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吸血鬼まがいの少女

 私は医者だ。昔は首都トナトナにある大きな病院で数十年働いていたがそれ以降は生まれ故郷であるこの村で診療所を開いた。それからまた数十年、私はだいぶ年老いてしまったが今もこのケイラン村で医者をやっている。

 そんな長い医者生活であったが今晩は私でも見たことのない事例を見た。養鶏場の娘、ハンだ。彼女は吸血鬼に噛まれたとのことでここまで運ばれてきた。しかし彼女にはある異常が現れたのだ。だからワシはハンターであるチェンに相談することにした。

「これは……吸血鬼化している。」

案の定の反応だった。私だってそう思った。異常があったのはワクチン投与から約二時間後だ。そろそろ起き上がってもいい頃合だったが一向にその気配がないハンを心配し噛まれた右脚を見てみると噛まれた部位の周囲に小さいながらも青い斑点が浮かび始めていた。すぐに両親を帰らせた。

「無論、定期的に様態を見てはいたが……青い斑点が浮かび上がったと思ったらあっという間だったよ。全身が青くなった。」

「ワクチンが間に合わなかったのでは?」

「うむ……それだったら既に彼女は吸血鬼として起き上がっているさ。」

ワクチンが有効なのは噛まれてから90分となっている。それを超えてしまうとワクチンが聞かないばかりかむしろ吸血鬼化を加速してしまう。しかしハンが運ばれたのは噛まれてから10分後、かなり迅速な対応だった。いくら有効時間に個人差があるとはいえ……ワクチンの投与遅れは理由付には無理がある。

 気がつけば外から朝日が差し込んできた。全く、吸血鬼騒動のせいで今夜は一睡もしていない……流石に眠くなってきた。今このベッドで眠っているハンみたいに私も眠りたい。

「……う、うぅん」

そんなことを思っているさなかだ。何か声が聞こえてきたと思ったら目の前で眠っているハンが動き始めるではないか!まさか本当に吸血鬼になってしまったのか?私は吸血鬼に襲われるという恐怖と運ばれてきた患者を助けられなかったという背徳感で満ちあふれた。

「あれ?そういえば昨日晩御飯食べたっけ?……そういえばここ私の家じゃない……」

喋った?喋っただと?吸血鬼化してなお喋るというのか?

「あれ?ロン先生、チェンさんも……おはようございます。」

普通に喋った。そして我々を襲うわけでも逃げるわけでもなく普通に挨拶をした。

「ハン、お前……なんともないのか?」

「えっと確か昨日の晩御飯が始まる前までは覚えていますが……何かあったのでしょうか?」

ハンはここで辺りをキョロキョロと首を動かしてここが診療所であることを察したようだった。診療所に居るということは自分の身に何かが起きた。それも察しているだろう……だからその時まで時間はそれほどかからなかった。ハンが自分の右手を見たのだ。当然そこには青く変色した肌がある。

「……これってな、何ですか?何が……何があったんですか?」

高い声を上げなかっただけ彼女はよく育てられていた。でも流石に慌てている。そして自分が気を失う直前のことをブツブツと呟いては頭を揺らしているのだった。

「チェン、ご家族を呼んで来てくれ……」

「はい……」

チェンはピックリと一瞬痙攣するとすぐさま養鶏場に向かった。なんだか居心地が悪く感じたのか……去るその背中は何かに逃げているようにも見えた。

 私は診療所の扉が閉まったことを確認してからハンに声をかける。彼女の体は他人目で見ても震えているのがよくわかった。

「ハン、君は吸血鬼に噛まれたんだよ。ここに運ばれてきてワクチンを打ったが……その姿になった。」

ハンはベッドに潜り込んだ。そして頭まで布団をかぶってうずくまる。どんな声をかけたらいいのか?わからなかった。かと言ってこのままここを去るわけにも行かない、朝日の小鳥の囀りが聞こえる中、会話は一切なく私は椅子に腰掛けるわけでもなく時間だけが過ぎていった。

 ぼぅとどこかに飛んでいった意識を目覚めさせたのは診療所の扉を叩く音だった。きっとチェンだ。チェンがハンのご家族を連れてきたのだろう、私はハンの潜っているベッドと見たが彼女は一向に出てこなかった。

「ハン、君のご家族が来たが……会うのか?」

一応声をかけたが返事が聞こえてこない、諦めて振り返ったとき、彼女は本当に小さな小さな声で「合わない」と言った。そしてその一秒後にまた「合わない」……今度の声は先ほどより更に小さく、そして掠れていた。私は音が出ないように鼻でため息をすると診療所を出た。

 診療所を出るとやはりかチェンとハンの家族がいた。母親のトーアさんが私の姿を見ると早速のように問い詰めてきた。内容はもちろん「娘の様態はどうなんですか?」だ。その質問からしてチェンは家族に何も伝えてないのだろう。だけど医者が家族を呼ぶ時点で患者の様態は喜ばしくない……それくらいの想像はたやすい。

「ハンだが今さっき目が覚めたよ、しかし……」

「会えないのですか?」

様態を説明しようとしたら今度は父親のシュウさんが訪ねてきた。そりゃ家族としては会いたいのは分かる。だけど本人は面会拒否、そればかりはきちんと伝えておかないといけない。

