夏休み・6
「今日はクーゲルが来るんだっけか?」
「そう。セルゲイを迎えにやったから、そろそろ来るんじゃないか?」
「リラ、なんか機嫌悪くないか?」
「気のせいだろ」
お茶を啜りながら応えるが、正直不機嫌だった。
何しろ敵(と同じ顔)のカナン・クーゲルを招かなければならないのだ。自分でそうなるようにしたのだが、正直面白くないし、先日のフリジアとの婚約話を考えると、万一フリジアルートに入ったらどうしようと不安にもなる。
「不機嫌じゃないか…」
ぼやいてお茶を飲むアドニス。八つ当りしてごめんよ。口には出さないけど。
その時、ドアがノックされる。アザレがドア越しに用件を聞く。
「リランド様。クーゲル様がおみえになったそうです」
「そう。じゃあダラスマニの時のように客室で着替えてもらって訓練場に案内するように」
「畏まりました」
ドアから此方に戻ったアザレからの報告に指示を出し、私達は訓練場に向かった。
「なんだ。今回は随分マトモだな」
稽古途中で父上が呟いた。クーゲルはダラスマニに比べるとまだ余裕があるようだった。
「クーゲルは入学試験の成績はダラスマニより上でしたので」
「そうか。商家出身で大したものだ」
「恐れ入ります」
父上の評価に礼をするクーゲル。て言うか父上の印象良かったらダメじゃん!騎士になっちゃうじゃん!
内心焦りながら、その後も稽古は続いた。
「…大丈夫か?クーゲル」
「はい…なんとか…」
結果、調子に乗った父上の容赦ない稽古でクーゲルもダラスマニ程ではないが屍と化していた。
「この前の奴より鍛え甲斐が有りそうだな」
「グライエル伯爵容赦ないですね…」
やはり涼しい顔でそう言う父上に、横で疲れた顔で呟くアドニス。
「ほら、クーゲル。着替えに行くぞ。お茶の用意をして貰ってるからな」
そう言ってアドニスはクーゲルを引っ張って客室へ行った。
成るほど。アドニスを必ず同席させるのはダラスマニとクーゲルに付ける為か。アドニスが付いていてくれれば私は安心出来る。
「では、父上。私も行きます。ありがとうございました」
礼をすると、父上は少し表情を曇らせた。
「リランド。あの子は、商家のクーゲル家の子なのだな?」
「はい。その筈ですが…何か?」
父上の表情が険しい。クーゲル家に何かあるのか?
「いや、騎士の剣ではないが、あの子は随分剣の腕を磨いていたようだ。技術としては傭兵等の其れに近い」
確かに、騎士修める剣術ではないが、クーゲルは剣の扱いに慣れている様だった。
「…それは、クーゲルは剣の腕はプロの其れに近いということですか?」
「まだそこまでではないが…傭兵団で育った子供の様な腕前だ」
裕福な商家の子供が傭兵団の子供の様?
「まぁ、今日もクーゲル家に迎えに行ったのだし、身元は間違いないが、少し気になったのでな」
笑って言って、父上は私の頭を撫でた。
「引き留めてすまなかったな。2人が待っているだろう。行きなさい」
「はい…」
礼をして、私は部屋に向かった。
…クーゲルは、私の知るギャルゲーの主人公とは違うのだろうか?
「今日はありがとうございました」
稽古後のお茶も終え、帰り際クーゲルが丁寧に礼をした。
「いや、少しでも為になったのなら良かった」
「少しなんて、とても為になりました。本当にありがとうございました」
「無駄にするなよ」
偉そうにアドニスが口を挟む。ダラスマニの時といいお前なんなの?アドニスを睨み付けてる間にクーゲルを乗せた馬車は走り去って行った。
「…アドニス。クーゲルに何か違和感とか感じなかったか?」
「…いや、随分礼儀正しくしてたな。と思った位だな。まぁ、庶民が伯爵家にくれば礼儀正しくなるよな」
「…そうだな」
父上の言葉がどうしても気に掛かる。
カナン・クーゲルは何者なんだ?私の知るギャルゲーの主人公ではないのか?
何とも言えない不安を抱えたまま、クーゲルを乗せた馬車を見詰めていた…。