大きな木の上で
私がハンを木の上に引っ張ってもう30分経った。相変わらずハンは枝にしがみついてガタガタ震えている。枝までガサガサ揺れていて葉っぱがドンドン落ちていく、同じ枝にちょこんと女子力を発揮させて座っているこちらとしては座りにくいったらありゃしない。
「そろそろ慣れたらどうよ?」
「嫌です」
嫌ですって……高いところに慣れるのが嫌という事だろうか?それはちょっと違うような気がする。高いところに慣れてしまえばもう高所恐怖症は克服、木の上に乗ったって枝を揺らすようなことは無くなる。それなのに慣れるのが嫌ってどういうことだろうか?
「ほら、ハンも村を探してみてよ。吸血鬼が入り込んでいるかもしれないわ」
「い、嫌ですうよぉ……」
さっきからハンは「嫌」としか喋っていない、そして私はここしばらく彼女の背中しか見ていないのだ。彼女は枝にしがみついて枝にキスでもしているんじゃないかと思ってしまうほど枝に顔を擦りつけている。
「でもなんで木の上にまで登って吸血鬼探しなんてするんですかぁ!」
「興味よ」
確かにこれは興味だ。吸血鬼の知能的行動、集団行動、ケイラン村で見たあの吸血鬼の行動はどれも吸血鬼の範疇を超えている。通常の常識では考えられない行動なのだ。多分、私でなくても一部のハンターや専門家はもしかすると気がついているかもしれない……だけど私はその中でも、一番気がついているだろうし、一番状況を分かっているし、一番今の状況が非常に危険であることを知っている。そう、二年前を思い出すのだ。
吸血鬼、彼の正体は寄生虫、その寄生虫が生物の脳を支配する。しかしその都合上、知能は虫レベルに下がってしまう。だから吸血鬼は単調な行動しか取らないし殆ど本能的に動いていると断言していいだろう。だけど体を動かすのはは寄生した脳が行っている。つまりある程度は宿主の知能の影響を受けるのだ。事実、人間の吸血鬼とそれ以外の吸血鬼を比べれば後者のほうが知能レベルが高かったとの研究もある。しかし流石にケイラン村で見たような行動はオーバー過ぎる。積極的に扉を壊そうとしたり、手に入れた食料をその場で食べずに持ち帰ったり……吸血鬼の行動とは思えない、これは異常だ。
吸血鬼が群れるのも異常だ。寄生虫は宿主の中に数千匹存在しているので元々群れてる生物ではあるが……とにかく二体以上の吸血鬼が群れることはない、縄張り意識の有無ではなく、単純に群れることを知らない生物なのだ。
吸血鬼が知恵を持つ、群れをなす……この現象は二年前に見られた。ほぼ同時期に人間の吸血鬼が見られるようになったので当初は「人間に噛み付いて知恵を得た」と思われていたが実際は違った。
「吸血鬼のリーダー……」
「ナ、ナナさん?」
「ハン、よく聞いて、吸血鬼のリーダーらしき者を見たらすぐに知らせること……」
「む、無理です。景色なんて見れません!」
やはり高所恐怖症のハンは役に立ちそうにないようだ。
ともかく二年前、吸血鬼に集団行動と知恵を与えたのは吸血鬼のリーダー的存在が現れた事だった。これには私も、私の先生も驚いた。リーダーが居る、それだけで生物は生存力を高めることができる。人間がその事例の一つだし、一部の動物にもそれは見られるが……吸血鬼にもそれが出たのだ。頭の良いリーダーが吸血鬼を従えることで生存力を高める。それが二年前に起こり、そして吸血鬼を強大な者にさせる要因だった。
「……あれは!」
居た、吸血鬼だ!人間の吸血鬼、それも西と東の二つの方角から押し寄せてくる。数は目視できるだけでも十数匹はいるだろうか?さあ始まった、遂に始まった。それにしても二方向から村を攻めてくるとは……やっぱり吸血鬼らしからぬ知能的な行動、これは確実にリーダーがいる。
「ハン、あなたは西から来る吸血鬼を見て!私は東!」
「うえええええええ!!??」
変なリアクションを取らないで欲しい、流石に一人で2方向から来る吸血鬼を目で追うのは無理がある。ここは二人で協力して……ダメだ。ハンがこの様子じゃダメだ。私一人で頑張らないといけないのか……!?
