吸血鬼襲来
ハンターである私、チェンは今日、獲物をホアンに横取りされた。横取りされたのは鹿だ。養鶏場の一家にあげたいとの事だった。今日はいい獲物が取れたと思ったのに肉のない食卓をホアンと……もう一人、ホアンの”連れ”の三人で食べている。
「今日は妙に忙しい日だった」
とホアンはそう語る。お昼の前にホアンはハンに呼び出された。それから一時間程たって帰ってきたホアンを見て私は驚いた。見たこともない女を連れてきたのである。そういえばハンはよくわからない人が出たと言っていた。そのよくわからない人が彼女なのだろう……彼女はナナと名乗ったがフルネームでは名乗らなかった。彼女のせいでホアンは診療時に行ったり村長の所に報告に行ったりとあたふたしていた。
「チェンさん!チェンさん!」
ベジタリアンな食事をつまんでいると俺を呼ぶ声が聞こえてきた。今日は珍しくホアンが仕事をした日であったがどうやら俺も仕事をする日のようだ。
「トーアさん、一体どうしたんだ?」
息を荒げて入ってきたのは養鶏場のトーアさんだった。なんだろうか……どうも今日のあの家族は騒ぎを拾ってくる。疫病神とは言いにくいが……何かに取り付かれているのではないだろうか。
「チェンさん吸血鬼です!吸血鬼が出ました。それも複数です!……それで娘が噛まれて」
吸血鬼か……厄介な者が入り込んでしまった。しかも複数だ。相手が吸血鬼となると専用の武器が必要となる。下手な武器では傷をつけられてもすぐに塞がってしまう……あの虫が妙に細胞の擬態機能を備えている上に体をコントロールして急速に傷口を塞ぐからだ。
「ハンが噛まれた?じゃあ早く診療所に連れていけ!」
「もう夫が連れて行っています」
なら話が早い、あとは入り込んだ吸血鬼を俺が倒すだけだ。鍵のかかった引き出しから出すのは拳銃だ。見た目だけはただの拳銃だが弾丸が違う、打ち込むと吸血鬼の体内で炎上する対吸血鬼用の特性弾丸だ。
「ホアン、村人に防災放送しろ」
「了解だ」
ホアンは慌ただしく駐在所の奥にあったハシゴを登り始める。やがて耳がこじれるほどの不協和音が大音量が一瞬流れたあと、ホアンの声がこれまた大音量で流れてきた。きっと村中に聞こえているはずだ。
《こちらはケイラン村駐在所……現在、吸血鬼が村に入り込んだとの情報が入りました。住民の皆様は窓や扉を閉め、けして外に出ないようにお願いいたします。警戒解除の知らせがあるまで外に出ないようにお願いいたします》
見事にマニュアルを読みながら言いましたって言いたくなるようなセリフが再生された。こんな言い方は普段しない、だから緊張するべきところなのに思わず笑いが出てしまった。
「トーアさんはここにいてください、家に戻るのは危険です」
「いえ、私はこれから診療所に行きます。娘が心配なので……」
止めることはできなかった。俺には子供がいないし結婚もしていないが多分同じ状況になったら同じことを考えるだろう。恐らくハンは噛まれてからそう時間は立っていない、きっと助かるだろう……だけどそれでも心配するものが親なのだろう。少しトーアさんに教わられた。
「気をつけてください……トーアさん」
だから俺は見送った。トーアさんは静かに頷いて俺を見つめた後、駐在所を出て行った。歩いてはいたが……早足だった。
「よし、放送はしておいた。チェン、早速だが……あれ、トーアさんは?」
「診療所に行った」
先ほど起こったこと、そのまんま答えた。ホアンが驚いた顔をしたのは当然のことだった。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫さ……」
正直に言うとトーアさんの無事は保証できない、だけど絶対に彼女は無事に診療所にたどり着ける。そう信じた。
「出発だ。すまないがホアン、手伝ってくれ……トーアさんによれば吸血鬼は複数……何体いるがわからないが流石に一人だと辛い」
「俺では吸血鬼を倒せない」
「あぁ、だからこれで位置を知られてくれればいい」
渡されたのはありったけの発煙弾だった。拳銃に込めて打てば音と共に煙が上がる。位置を知らせることができるはずだ。そう、ホアンの言うとおりに吸血鬼を倒すのはハンターの仕事だ。だから俺は腰に下げた拳銃のホルスターを撫でてから外に出た。ホアンは俺より少しだけ遅れて外に出た。そして外に出た途端に駐在所の中にいるあの女に対してこういった。
「おいナナ!聞こえたか!?というわけで俺たちは吸血鬼の対応に当たる!いいか?絶対に外に出るんじゃないぞ!?出たら吸血鬼に噛まれるからな?絶対に助けないぞ!」
投げ捨てるようにそう言った。ナナは呑気なことに晩御飯であったスープを飲み続けていた。聞いているのかどうか分からない……流石にイラついたのかホアンは大声で「聞いているのか!?」と怒鳴ったら彼女はこう言った。
「分かっているわよ。私だって吸血鬼ウヨウヨいる中、外に出たくはないわよ!そんなに物好きじゃないし」
少しだけ気に障る言い方だった。生憎ここには牢屋はない、手錠はあるが……長年使われておらず鍵が壊れていて使えないとホアンが嘆いていた。本当におとなしく待っていてくれるだろうか?
