夏休み・1
登場人物が増えてきたので最初に登場人物一覧をつくりました。
「凄いな…」
目の前を埋め尽くす馬車、馬車、馬車。
寮の前の広い駐車スペースは迎えの馬車でごった返していた。今日から夏休みと言うことで、各家の迎えが来ているのだ。
「あれ。うちの迎えだな。グライエル家の馬車も隣に居るな」
隣に立っていたアドニスが呟く。見ると、寮の1番近くにラーシュ家の家紋の入った馬車が停まっていた。馬車に入った家紋を見るに、どうやら身分の高い家から手前に停まっている様だ。
アドニスは侯爵家。実はうちの学年では1番身分が高い。だから1番手前に停まっていた。そして直ぐ隣にはうちの馬車が。馬車の直ぐ横に立っていたロマンスグレーの紳士が私を見つけると此方に近寄ってきた。
「リランド様。お迎えに上がりました」
言って綺麗にお辞儀をする。
「ありがとう。セルゲイ」
セルゲイはお祖父様が騎士団長を務めていた時代に騎士団に所属していた元騎士だ。元は商家の次男で、当時1、2を争う程の剣の腕前でお祖父様に目をかけられていた為、引退後うちに引っ張られたらしい。今は執事兼私の護衛を任されている。
「アドニス様、お久し振りにございます。暫く拝見しないうちに逞しくなられた」
「セルゲイさんお久し振りです。まだまだですよ」
アドニスが挨拶をする。セルゲイは父上不在時に代わって稽古をつけてくれていたので、私達にとって師匠の様なものなので実は頭が上がらない。
「じゃあ、俺ももう迎えは来てるから行くよ。また遊びに行くからな。セルゲイさん、良ければ休暇中また稽古をつけて下さい」
そう言ってアドニスはラーシュ家の馬車に向かった。
あっさりした別れだが、どうせ言葉通りまた直ぐうちに来るだろう。
「私達も参りましょう」
セルゲイに促され私も馬車に向かう。乗り込む瞬間、妙な視線を感じて振り返る。
寮の前には身分の高い家から帰っていくのを待っている生徒達。此方を見ている者は結構居た。彼等からは特に何も感じない。
「リランド様?如何されました?」
「いや、何でもないよ」
乗り込まない私にセルゲイが声をかける。セルゲイは特に何も感じなかった様だ。
なら気のせいか?何かあればセルゲイも気付くだろうし。
改めて馬車に乗り込むと、セルゲイはドアを閉め、御者台についた。
間も無く馬車は動き出した。学園から屋敷までは20分程の距離だ。屋敷も学園も王都内にある。
グライエル伯爵家の領地自体は王都から離れているが、父上が騎士団長で王城勤務なので殆どの家族が王都内の屋敷に住んでいる。
領地の方は父上の姉君。つまり伯母様が管理している。
なんと未だ独身でバリバリ女領主として働いている、この世界では珍しい女性だ。
お婆様似のグラマーな美女なので未だに引く手数多なのだが、何しろ自分より有能な男じゃないと嫌だと言い張り来る縁談を片っ端から破談している。
父上が女性に強く出られないのは伯母様の影響だ。間違い無い。伯母様もシーズン中は此方に来られる。父上は片身狭いだろうなぁ。
そんなことを考えている間にグライエル家が見えて来ていた。
門の前には私の乗る馬車より大きめの馬車が停まっていた。恐らくグラナート学園に通うお姉様方だろう。
此方は御者兼護衛のセルゲイ1人と私のだけだが、彼方はトリアお姉様とサーシャお姉様。あと護衛も何人か付いているので大きい馬車になる。
私は自分の身位自分で守れなきゃ仕方ないからセルゲイ以外護衛は付かないのだ。決して大事にされていない訳ではない。
隣に停車すると、セルゲイがドアを開けてくれる。ご令嬢なら手を取られる所だが、私は一応そのまま降りる。
すると、丁度隣の馬車から護衛に手を取られてサーシャお姉様が降りて来られた。
「リラ、お帰りなさい」
既に降りていたトリアお姉様がいつの間にか側に来ていた。あれ?気配感じませんでしたよお姉様?
サーシャお姉様も此方に駆け寄ってくる。
「お久し振りですトリアお姉様。サーシャお姉様。お二人もお帰りなさい」
「ただいま。リラ。少し背が伸びたかしら?」
金髪碧眼のトリアお姉様はそう言って私と並ぶ。確かに、ヒールを履いているお姉様とそう変わらない目線だ。誕生日の時には私の方が少し目線が低かったから、伸びたんだろう。
「その様です。トリアお姉様とサーシャお姉様はお変わりない様で」
「あら。立派な淑女になったと思わない?」
私の言葉にオレンジに近い赤毛をサラリとかき上げるサーシャお姉様。
「淑女はみだりに走ったりしませんよ」
「久し振りなんだから大目に見てやって。それより早く屋敷に入りましょう。きっと皆待っているわ」
私の言葉に苦笑するトリアお姉様に促され、私達は漸く屋敷に入ったのだった。