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誰もいない朝

 真っ黒だ、真っ黒な景色……だけど何だがオレンジ色になっていく……今度は視界の中央が白くぼやけてきた。あぁなるほど、これは起きているけど瞼は閉じているという……そんな状態だ。だけどまだ気分的にはまだ眠い……だけど環境的にはとてもではないが眠れる状態ではなかった。

「大変目覚めの悪く、気分も悪い朝ですこと」

“朝日が差し込んできて~”から始まる文面だけ見れば理想的な朝の風景だ。だけど現実はそう甘くない、ここは湿気たっぷりで埃と鼠の糞だらけの煤けた建物……いや、正確には廃墟の中でのお目覚めなのだ。

この目覚めの悪い原因、その第一にこの目覚めの環境が最悪だ。そして第二に……ハイ、理由は2つあるのです。第二の理由……それは私の服装だ。私の服装は現在黒のジーンズに青の上着、ちょっと煤けているそんな服装、そしてそれを覆うのは黒のクロークだ。中身の服装も地味だがそれを覆うクロークだけで一発不審者として保安官を呼ばれそうな服装である。しかし問題は服のチョイスではなく服の状態なのだ。昨日、寝る前に私は腐った床に寝転がったせいで床が抜けた……そのままドブにドボンだ。下着までビッチョリ行ってしまったものだが着替えなどしなかった。着替えがなかったわけではない、単純に着替える気がなかったそれだけの事だ。だって眠かったんだもん……

「流石に着替えよう」

わざわざ気合を貯めてそれを床に噴射するようにしてそれを揚力に起き上がりそして……また寝転がった。背骨に深刻なるダメージを負ったのだ。布団も寝袋も出さずに床板に直寝れば背中が痛くなるのも当然である。寝袋はあるのに寝袋を使わなかった馬鹿が招いた悲劇だ。そう……これは当然の悲劇なのである。そんな悲劇を噛み締めつつ今度は腰を痛めないように優しく、優し~く起き上がって……

「イタタタタタタタタタタ!痛い、痛いんだよ!」

“痛いんだよ”って私は誰に怒っているのだろうか?自分で自分に怒ったところで何も変わりはしないのは当然のことだ。しかし優しく起き上がってもダメということはもっと工夫して起き上がらないといけないようだ。さてと、それでは左手を背骨に!そのまま左腕に力を込めてぇえ!せ~の!

「あいっよっしょ!!」

やった……私はやったぞ!起き上がることに成功した!さあここで私はどう出るのか!?

「…………」

立てたのはいいですがそこから動けませんでしたとさチャンチャン!私は腰を動かさないように直立体制のまま平行移動して目指すはリュックサックの所、そして腰を極力動かさないようにそのまま直角に体制を下げますオーライ、オーライ……はいオッケーです!リュックサックのチャックを優しく開けて(優しくするのはリュックのためではなく私のためだ)私の着替えを取る……よし取れた!

 起き上がってからしばらくの時間がかかったおかげかだいぶ腰も楽になってきた。よし、今の私なら着替えることができる……できるだろう!ここに来るときは不法入国のこともあって相当に地味な服装だったから今こそは思いっきりお洒落してやる!そういえば私がさっきリュックから取ったこの服装はえっと……白のブラウスにピンクのリボン、赤チェックのスカートに紺のブレザー……あれ?これは……

「せ、制服じゃない!」

これは私が学生時代の時に使っていた制服だ。案の定、膝より上まである超丈長の靴下までチョイスしておりセンスが二年前と変わっていない。唯一の救いは下着のセンスだけは実年齢より二歳くらい上だって事だ!ちなみに持ち物に学校制服があったのは何かと変装に使えるかと思っただけであって別に気に入って今でも着ているという訳では……ない。

「アホなこと考えてないで着替えよう……」

今、重要なことは服装のセンスではない……今の服を変えることだ。昨晩、泥に使った私の服は見事に布の繊維に水分子が絡み合っておりそれはもうビチョンビチョン、眠っている間に私の見事な温もりによって幾分か水蒸気となったがそれは完全ではなく、むしろ私の最悪なる寝汗によって衣服内の湿度は90%をゆうに超えていた。だから着替えは重要だ。

「クロークだけは今日も着ていきたいからなぁ」

このクロークはハッキリ言って悪趣味だ。私だって可愛いものは身につけたい訳だしその目的にはこのクロークはそぐわない……他の服に合わせにくいったらありゃしない。だけどこのクロークは手放せないし身につけなきゃならないんだ。何故ならこれは吸血鬼避けになるからだ。最も今の時代にこの吸血鬼避けが必要なのかどうかは少し怪しいものなのだが……まあ用心に越したことはない。ともかく私はリュックサックを背負い、ドブにまみれたクロークを腕に抱えて私は本日の寝床であった小屋から外へ出た。小屋にいた時も隙間から感じていたが本日は朝日が非常に眩しい。少しだけ背伸びをしてクロークを折れた柱からひょっこり飛び出た釘の部分に引っ掛けた。幸い天気は良いので朝飯を食べているうちに乾くだろう……そう願う。ほんの少しだけ吹いてくる風に揺られるクロークはどことなく虚しさを覚えるのであった。頼むから君は風に吹かれて姿を晦まさないでくれよ……そう声をかけておいた。

