親子水入らず
どんどん更新頻度が落ちてしまい申し訳ありません(TT)
「父さん!あれ食べたい!」
「ミラ。走るんじゃない。屋台は逃げないよ」
美味しそうな匂いを放つ屋台に向かって駆けていく私を父上がやんわりと諌める。
『ミラ』と呼ばれているが、私はリラ(ンド)である。
朝の冷えきったご対面の後。父上とお忍びで領内の街の視察に行く事となった。
なので今偽名を使い変装をしている。口調も行動も貴族然としてなく平民っぽく砕けている。
「父さんも食べる?」
屋台手前で振り返って問うと、父上は笑顔で1つ頷いた。
「おじさん。2つ下さい」
「はいよ。『お嬢ちゃん』見かけない子だねぇ」
お嬢ちゃん。そう。今私は女の装いをしていた。
父上と私は髪と目の色がまず珍しい。なので赤の色粉で髪を染めた。元の色が黒いせいか大分暗い赤になったが。
そして更に私は変装と言うことでワンピースを着せられたのだ!
屋敷内にはダラスマニも居るしマズイんじゃないかと抵抗したが、そもそもアイツは男女に拘らない私信者なので万一見られても特に危険度は変わらないだろうと伯母様に説き伏せられた。
久し振りの娘仕様の私に父上は最早デレデレである。さっきまでの魔王感どこ行った。
「うん。父さんの仕事について今日この街に来たの」
「そうかい。この街は良い街だろう?」
「うん。活気があって綺麗な街ね」
「綺麗なのは治安が良いからさ。領主様のおかげさね」
そう言いながら屋台のおっちゃんは食べやすいように品物を紙に包み2つ差し出した。
私が受け取ると同時に隣に来ていた父上が支払いをする。
「領主様は有能でいらっしゃるんですね」
「有能なんてもんじゃない。素晴らしいお方だよ。元々良い街だったが、今の領主様になってから益々良くなった。この街に生まれて良かったよ」
父上の言葉に熱く語るおっちゃん。伯母様すげぇなぁ。こんなに慕われる領主って中々居ないんじゃ?
「領主様は女性でな。貴族様方は色々言うみたいだが、俺達にとっちゃ女神様みたいでな…」
あ。これ長くなるわ。
危険を察知した私と父上は適当に話を切り上げ、歩きながら買った物を食べる。セーフ。まだ温かい。
小麦粉を水で伸ばして焼いた生地でミートソースとチーズが包まれている。クレープより歯ごたえのある生地だ。あれだ。〇リトーみたいだな。懐かしいな。
「これ美味しいね。父さん」
「そうだな。たまにはこういうのも良いな」
機嫌良く〇リトーを齧る父上。機嫌が治って良かったよ。
「おば…領主様は凄い慕われてるんだね」
「そうだな。…それだけ民の為に尽力してきたんだろう。凄い方だな」
「…次の領主様は大変だね。これほどの街を、領地を、領民を引き継いで護っていかなくちゃならないんだね」
「…そうだな」
伯母様が造り上げた領民の為のこの街。領内の街はここだけではない。だが私の見た限りでは他の街も村も民は笑顔で暮らしていた。
…この国は各領の行政は領主に全面的に任せられている。課税も、教育も、農産業も、商業も。
実際、他領の民では課税が重く苦しんでいる者も、それにより人買いに子を売る親も居ると聞く。
この国は奴隷制度も人身売買も禁じられているが、隠れてやる悪党など何時の時代でも何処にでも居るものだ。
グライエル領は教育水準も高く治安も良い。前世の日本じゃ当たり前だったけど、この国ではそれは珍しい。
それを成し遂げるのに伯母様はどれ程尽力したのだろう。
そして伯母様が造り上げたこの領を、将来私は護れるのだろうか?姉妹皆が他家に嫁いでしまったら、領主は私が継ぐ他ない。
私が領主を継いだ後、領民をあのおっちゃんの様にこの街に生まれて良かったと笑わせてやれるだろうか?
冷めてきたブ〇トーを齧る。懐かしい味だ。平和に自分の為だけに生きていた頃を思い出す。
あの頃の私の護るモノなど、自分の生活と多くはない友人と家族位しかなかった。
今の私はヘタしたら将来騎士団と国と、このグライエル領の民を護っていかなければならない。
…桁が違う。
そんなに背負い切れるだろうか。
全てを護れるだろうか?
「ミラ?どうした?」
いつの間にか立ち止まっていたらしく、父上が振り返って顔を覗き込んでいた。失敗した。心配そうな表情をしている。
「あの屋台から甘い匂いがするから、何かなぁって思って」
咄嗟に笑顔で甘い匂いを放っていた屋台を指差す。
砂糖独特の甘い匂いからして恐らく飴屋だろう。
私の反応に父上は少し眉をひそめた。…誤魔化しきれなかったか。
「飴屋だね。お土産に少し買っていこうか。…帰ったら食べながら、話をしようか」
父上の優しい笑顔に、何故か私は泣きそうになった…。
父娘デートで明るい話にするつもりだったのに何故か不安に叩き落としてしまいました(-_-;)