「ホアン、気を取り直して行くぞ!早く終わらせちまえばいい話だ」
俺は駐在所の入口には鉄製の箱がある。ちょうど一升瓶くらいのものだ。その中には小太刀がひと振り入れてあった。柄を握ると熱気がこちらまで伝わってくる。これは特殊弾丸と同じく吸血鬼を倒すための武器だ。熱を溜め込む性質のある石を研磨して作った剣だ。等身の長いものが多くのハンターに好まれるが俺はこれを使っている。
「俺は南から当たる、ホアンは北からあたってくれ!」
「了解!」
俺たちは二手に分かれた。俺が南に行ったのはもちろん理由がある。南には養鶏場があるからだ。危険な方はハンターが務める……これは当然の事だ。
ハンの家……当然であったが中はもぬけの殻であった。玄関まで開きっぱなしになっている。今頃ハンもその両親も診療所だろう……
「おじゃまします~」
誰もいないのは知っていたが一応挨拶をしておいた。中に吸血鬼がいると思ってはいたが当ては外れた。テーブルの上には夕方俺が届けた鹿肉が冷めた状態で鎮座していた。夕食前だったのだろう。キッチンの方からはスープの匂いが飛んできている。ただ湯気は見えなかった。鹿肉同様に冷めてしまっている。
カチャリ……
足音が聞こえてきた。吸血鬼だ。どうやら家の中ではなく庭にいたようだ。俺は相手に悟られないように抜き足差し足……角を曲がったところで拳銃を抜いて銃口を闇の中に向けた。ビンゴだ……闇の中からご丁寧なことに犬の吸血鬼が拳銃の射線上に向けて飛び込んでくる。この展開で俺がやることは簡単、ただトリガーを引くだけ……向こうから飛び込んできたから狙う必要はないのだ。
「命中っと」
犬の眉間に命中だ。ここまで見事だと俺も気分が良くなってくる。この調子で残りの吸血鬼も狩りとってやるぜ。吸血鬼は弾丸を受けて燃え上がり、そして灰になった。悪く思わないでくれよ……人間様の住処に入ってきたお前たちが悪いんだ。
さて次だ。吸血鬼は何処にいるか……そう考えていたが考える必要はなかったようだ。ホアンに持たせていたあの発炎筒が音を立てていた。
「あそこか!?」
ホアンが見つけたって事はホアンが吸血鬼に襲われている可能性がある。最もホアンは毎日馬鹿みたいに鍛えている。筋力も体力も村一番だ。下手に噛まれるようなことはない……そう信じている。だけど流石に友が吸血鬼に出くわして指をくわえているわけには行かなかった。
「待ってろ……」
ホアンに対してと言うよりも自分を急かせるためにそう口にした。位置は村の北東の方、少し距離があるが俺は走った。俺だってホアンほどじゃないけど鍛えている。この程度の距離を走っただけで息切れを起こすような俺じゃない。時間はそうかからないはずだ……
時間はかからないハズであった。その前提は途中で吸血鬼に遭遇しなかった場合である。前提条件が崩れてしまえば時間はどうしてもかかってしまう……そう、俺はホアンの元に向かう途中で吸血鬼に遭遇した。それも二体同時だ。一体は犬の吸血鬼、もう一体は人の吸血鬼だった。
「二対一とは卑怯じゃねえのか!」
思わずそう嘆いた。だけどそうも言っていられない、道端には倒れている男……木こりのヨーサだ。目の前の破壊された扉を見るに扉を壊して吸血鬼が家に入り込み、逃げようとしたところを噛まれたようだ。幸いにも噛まれてから時間が経っていない、今すぐに連れていけばまだワクチンが間に合うが……
「目の前のこいつを倒さないといけないか!?」
まったく、面倒なことになった。とにかくこの吸血鬼を倒すことが先決だ。真っ先に飛びかかってきたのは人の吸血鬼、自分で突っ込んでくれるならむしろありがたい限りだ。普通の人だったら飛びかかったら怯んでそのままガブリだろう……だが俺はハンターだ、武器もあるし訓練も積んでいる。そんな俺としては吸血鬼にはむしろ突っ込んでくれた方がやりやすい、そのままブスリと行けるからだ。だから人の吸血鬼は喉元にナイフを突き刺した。熱気おびたそのナイフは傷口から黒く焦げていく、そのまま全身から煙を吐き出して倒れた。
