襲撃者の驚愕(※主人公視点ではありません)
皆既月食ですね。
想定外だった。こんなにあっさりと3人殺られてしまうとは。
剣の腕が立つことは分かっていたが、まさか伯爵家のご令息がこれ程容易く人を殺すとは思わなかった。
髭面をナイフでひと突き。その直後に投げナイフで脚を狙い、前列の機動力を削ぎ、事態が飲み込めないままの後列を仕留めに行くついでにすれ違い様にまた1人仕留める。
なんと鮮やかな手際だ。
そして返り血も浴びずレイピアを構えるその姿。
なんと美しい。
血の様な紅い瞳。何物にも染まらない漆黒の髪。その凛とした立ち姿。
ゾクゾクした。このまま成長すれば将来彼は此の国で唯一無二の至高の存在となるだろう。
だが今ならまだ間に合う。今なら捕らえて私の。私だけのモノに出来る。
さて、どう捕らえるか。考えていたその時、睨み合っていたリランド・グライエルがいきなり踵を返し走り出した。
まさか逃げるつもりか!?
予想外のその行動に全員再び呆気に取られ、着いていけないでいた。
「逃がすな!追え!」
俺の声に我に返った皆が慌てて後を追う。既にリランドは馬車を回り込んで死角に入っている。
先頭が馬車を回り込んだ次の瞬間。
「ぎゃあぁー!」
「ひぃっ」
立て続けに耳障りな悲鳴が聞こえた。
…まさか⁉
リランドは逃げたのではない。あれだけの人数に突っ込むのでは流石に多勢に無勢。敢えて逃げた様に見せかけ、馬車の陰で待伏せし、追ってきた奴等を各個撃破したのだ。
何人殺られた?恐れをなしたのか後続の奴等は踏み込めずにいる様だった。
だが馬車の陰に居るのなら反対側から回り込めば挟み撃ちに出来る。
…出来れば無傷で捕らえたかったが仕方ない。
手を挙げ、狙撃主に合図を送る。そして数人と反対側から回り込む。
気配を消し、そっと馬車の陰から様子を伺う。
其所にリランドは居た。丁度狙撃が成功した様だった。左腕に血が滲んでいる。
…やった!これで確実に捕らえる事が出来る。
俺は馬車の陰からリランドの背後に歩み出る。
「もう逃げられませんよ」
もう。一生。逃がしませんよ。