夜語り
遅くなってしまいました…。
…眠れねぇ。
休もうと言って各々皆ベッドに入った。だが、疲れているはずなのに一向に眠れない。神経が緊張状態のままなのかな?
何度目かの寝返りをうつと眠っている伯母様が見えた。流石に神経の太さが違うな。
ベッドは4つ並んでいて、私とザックが壁際で、伯母様が私とダラスマニの間に寝ている。
…駄目だ。どうせ眠れないならもう起きよう。
起き上がって部屋を見渡す。スイートルームの様な造りの良い部屋だ。ベランダが付いている。そうだ。外の風にでも当たろうか。
出来るだけ足音を立てず移動し、ベランダに出る。夏も終わりに近付いているが、まだ夜も暑い。空を見上げると一面の星空に金に輝く満月が見えた。
「危ないですよ」
いきなり隣から声がした。居るのは分かっていたがまさか声をかけてくるとは思っていなかったので驚いて其方を振り返る。
「梟」
「こんな夜更けにベランダとは言え外に出るなんて。それとも身投げでも為さるおつもりで?」
身投げ?
何故そんな事を言い出すのか?
「なんでそんな事しなきゃならない?」
本気で分からない。と表情に出して問い掛けると、梟はその金眼を軽く見張った。色と良い満月みたいだな。
「今回の事に関して何とも思っていらっしゃらない?」
今回の事?誘拐された事か?梟がどこまで見ていたのか分からないしなぁ…あぁ。思い当たる事が1つある。
「人を殺めた事か?」
これなら、残った死体を見れば分かるだろう。
「そうですね…。辛くはないですか?あれだけの人を殺めて」
「人を殺めた罪悪感で自殺をするのではないかと?」
「覚悟があると言ってはいても、いざ実際に人の命を奪うとその重みに耐えられない者も多いですから」
そう言って労るような目を向ける。確かに、訓練で成績優秀でも、いざ実戦で人を斬れない騎士も居ると聞いたことはある。
…だが。
「大丈夫だ。…傲慢だが、私にとっては私の命はあの賊達の命より重いものだ。だから、私はあいつらの命の重みに潰される事はない」
自己中極まれりだが、こちとら前世の心残りもある。今世はなにがなんでも大往生したい。自分の為に悪人を殺す事を躊躇ってはいられない。
私の発言が余程意外だったのか、梟はまた目を見張った。
自分の仕える家の子供がこんなんだとやっぱり嫌かな?申し訳ない気分になって、取り敢えず謝った。
「すまないな。身の程知らずの傲慢なガキで」
「いえ。貴方はそうであるべきです」
…え?
意外な応えに今度は此方が目を見張った。
「自分の価値を知らず、己の命等どうでも良いとする相手を護るなど、此方もやり甲斐が無いですからね」
「…そういうもの?人の命は平等じゃない?」
予想外の応えに思わず人道的にお決まりの文句を言ってみる。が、梟は私の言葉に目を細めた。
「面白い事を仰る。では、麦は質の良いものと、粗悪なものでは値段が違います。貴方は麦であれば品質を問わず全て等しく麦であり、価値に差は無いと仰いますか?」
成る程!…いや、違うか。麦と人とは違うでしょ!
「そうは言わないが…。人と麦は別物だろう」
「同じでしょう?麦という種。人という種。人も等しくは無いのです。優秀で価値の高い者、粗悪で価値の低い者。…貴方は御自分の価値を正しく認識するべきだ」
鋭く細められた金の眼に見据えられ、背筋が伸びた。
…言われてみれば自分の価値等今まで考えた事もなかった。
グライエル伯爵家に産まれ、嫡男として恥じない様に、利用しようとする輩につけ込まれる隙を作らない様に、ギャルゲー通りに攻略されない様に、カナン・クーゲルをバッドエンドに落とす為に、今世はちゃんと寿命で大往生を迎える様に。ただそれだけの目的の為に生きてきた。その結果の今の私の価値等。
……分からない。
「私に流れる血か?プリムヴェール公爵家の血を継ぎ、王子と従兄弟。それか?」
「…御自分の価値を分かって居られぬとは」
溜め息を吐いて首を振る。なんか腹立つリアクションだな。
「男に組み敷かれてもまだ分かりませんか。貴方の価値はその流れる血だけではありません。生き汚いのは良いですが、もっと御自分の価値を知って下さい。此方は気が気でないですよ」
再び溜め息を吐かれる。なんか居たたまれないな。ていうか組み敷かれてんの見てたのかよ!?助けろよ!
「ええと…善処する」
「…期待はしませんが…。宜しくお願い致します」
期待しないんかい!?まぁ良いけど。
「所で、何故あの2人を連れて来たので?」
いきなりもっともな質問をされる。あ。やっぱり疑問に思う?
「利用価値があるかなと。…あと、目の届かない所で何かされる位なら、目の届く所で監視した方が良いかなと」
片や男女問わず売れっ子の男娼。片や腕の立つ用心棒。味方なら使い道はいくらでもある。…それに、見えない所で何か企まれる位なら手元で監視した方が安全な気がする。
「成る程。てっきり同情されたのかと」
「まぁ、それもあるな」
梟の言葉に軽く頷く。母親の仇みたいな男爵夫人に慰み物にされてたんだよ?私だったら絶対嫌だ。それに、私が伯母様に助け出される時のあの辛そうな顔が流石に可哀相で…。
「甘いですね」
バッサリ切られる。悪かったな!あまちゃんで!
「でも、まぁ妥当でしょう。精々上手く使える様に頑張って下さい。…くれぐれも飼い犬に手を噛まれる事の無いように」
溜め息混じりに嫌みを言われる。雇い主の身内に対して失礼じゃないか?
「大丈夫だ!」
力強く答えたが、早くも引き取ってきた事を後悔し始めていた…。