「次!」
弾丸を3発、その全てを当てる自信が俺にはある。自信過剰とか思われるかもしれないがそれは言わせない、だって全部当たったから……
さてと、ここの吸血鬼は倒したわけだ。今すぐにでも吸血鬼に出くわしているだろうホアンの助太刀に参りたいが目の前で倒れているヨーサを放っておく訳にもいかない、まずは彼を診療所に連れて行くのが先決だ。このまま彼を吸血鬼なんかにさせたくない……だから俺はヨーサを抱えて走った。
診療所には明かりがついていなかった。だが俺は構わずに扉を叩く、自分の名前を叫んで自分が吸血鬼でないことをアピールした。
「ロン先生!急患だ、ヨーサが噛まれた!」
「分かった、今すぐワクチンを打とう」
ヨーサをロン先生に預け俺は一安心だった。診療所には養鶏場のシュウさんとトーアさん、そして娘のハンがいた。ハンはベッドで眠っていた。
「すまないが俺はもう行く、あとは頼んだ」
「おう、行ってらっしゃい」
ロン先生は俺を優しい言葉で送った。養鶏場の夫婦はどこか心配そうに俺を見つめていた。俺自身はと言うとどこか居心地が悪く感じてしまった。だから振り返らずに足早にその場を去った。
ホアンが発煙弾を焚いてからかなりの時間が経ってしまっている。煙は少し消えかかっていた。ホアンが今もあそこにいる可能性は低い、だが新しい煙は見えなかった。少しどころじゃない、盛大なまでに彼が心配だ。だから急いだ。
「お出ましか!」
まただ、ホアンを助けようとしたらまた吸血鬼だ。今度も数は二体、両方共人間の吸血鬼だ。傍らには……今まさに助太刀に参ろうとしていたホアンが倒れていた。煙の位置からは少し離れている。吸血鬼から逃げているうちにズレたようだ。しかし助けようと思った人が助けられなかったとは……無念だ。
「いや、まだ無念になるのは早い」
そうだ、まだホアンが噛まれてから時間はそう経っていないはずだ。ワクチンは噛まれてから90分までに打てばいいのだ。遅く見積もったって90分は経っていない。だから俺は焦りかけていた心を拭って吸血鬼どもに立ち向かった。
一体目は楽勝だった。ナイフ片手にゆっくり近づけば向こうから近づいてきた。だからそのままブスリ、何も難しいことはない、もう一体はそれを見て逃げ出そうとした。だけどここで見つけておいてここで逃すわけにはいかない、だから迷わずに拳銃の引き金を引いた。その瞬間に吸血鬼は赤い血を眉間から吹き出して背中から倒れる。
「はあ、吸血鬼はこれでえ~と……五体目か」
倒れたホアンを抱えて診療所に向かう、吸血鬼は犬と人のものだった。犬も中型犬以上だったし人の吸血鬼だなんて見るのは何年ぶりだろうか?大きな動物の吸血鬼も珍しいが吸血鬼の数も多い、それに……妙に好戦的だった。下手に逃げ回るより好戦的な方が戦いやすいからいいのだが……今晩入り込んだ吸血鬼、村に迷い込んだというよりも攻め込んできたというような……
「まあ、考えるのは後だ」
今は診療所に行くほうが先だ。ホアンの筋肉質な体は思いができる限り早く診療所に向かった。考えていたせいか、少しだけじかんがかかったよ
「ロン先生、チェンだ。開けてくれ!」
「また患者か……」
「またはないだろう、ホアンを頼んだぞ」
流石に狭い診療所はもう満杯であった。これ以上患者が増えてしまったら次の患者は床で寝てもらうことになってしまう。だから俺はすぐに出発した。
「おい、チェン」
「すまない、外を回ってくる。吸血鬼がまだいるかもしれないからな」
ロン先生は少し黙り込んだあと「ああ、そうだな」と送り出した。少しだけ引っかかった。
「後でまた来る」
「うむ、また来てくれ」
もしかしたら聞いてから出かけたほうが良かったのではないか?そうも感じたが「後でまた来る」と言ってしまった以上は後で来るしかなかった。だけど俺はハンターだ。吸血鬼が村に出た以上、最後まで責任を持って吸血鬼を狩る。それがハンターだ。
