困惑
「何なんだアイツは‼」
授業が全て終わり、アドニスと寮に帰るとチェスに誘われたので、今回は自分の部屋に招き入れたのだが……。
部屋に入るなり浮気を問い詰められる様な台詞で怒鳴られた。
え。何?私何かした?
「防いだから良いものの!きまってたらアバラいってただろ!」
「あぁ。クーゲルの事か」
「なんでそんな反応軽いんだよ!」
なんでと言われても。
私だってムカついたしふざけんなと言いたかったさ。出来るならボッコボコにしたかったさ。いや、初対面時から既にボッコボコにしたかったけどね。
でも自分の立場を考えたらそうもいかないでしょ。やったら問題でしょ。
だから自分の手を汚さず自爆的なバッドエンドに落としてやりたいんだけど。今のところ思い出せた攻略対象は私とフリジア。
私は嫌だしフリジアもダメ。他の攻略対象が思い出せればなー。
「狙ってやった証拠も無いし、本人がわざとじゃないって言ってんだから騒いだところでどうしようもないだろ」
斬りかかって来た時のあの目付きが引っ掛かるけど。
「あれはわざとだろ!」
「だと思うけどさ。取り敢えず今回は折れてやろうぜ。次はないがな」
もしまた今回みたいに危害をくわえられそうになったら……
「もし次があったら、その時は潰す」
あれ?もしかしてその方がバッドエンドなんてまわりくどいことをしなくてもすぐ消せて楽じゃない?
そう考えると、ますますアイツの行動が理解出来ない。本人はわざとではないと言ったとしても、もしあの一撃がきまっていて私が負傷したら伯爵家が黙っていないだろう。
訓練中の出来事といえど、先生の制止を無視し剣を振るったのだ。言わば命令違反。そんな制御出来ない奴は最初から騎士に向いていない。学校は退学させるだろうし、下手したら実家のクーゲル家も息子が伯爵家嫡男を害したとして貴族相手の取引に悪影響を及ぼすかもしれない。
「百害あって一理無し。だよなぁ…」
「お前を切りつけたことか?」
「あぁ。アレがきまってたらアイツもタダじゃ済まないだろう?」
「確かにな」
アドニスも貴族社会で育って来たのでどうなるか容易く想像出来るだろう。
じゃあなんであんな事をしたんだ?只の馬鹿なのか?それとも勘繰りすぎで本当にわざとじゃないとか…?あー。もう面倒くさい!
「平和に学生やりたいなぁ…」
「考えるの面倒になったんだろ」
「だって考えたって仕方ないじゃないかー。もういいよチェスやろう。成る様に成るさ」
「…学校辞めて女として生きていけば楽なんじゃないか?」
チェスを準備しているとアドニスが馬鹿な事を言った。
振り返ると馬鹿な事を言った割にはアドニスは真剣な表情をしていた。
「今更何言ってんだ」
「だってそうだろう。最初から女として生きていれば今している様な心配はしなくて済んだんだ」
「最初から女として生きていく選択肢なんて無かったんだよ」
「女だったら、グラナート学園に通って平和に学生やって、卒業したら然るべき相手に嫁いで」
「誰だよ然るべき相手。ウィリアムか?私はお前の義姉になれば良いのか?」
「…っ」
以前婚約の打診が来たことを思い出し冗談めかしてそう言うと、アドニスは言葉を詰まらせた。
結婚相手としてはアドニスよりウィリアムの方が良いだろう。何しろグラナート学園を首席卒業した次期侯爵だ。そのウィリアムが婚約を申し込めばアドニスはもう出る幕がない。
「今更だ。それに私は男として生きていくと覚悟を決めてここに居る。お前は私の覚悟を踏みにじるのか?」
「そんなつもりは…」
「なら、2度とそんな事を言うな。私は男として生きる。ウィリアムにも、それ以外の男にも嫁ぐ事はない」
きっぱり言い切ると、アドニスはしゅんとした様子で俯いた。ちょっと可哀想かもしれない。
大体女に戻ったとして、今更淑女の礼儀作法とか無理。出来ない。確実に伯爵家の顔に泥を塗る情けない令嬢が出来上がるわ。今のまま生きていくよりその方が心配だ。
「騎士になれば、結婚は無理でもずっと一緒には居られるからな」
チェス盤に駒を並べながらそう言うと、アドニスは顔を上げた。
「不満か?」
「まさか。充分だよ」
私の言葉に充分だろうが満足だとは見えない苦笑を浮かべたのだった。
アドニスに壁ドンでもさせようかと思ったんですが、イメージ的に部屋のど真ん中に居たので無理でした。壁遠い。