 朝起きる、すなわち腹ごしらえだ。腹が減っては何とやらともよく言う話である。私はもうこのお話に何度も登場している愛用のリュックサックからビニールシートを一つ、そして二つの缶詰を取り出した。大した広さもないビニールシートをバッサバサ広げてその上にちょこりと正座、私にも少し残されている女子力を誰もいないのに発揮する。

 今日の朝食、先ほど取り出した缶詰が二つ……おっと飲み物を用意するのを忘れていた。先ほど柱に引っ掛けておいたクロークのポケットをまさぐりそれほど大きくない水筒を取り出す。ちなみに水筒は二つ持ちだ。もう一つは例のリュックサックにある。両方共中身は拘っておらずただの水だ。私としては紅茶のような小洒落たものを詰め込みたかったのだがお茶は長時間放置してしまうと沈殿して最後の一口が素晴らしく苦くなるというデメリットがある。デメリットはそればかりではない、お茶を入れるときに茶こしの網の目をすり抜けた茶葉が水筒の中という密室に囚われていることは目に見えている。水筒の底にこびり付いた茶葉を洗い出すのは結構骨が折れることだ。お洒落のために逃亡生活に支障が出るのはごめんだ。だから水筒の中は水、これならば濯ぐ程度で十分に洗ったと言える。

 缶詰の中身その一は乾パン、保存に向いた食べ物だ。逆に言うと保存にしか向いていない食べ物……私は正直この食べ物は嫌いだ。ただのパンなら大好きだがこの乾パンはどうも好かない……口に入れた瞬間に水分という水分を吸い尽くしてブクブクと太り始める。だけど保存性という所で私はこれをチョイスした。非常に不服だがこれ以上に保存の効くものはない。

 缶詰の中身その二はコンビーフ、こちらも保存に向いた食べ物だ。乾パンとは違ってこちらは食べたことがない……しかし私はこの食べ物に憧れていた。だけど中身は知らないし見たこともない。じゃあ何で憧れているのかというとそれはモチロン缶の開け方だ。それ以外に何の理由があろうか?あの鍵状の物を缶詰の脇についた突起物に巻きつけてそのままグールグル、そしてグールグル……あぁ、なんて気持ちよさそうなのだろうか……私は一度でいいからそれを巻き取ってみたい、ずっとそう思っていた。しかしその思いとは裏腹にコンビーフが食卓に出されることは今までなかった。子供の頃でも家庭に出されることはなかったし大学に在学中でも寮の食事に出されることはなく見る機会など今までなかった。まあ中身などどうだっていい、重要なのは缶詰の中身ではなく外の方だ。

「さてさて、いよいよ開封だぁ」

あの鍵上のものを突起に巻きつけてそのままグールグル、あそれグールグル……あぁ、この快感は予想通りのものだ。なんて気持ちいいものなのだろうか!よし、最後まで巻き終わったぞ中身はどうだ!?

「……」

よくわからなかった。肉の塊であることはどうにか理解できる。しかしこれは……肉の筋の部分か?それがかたまり合っている様子はどうも……ミミズか?よく言えば釣りに使う魚の餌……どちらにせよミミズだ。

「そうね、食べてみましょう」

とりあえず乾パンにコンビーフを乗っけて一口、果たしてお味は……肉だった。

「なんか憎たらしいくらいに肉ね」

言っておくがこれは褒め言葉だ。多少脂っこいのが気になるが普通に肉の味で普通に美味しい、これならばまた食べてもいいと思う。少なくとも乾パンよりは上出来だし何よりあの特殊な缶の開け方がある。単独で食べても美味しいかもしれないがここはもう一回乾パンに乗せるスタイルで食べる。以下繰り返し……そんなこんなをしている内にコンビーフは尽きてしまった。多少名残惜しいが今日はここまでである。地味に残った乾パンを私は単独で食べた。やはりというか乾パンは水分を持ってかれる……いや、これは乾パンのせいだけではない、コンビーフも原因にある。油で牛すじを固めたような食べ物だ。口の中が油で水を弾きまくっているのだ。

