る力を得られたのです。感謝しています」
感謝。という言葉が効いたのか、漸く手の力が抜けた。
「だが、お前には要らぬ負担をかけてばかりだ。他の姉妹と同様に成長していれば、人の命も、伯爵家も、騎士団も背負う事は無かったのに」
「まだ、騎士団を背負えるかはわかりませんよ。伯爵家も誰かが婿取りするかもしれません」
「だがお前はそのつもりでいるだろう?グライエル伯爵、騎士団長、領主全てを継ぐつもりでいるだろう」
おお。流石は父親。見抜かれている。
まぁ、どうなるかわからないっても思ってはいるけど、どうなっても良いように覚悟と準備はしておかないとね。
「それが、私は領主だけは失念しておりました。今回伯母様が治めるグライエル領を見て、私は伯母様の様な立派な領主になれるか…今の民の笑顔を護れるか、それが不安でたまりません」
私の言葉に父上が驚いた表情をした。
「お前が不安を口にするなど、初めてだな」
え?そう?
「何時もお前は私達が心配しても『大丈夫です』と笑っていたからな…。それが返って心配だったが」
父上は手をほどくと、今度は私の両手を包んだ。さっき迄と逆だな。
「そうさせてしまっているのは私のせいだと思っていた。無理をさせてしまっていると。だから、今不安を口にしてくれて安心した…」
そう言うと父上は優しく微笑んだ。
「全てを背負おうとしなくて良い。不安でも何でも言いなさい。お前がこれからどうなろうと、私の大切な子供だ。…息子であれ、娘であれ、な」
…言葉が出なかった。目の奥が熱い。
私は、本当に恵まれている。
「ありがとう、ございます…」
言葉と共に、零れそうになる涙をぐっと堪えた…。