何かにとりつかれるように村中を探した。吸血鬼はどこにも見当たらなかった。かわりに見つけたのは吸血鬼に荒らされたあとだ。家の外にあるような倉庫は見事に荒らされていた。中身はほとんど空っぽだ。見事に食料が抜かれている。
駐在所に来てみた。扉はしまっている。そういえばあのナナとかいう女は無事だろうか?……と、言うよりもちゃんと待っていてくれているだろうか?仕事中だが銃弾の補充も兼ねて中に入ってみる。
「見事にもぬけの殻じゃねえか」
誰もいなかった。ホアンは診療所だからいいとしてナナは見事に逃げ出していた。やっぱりあの女は後ろめたい事があったんじゃないかと呆れている。まあ、見えていた結論であったが……良くも吸血鬼が出没している中で脱走をしようと思ったことだ。村の中ならともかく村の外で噛まれたら誰が助けるというのだ……
「はぁ、ホアンが聞いたらどうなるか」
吸血鬼用の弾丸をベルト備え付けのポーチに入れるとすぐに出発した。ナナがいれば一声かけたがそれも……彼女がいないのであればそれもかなわない。ため息しか出なかった。
その後も街のすみずみまで探したが吸血鬼に遭遇することはなかった。
時刻はほぼ夜明けに近かった。真っ黒な空も今は少し青が混じり始めている。流石に眠かった。吸血鬼騒動があったせいで一睡もしていない、正直に言って今すぐにでも家に帰って眠りに就きたいところだったが。ロン先生のところに行かなければいけない、ロン先生は今も起きているだろうか?そう思いつつ診療所の扉を叩くとロン先生の声が聞こえてきた。
「ロン先生、待たせたな」
「おう、入ってくれ」
吸血鬼に噛まれていたヨーサとホアンは既に目を覚ましていた。椅子に座ってコーヒーを頂いている。ああ、そうだ。ホアンに伝えておくべきことがあった。
「ホアン、さっき駐在所に行ったらあの女、ナナは居なかったぞ」
「なにぃ!?」
予想通りの反応が帰ってきた。あまりにそのまま過ぎて逆につまらないと感じてしまったくらいだ。このあとのホアンの行動もそのまま予想通りだった。コーヒーを一気に飲み干して空っぽになったカップをロン先生に押し付けるとドタドタと去っていった。駐在所に戻っても誰もいないというのに……
「ロン先生、私も帰らせてもらいます。ありがとうございました」
「うむ、お大事になさい」
木こりのヨーサもコーヒーを飲み終わったようだ。ロン先生に礼を言うとこちらは落ち着いて診療所から出て行った。
ここで俺はようやく患者の数があと一人いることに気がついた。そう、養鶏場の娘、ハンだ。彼女も吸血鬼に噛まれてここまで運ばれてきている。しかしその両親であるシュウさんもトーアさんもその姿が見えなかった。代わりにベッドがまだ一つ埋まっている。ハンが寝ているのだろうか?
「ハンは?それに家族の姿が見えないが……」
「うむ、ハンはまだそこのベッドで眠っている。ご家族には……夜遅いから帰ってもらった」
どうも歯切れの悪い回答だった。確かにもう明け方である。帰ってもらっても構わないような気もするが……ロン先生には別の思惑があるような気がしてならない。
「実を言うとな、君にハンの様態を見て欲しい」
ハンの様態を見ろ?患者の様態を見るのは医者の仕事ではないであろうか?ロン先生もそれはわきまえているはずだ。だがそれでもロン先生は俺に見て欲しいという。
ベッドの周りにあった純白のカーテンを開けるとそこには頭まで布団をかぶった何者かが眠っていた。何者かと言ってはいるが布団の中身はハンだ。一体何故ハンは頭まで布団をかぶっているのだろうか?俺は頭があると思われる部分の布団を剥いだ。バサリと布団が翻るその先には見慣れたハンの顔だったが……見慣れない状態だった。
「こ、これは……」
ハンの顔は真っ青だった。別に血色が悪いわけではない皮膚そのものが青いのだ。首元には少女のものとは思えないシワが生まれている。この状態はもしや……そうだ。俺がさっきまで戦っていたアレそのものではないか!
「吸血鬼……」
そうだ、ハンの今の状況はどう見たって吸血鬼そのものである。