「本人は合わないそうだ。それで彼女の様態だが……」

「合わない!?合わないって言ったのですか!?」

そう言うとシュウさんはそのまま私を押しのけて診療所の中に入ってしまった。そのままトーアさんまで診療所に入ってしまう……私も、そしてチェンも止めることは出来なかった。

「様態、説明しなくてもいいのか?」

チェンはそう聞いてきたが私は答えなかった。ハンの姿を見れば最早様態を説明する必要がない、正直いって今のは私では説明のしようがないのだ。思い当たるものは幾つか当てはまるがそれは医者としての感に近く確証など一切ない、その不十分な情報を患者に伝えるわけにも行かなかった。

 しばらくして診療所の扉が開くと無言のまま両親が出てきた。そして私に目を向けた……私は首を横に振るしかできなかった。私はただのヤブ医者だ。結局シュウさんもトーアさんは何も言うことなく養鶏場に帰っていった。

「チェン、君はハンの様態どう思うかね?」

結局私はチェンの助言を求めることにした。ハンターに助言を求めたこの時点で私はハンを吸血鬼認定したようなものである……心が圧迫された。

「その件だが思い返してみれば当てはまる事があった。“西の国”で似たような事例があったとの事だ。確かそう、“半人半鬼”とか言ったな……最も俺もハンター伝いに聞いたものだからかなりあやふやなものだが……聞いたことがあるのは確かだ。」

半人半鬼、そういえば私も聞いたことがある。”西の国”で吸血鬼になりながらも人間の意識を持ったという事例だ。その半人半鬼の体内にある寄生虫を研究することで今のワクチンが生まれたとも聞いている。

「しかし、その半人半鬼は時間が経って結局、吸血鬼になったと聞いている。しかもかなり生命力の高い吸血鬼にな……」

こちらも他人から聞いた話なので確証は薄いが確かそうだ。吸血鬼化した半人半鬼は太陽下でも平然と活動し続け、対峙するのにはかなり骨が折れたと……そう聞いた。

「確か俺は吸血鬼を従えるリーダーとなって今もどこかにいるとかそう聞いたぞ」

私が聞いた話とはまた違うものだった。半人半鬼が西の国で複数現れたのか?それとも人から人に伝わるうちに情報が変わってしまったのだろうか?だけどこれだけは確信を持って言える……あまりいい状態ではないことだ。

「ロン先生、どうも俺たちだけでは判断できない案件だと思うぜ。」

「そうだのう……」

もしハンが元の姿に戻る見込みがあるのであれば適切な治療を施す。もし助からないのであれば……その先はあまり考えたくないがハンを吸血鬼として“退治”することになるだろう。

「チェン、頼むがハンを首都トナトナまで連れて行ってはくれぬだろうか?そこの国立病院にワシの古い友人がいる。ワシよりもずっと優秀な医者だしあそこの病院であれば精密な検査も受けられる。早速紹介状を書こう」

「あぁそうだな……家族には俺から説明しておく」

今回の件ではチェンに世話になってばかりだ。私は医者になって長い、それだけに一定の自身があった。だけど今はその自信などどこかに行ってしまった。

「それから先生……今日は駐在所に泊まっていくか?」

その誘いには悩んだ。チェンは恐らくハンが万が一、吸血鬼として暴れだしたときのことを考えて誘ってきたのだろう。だけどその誘いを受けるということは患者を放置することにもなる。

「ロン先生、貴女の身に何かが起こったら……」

「わかっているが……」

確かに感染症の類の場合は医者でも患者との接触を控える場合がある。だけど今回は違う、事態はかなりデリケートな問題だ。だけど別の考え方をすればもし噛まれれば自分も吸血鬼、そう言う意味では感染症に近いし患者との接触を控えるのも道理だ。

「…………」

「ロン先生!」

「わかったよ、今日は駐在所に泊まることにする。」

結局私は今日、駐在所に泊まることになった。だけど私は今日中に国立病院への紹介状を書かなければならない、それに流石に黙って患者の前から姿を消す医者は居ない。だから私は一度診療所に戻った。

「ハン、悪いが出かけてくる。今日は戻らないかもしれない……晩御飯だがその辺をあさって適当に食べてくれ。」

ハンは相変わらずベッドの上で布団を頭までかぶっていた。私が声をかけたところで結局返事はないがその代わりに布団がモゴモゴと動いた。私は机の引き出しからからペンと便箋を手にし愛用の革鞄に入れるとスウと一息、それからなるべく何も考えないようにして診療所を出た。

 半人半鬼、それが人間なのか吸血鬼なのかそれはわからない……西の国であったというその前例は正直に言ってあまりいいものではないのが現状だ。この村は小さい、私はハンが赤ん坊の頃から診てきた。チェンだってそれは同じだろう。だから自分たちで回答を出さないという回答を出した。回答を他人任せにしたのだ。

 吸血鬼、それはもはや驚異ではなくなった……そう感じていた。吸血鬼に対するワクチンができて医者は多くの人を救うことができるようになった。吸血鬼に武器が出来てハンターはより安全に吸血鬼を対峙することができるようになった。そして吸血鬼そのものも人間を避けるようになった。

 そうだ、そのはずだった。そのはずだったのだ。

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