フラグ
入学式から早1ヶ月。
授業も始まり、アドニス以外のクラスメイトとも交流するようになってきた。
どうやら騎士に憧れて入学してきた子達からは、私は騎士団長に瓜二つで更に首席入学と言うことでそれはそれは尊敬されていたらしく、声もかけず遠目から眺めていたらしい。それであんなに視線を感じたのか。なんだお前ら女子か。
…ふと、誕生日の時の令嬢達が思い出される。いや、今時は女子のがもっとガツガツ来るわ。
用が有って声をかけたり、武術の授業でペアになったりして話す機会が増えてくると、当初の行き過ぎた尊敬の眼差しは大分減った。
前世でも男子から気楽に話せる奴だと定評がありましたからね‼
どうやら今世でもその性格は変わらないようだ。
クラスメイトとの交流は大分増えたが……未だに交流を避けている相手も居る。
そう。カナン・クーゲルだ。
バッドエンドに叩き落とす‼と意気込んだは良いが、未だに何の手も打てずに居た。
何しろ思い出せた攻略対象は私とフリジア。
しかもフリジアルートは絶対に回避せねばならない。そうなると私のルートからのバッドエンドだが……。
絶対アイツと親密になんかなりたくない‼て言うか回避しようとしてたお色気キャラにならなきゃならないじゃないか‼
いや、バッドエンドに落とすんだから親密にならなくても良いのだが、まず女とバレるのがマズイ。
リランド・グライエルが実は女だと言う最大の弱味を握られるのだ。もし告発された際ゲーム通りにいかなかったら、下手したら伯爵家が取り潰されるかも知れない。それは避けたい。前世から持ち越してる恨みは勿論晴らしたいが、今の家族と生活も勿論大切だ。
前世で出来なかった分まで親孝行もしたいし姉妹達も幸せになって欲しい。
等々考えていた結果。カナン・クーゲルを取り敢えず避ける。と言う状況になっていた。
……顔を見ると前世の最期を思い出してムカつくし。
「リランド。そろそろ準備しないと次、剣術の授業だぞ」
制服より幾分動きやすいデザインのシャツとブレザーに着替えたアドニスが教室に入って来る。
前世の様にジャージは無いし騎士の制服もキチッとしてるから、一応それに近い服装で実技の授業は受ける様になっていた。
騎士になって、服が動きにくいから動けませんでした。なんて実戦で言われたら洒落にならない。
着替える際には一応更衣室があるので其処で着替えるが、個室ではないので皆と一緒に着替える事になる。勿論あのお色気対策のタンクトップを着ているが、念の為誰も居ない時に着替えていた。
何時もアドニスは人が居なくなった事を確認して呼びに来てくれる。
「あぁ。すぐ着替えて来るよ」
荷物を持って更衣室に向かう。中は何時も通り誰も居なかった。
空きロッカーに荷物を入れ、着替えを出して、人が来ないか気配を確認し、手早く着替えた。早着替えのスキルが日々上がっていきます。
着替えを終えて、ロッカーに鍵を掛けて更衣室を出ようとすると…。
ドアの前に、カナン・クーゲルが立っていた。
瞬間。頭が真っ白になる。
中に人は居なかった。人が来ないことは確認した。着替えてる最中も周りに注意は払っていたし確かに人は居なかった。
着替えは見られていない筈だ。
見られたとしても、上はつるぺたタンクトップ下もトランクスの様なショーパンだ。女だとバレる要素は無い。
「グライエル様も今着替えですか?良かった、俺がダントツでビリかと思ってました」
ぐるぐる考えていると、カナン・クーゲルから声をかけてきた。
社交界では身分の下の者から上の者に声をかけるなど言語道断だが、ここ騎士養成学校では実力重視で身分は余り気にされない。
「いや、私はもう出る所だからな。クーゲルがダントツでビリだろう。時間に遅れぬ様に急げよ」
流石に面と向かってシカトして器の小さい男だと言われても嫌なので取り敢えず言葉を返す。
そして足早に横を通り過ぎ更衣室を出た。
早足で廊下を進むと、教室の前でアドニスが待っていてくれた。
アドニスは私の顔を見るなり眉をひそめた。
「どうかしたのか?険しい顔して」
「それが…」
クーゲルと鉢合わせた事を話そうとしたが、慌てて飲み込んだ。
更衣室でクーゲルと鉢合わせしたことが何か問題の様に話していて、誰かに聞かれたらそこから不信感を抱かせるかも知れない。学校内は危険だ。
「ちょっと気になる事が。後で話すよ。授業に遅れるから急ごう」
この鉢合わせがリラルートの最初のフラグでは無いことをひたすらに祈って校庭に向かった……。