懸念
アドニス視点です。
何時も通り教室の前でリラが着替え終えるのを待つ。
リラは待たなくて良いというが、あまりリラを1人にしたくはないし、そもそもそんなに待たされている訳でもない。
更衣室と教室にそんなに距離はないが、何時も着替えに出てから5分掛からずリラは戻ってくる。一体どんなスピードで着替えてるんだ。
俺達だってそんなに早くは着替えない。まぁ、急ぐ必要がないからかも知れないが。
…等と考えていると、早足でリラが戻って来た。
そんなに急がずともまだ時間に余裕はあるのに。そう声をかけようと視線を向けると……
リラの表情は険しかった。若干顔色も青い気がする。
「どうかしたのか?険しい顔して」
声をかけると、顔を上げたリラは焦った様子で口を開いた。
「それが…」
そこまで言って、口を閉ざす。
そして少し何かを考えた様で「ちょっと気になる事が…。後で話すよ」と言った。
此処では言えない…つまり誰が聞いているかわからない場所では話せない。という事か。
ならば帰ったらチェスにでも誘って俺の部屋で話を聞くか。
そんなことを考えながら演習場に向かった…。
授業は無事に終わり、リラは皆と時間をずらして最後に着替えようとブラッド先生と共に演習場を片付けていた。
俺は皆を先導して先に更衣室で着替えを済ませ、クラスメイトが全員出たことを確認してリラを呼びに行った。
演習場の入り口でリラは待っていた。
「全員着替えて出てったぞ」
「ありがとう。あのな、アドニス。頼みたいことがあるんだが…」
リラが頼み事とは珍しい。
「どうした?」
「更衣室の前で待っていてくれるか?そんなに待たせないから」
普段待たなくて良いと言っているリラが「待っていてくれるか?」とは…しかも教室ではなく更衣室の前で?
「全然構わないが」
「済まない。すぐ着替えて来るから」
そもそも最初の頃にリラが着替えている間は更衣室の前で俺が人払いをする事を提案したのだ。
だが、リラにそれでは悪目立ちすると言われて断られたのだ。
それが今日は待っていてくれとは。
「…更衣室で何かあったのか?」
先程の様子といい、何かあったとしか思えない。しかも更衣室で。
…嫌な想像しか出来ない。まさか誰かに女とバレたとか…。
「何もないよ。後で話すよ…取り敢えず着替えて帰ろう」
そう言って更衣室に向かう。
着替えている間、更衣室のドアの前で待つ。
「ラーシュ。どうした?そんなところで」
「ブラッド先生」
声に振り返ると黒髪翠眼の男性が立っていた。担任で剣術を担当しているブラッド先生だ。
「リランドを待っているんです」
「なんだ。わざわざ廊下でか?」
「俺はとっくに着替え終わってますから。わざわざ中で男の着替えを眺める趣味も無いですし」
「男の着替え、な。まぁ、そういう趣味の奴も居るがな」
え。まさか……
「先生は、そちらの趣味をお持ちで?」
思わず一歩後退りしてしまった。
そんな俺の様子を見て、先生は意地の悪い笑顔を浮かべた。
「安心しろ。俺はそんな趣味は無い。だが、グラナート学園と違ってこっちはそういう奴も少なくはないからな。気をつけろよ」
その言葉に血の気が引く。
「本当ですか……?」
「嘘言ってどうする」
「え。嫌がらせ?」
「お前なぁ…」
「アドニス。待たせたな」
先生が苦笑した時、リラが更衣室から出て来た。
「ブラッド先生」
「あぁ。グライエル。さっきは片付けご苦労だったな」
「いえ。お役に立てたなら幸いです」
先程の意地の悪い笑顔と売って変わって優しげな笑顔を浮かべる先生。なんだその変化は。
「しかし、お前達は何時も一緒に居るな」
「幼馴染で兄弟の様に育ちましたから」
「兄弟、ね」
そう言って俺に視線を向けるとまた意地の悪い笑顔を浮かべる。
なんだ。何が言いたいんだ。
「ラーシュ。折角待っていた所悪いんだが、グライエルに話がある。少し借りるぞ」
「え?」
「話ですか?」
「あぁ。そんなに掛からないから、今みたいに部屋の外で待っていても良いぞ」
言外に俺は同席させないと言われ、更に何時も一緒にいる事をからかう様な言い方にちょっと腹が立つ。
「アドニス、先に帰っていてくれても構わないが…」
気を遣ったのか、リラはそう言ってくれたが……
「では、部屋の外で待たせて頂きます」
上等だ。ここで帰ったら逆に負けたみたいで悔しい。
それに何時もと様子の違うリラを1人にするつもりはない。
「そうか。なら皆で俺の部屋へ行くか」
やはり意地の悪い笑顔を浮かべてそう言って、歩き始めた先生の後をリラとついていく。
生徒だろうが教師だろうが誰が相手でもリラを守ってみせる!
俺はそう決意を新たにした…。
読んで下さりありがとうございますm(__)m