娼館(※主人公視点ではありません)
相変わらず進みません。すみません…。
ザック視点です。
不憫だな。
ジェンの要望に応え部屋を出たが、残された黒髪の貴族の坊っちゃんには悪い事をした。舌を咬まれるなよとは言ったが、あの坊っちゃんは賢い。ジェンを殺せば自分がどうなるかは分かるだろう。ならば抵抗も出来ずアイツを受け入れるしかない。
拐ってきておいてなんだが、つくづく不憫だな。ジェンに気に入られたばかりに。
しかし、捕らえられても尚屈しないあの根性。あんな綺麗な顔をしていて躊躇いもなく人を殺めるその神経。とても貴族の坊っちゃんとは思えない。
ジェンもとんでもないものに惚れ込んだな。これからどうなることか。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前から男が1人歩いてきた。
「オーナー。どうされましたか?」
この身なりの良い小太りの中年男がここのオーナーだ。
服の趣味は良いがそれ以外の趣味はあまり良いとは言えない男だ。
「ザック。ジェンが戻ったと聞いてな。復帰させる前に『商品価値』が落ちていないか確認を、と思ってな」
朗らかな笑顔でそう言う。内側のいやらしさを出さない辺り流石一流の商売人。と言ったところか。
「『商品価値の確認』ですか」
それが何を意味するか。
ジェンはお気に入りだったからな。戻って早々我慢が出来なくなったか。
「でなければ値段の付けようもないだろう?私の部屋に寄越す様に」
「今、ですか?」
「当たり前だろう。此方はあの子の我が儘を聞いているんだ。立場を考えるように」
「畏まりました」
礼をし、来た廊下を戻る。
オーナーは客室とは別に自分専用の部屋を用意している。趣味と実益を兼ねた良い商売だな。
しかし、こうなると今度はジェンが不憫だな。今幸せの絶頂だろうに。
部屋の前まで戻ると、水を指すようにドアを力強くノックしたー。
ここからダラスマニ視点です。変態注意です。
…まさか頭突きをされるとは。
素直に従ってくれるとは思ってなかったが、つくづく予想の上を行く方だ。だが、それでこそ落とし甲斐があるというものだ。
まだ少しクラクラするが、ベッドに倒れ込んだグライエル様の上に覆い被さる。
こうして見ると華奢な身体だ。俺の身体で覆い隠してしまえるだろう。こんな身体でどうしてあんな立ち回りが出来るのか。
ゆっくりと此方を仰ぎ見る紅い眼。
あのグライエル様が今俺の腕の中に捕らえられ、俺を見上げている。
ゾクゾクした。手に入れた実感が湧いてくる。だが、まだ堕としたわけではない。本番はこれからだ。
「本当に、簡単には堕ちて下さらないですね」
足を押さえ付け、耳元に顔を寄せる。髪から柑橘系の爽やかな香りがした。
「そろそろ観念して下さいね…」
そう囁くと、顔を背けられてしまった。観念してくれる気は無いようだ。
離れてしまった耳を追い、甘噛みする。微かにグライエル様の身体が震えた。…少し耳を責めてみようか。
耳の中に舌を這わせ、首筋を舐め上げる。
軽い愛撫だが、グライエル様は身体を微かに震わせ、目をきつく閉じていた。目許に僅かに涙が滲んでいた。
あの強く、何者にも屈しない態度を取っていたグライエル様が、今、俺の下で、俺の愛撫に涙まで浮かべて身を震わせている。
なんて可愛らしい。高まる興奮に自分を押さえられなくなりそうになる。
だがダメだ。最初に行為を不快に感じさせては今後上手くいかなくなってしまう。
「…可愛らしいですね」
耳元で思わず笑みが漏れてしまった。笑われた事を察したらしく此方を睨み付けてくる。
睨まれた。だが、その紅い瞳に自分しか映っていない事が堪らなく幸せに思えた。
未だ此方を睨み付けてくるその目許に口付ける。
「その瞳に僕しか映っていないなんて、至福ですね…」
それだけでも幸せなのに、これから身体を重ねたらどうなってしまうのか。
「大丈夫ですよ。必ず気持ち良くしますから…」
服に手をかけたその時。
ードンドンッ
強くドアがノックされた。
「ジェン。出れるか?悪いが緊急事態だ」
続いてザックの声。アイツは下らない理由で水を差すような真似はしない奴だ。ならば本当に緊急事態なのだろう。
「すみません、少しお待ちください」
きっと助かったと思っているだろうが、声をかけてベッドから降りる。
ドアを開けると苦虫を噛み潰したような顔のザックが立っていた。
「どうした?」
「オーナーがお呼びだ。『商品価値』を確かめたいとよ。専用個室でお待ちだよ」
「今から?」
あの狸親父。戻って早々にか。何も今でなくても良いだろう。
「我が儘を聞いているんだ、立場を考えろとよ」
イヤそうにザックが言う。ザックはオーナーがあまり好きではないからな。まぁ、俺もどちらかと言うと嫌いだが。
立場を考えろ。か。それを言われると拒否権は無い。オーナーの協力があってこそのこの計画だ。立場を考えれば従うしかない。
溜め息を1つ吐く。
「グライエル様を頼む。大丈夫だと思うが何もするなよ」
「あぁ。…まぁ、頑張れよ」
上手い言葉が出てこなかったのだろう。何を頑張れと言うのか。
苦笑いを返し、グライエル様の元へ1度戻る。ザックと話しているうちに既に身体を起こして此方を見ている。その表情は先程と違い冷静そのものだ。
「朝には戻ります。ごゆっくりお休み下さい」
「…お前も大変だな」
労るようなその言葉に心が暖かくなった。
拐われ、捕らわれ、犯されかけたというのに、こんな俺を気遣ってくれるのか。
あぁ。本当に。
貴方と共に生きられるのならば、我が身など惜しくは無い。
「貴方との未来の為ならば、何も苦ではありませんよ」
そう。その為に狸親父の相手など、容易いものだ。
「では、行って参ります」
ドアの横に立つザックに目で合図をして、俺は部屋を出た。