 何はともあれ本日の朝食は終了、朝食のすんだ後に私は柱に引っ掛けておいたクロークの元を訪れた。彼は風に吹かれることなく律儀に待ってくれていたようだ。よう、相棒またせたな。クローク柱に引っ掛けたままポンポン叩くとハラハラ落ちていくのは乾ききった泥、もはやこれは砂の塊となっていた。匂いも少しマシになっている。少しの我慢はやはり必要だが誰もいない森をこれから歩くわけだから問題はない……多少のプライドは傷つくがそこは目を瞑ろう。

 朝食の後片付けをしてクロークを羽織った。そしてやたらと大きいリュックサックを片手で持ち上げて背負う……多少重いが大きくて動きにくいこと以外に問題はない。ともあれ出発である。逃亡生活としては誰もいないこの村に潜伏する方が安全なのだがここでは定住できないのだ。畑でも残っていれば別だったがこの村が潰れる要因となった。嵐とやらで見事に潰れている。塩が残った畑で作物が育つか怪しいものだしどちらにせよ今から開梱しては実りが来る前に食料が尽きて餓死してしまう。とにかくここに留まらない以上は出発だ。

「あ……」

村を歩き始めて数分で目の前に井戸が見えた。昨日は暗かったので視界に入らなかったがアレは確かに井戸だ。

「井戸……絶滅したかと思ったわ」

大学の裏手に井戸があったのを覚えているが今は使われていなかった。昔は使われていたらしいが今は使われていない。当時、井戸での水汲みは1年生の仕事だったらしい……暑い日だろうが寒い日だろうがあの水の桶をセッセと寮や食堂に運んでいたのだ。重量はたいした事ないだろうが少しこぼれた水に濡れるのは勘弁願いたい。そう言う意味では水道のある現代に生まれてよかった。

「ま、余裕はあるけど補給していきましょうかね。確かこのポンプを上下させれば水が出るんだっけな?」

よいしょっと、ポンプについているレバーを押して見る。長らく使われていなかったせいかギギギと音を立ててなかなか動かない……ようやく動いたかと思ったら僅かながらの水が出た。

「飲めるかしら?」

まだちょびちょび出ている水を手ですくって口にいれ……そして吐き出した。

「ゲッホ、おえ!があああああああ!」

海水だった。完全にこれは海水だ。多分昔は真水だったのだろうがとにかく今は海水だ。とてもじゃないが飲み水にはできない。

「あ、味見しておいてよかったぁ」

水の補給はできなかったが幸い水はまだある。ここで蓄えなくとも大丈夫だ。となりのケイラン村まで半日、今から出発すれば昼頃には着くのだ。水はそこで貰えばいい。

「もう嫌、さっさと出よう……」

考えてみればこの村でロクな目に遭わなかった。そんな時はサッサとおさらばするに限る。私は駆け足で村の門まで走りそこからは歩いた。

 森の中は驚く程に何もなかった。ここは人通りが殆どないので盗賊すらいない、昔だったら吸血鬼にでも襲われたのだろうが今はその時代じゃないし今は昼だ。気にかかることは森の道が消えかかっている事、何十年も放置されているのだからこれはしょうがない。

元々ここには道はあったが舗装まではされていないようだった。単純に木を切って切り株を取り払い、そして地面を平らにした。それだけの道……だけど今は草ボウボウであった。道の端には若い木すら生え始まっている。でも放置された年月のことを考えればまだマシだと感じた。少なくとも道に迷うようなことはないから別に道は問題ない。問題あるのは私の方、朝食に食べたコンビーフの筋が歯と歯の間に挟まってしまっている事、そしてコンビーフを食べたせいで自分でもわかるくらいに口臭がひどくなっている事だ。こればかりは少しの辛抱だ。舌を振り回して歯の間に挟まったコンビーフと格闘していると村が見えてきた。

「ケイラン村……あれね」

川の向こうに見える村は朝の廃墟とは違ってこちらはしっかりした村だ。ちゃんと整備された植木を見るとホッとする。密航者であることがバレたらまずいが……まあ騒ぎにならない限り問題はないだろう。騒ぎになれば逃げればいい話だ。

「さあて橋を渡ってレッツゴー!」

川にかかっている橋を意気揚々と一歩目を踏み出す。スキップ気分だ。さあ、最後の一歩を踏み出そう……ズボ!

「ああああああ!イッタあああああああああ!!!」

橋が抜けた……そりゃ廃村に通じる橋だもの、しばらく使っていないに決まっている。そしてそんな橋は整備もロクにされずに腐っていることもこれまた通りである訳である。そして私が橋から落ちることも……当然のこと。

 幸い川は1メートルもない浅い川だし橋もそんなに高くない、ただ落ちるだけではズブ濡れになるだけで済むのだが……落ちた先に小さな岩があった。そりゃ、悶絶するに決まっている。

「もう!どうしてこうなるのよ!」

思えば昨晩も板から落ちた。私の人生は転落続きのようだ。

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