「やっぱり、積極的に民家を襲っている」
いや、ケイラン村の時以上に積極的といっていいだろう、吸血鬼たちは扉や窓などを積極的に行動し、そして民家の中に入り込んでいる。このまま人に噛み付いてその隙に食料などの物資を奪うのだ。
「お?家に入り込んだ吸血鬼が出てきた出てきた」
民家に入り込んだ吸血鬼が建物から出てきた。背中に何かを背負っている。私は当然、それは食料などの日用品の類と思っていたがその予想は大幅に外れていた。
「まさか……運んでいるのは人!?」
そうだ間違いない……吸血鬼が運んでいるのは食料ではなく人だ。噛み付いて気を失った人を運んでいる。運んでいるのは人だけでは無い、ペットや家畜も運んでいるようだ。
「ハンターは一体何をしているのよ!」
吸血鬼による拉致事件が今まさに勃発しているというのにハンターは一体何をしているのだろうか?街のすみずみまで見渡してみるとハンターは確かにいた。私達が尾行していたあのフリーハンターは吸血鬼三体に囲まれている。吸血鬼は戦うというよりも逃げ回っているに近く、ハンターは翻弄されていた。やられるような事はないだろうが退治するには時間がかかりそうだ。この村にも常駐ハンターがいるはずだが……吸血鬼が襲来しても出てこないところを見ると不在か、もしくは事前に吸血鬼にやられていたかのどちらかと見るべきだろう。下準備も念入りとは……吸血鬼には恐れ入る。
「これは吸血鬼チームに軍配かな?」
人や家畜を背負った吸血鬼は既に西の方角に撤退を始めている。オウファの西側は森になっている。吸血鬼が隠れるには絶好の場所、きっとその先に吸血鬼を従えるリーダーがいるはずだ。
「ハン、出発するわよ!さぁ、サッサと木から降りる!」
「ふぇ!降りる!?お、おろろろろ!降りるなんて無理ですよ!絶対ダメ、ダメですって!」
ああもう!こんな時までハンと言ったら高所恐怖症にも程がある!降りるなんて無理と言われたって降りなければ永遠にこの木の上という高所に居続けなければならないというのに彼女はなんて度胸なしだ。
「ああもう!」
彼女を引きずり下ろす方法はもうこれしか思い浮かばない、そうだもうこの方法しかないのだ。では早速実行に移すとしよう!さあ、ハンの手首を掴んで……
「ま、まさか!?」
「このまま飛び降りる!!」
「やめてぇぇぇぇええええ!!」
闇夜に浮かぶ大きな木の上でハンの断末魔が轟いた。元を考えてみれば高所恐怖症と知らずにハンを気に登らせた私が悪いのだ。では私が責任を持って木から降ろす、例えそれが強引であろうとだ。
強引にハンを木からおろした結果、彼女は見事に腰を抜かした。力がまるで入らないとか言っている。早くしないと吸血鬼達が本格的に撤退してしまうので早め早めの行動をしたいのだが……仕方ない、ここは彼女をおぶってでも先を急ごう……私だけが疲れるがそこは我慢だ。
「ち、力ありますね……」
ハンをおぶって走り出すと開口一番にその感想を浴びせられた。力だけは私にも自信がある。特に鍛えているわけでもないのだが私は一般的な女性よりかは力がある……非力さをアピールして女の子らしさをアピールしたいのだがちょこちょこ見せてしまうその馬鹿力は毎回、周囲の人間をドン引きさせてしまうのだ。昔はこの馬鹿力を隠していたが今は別に隠していない、隠しても絶対にボロが出るし力がある方が何かと便利だからだ。
「乗り心地はどうかしら?」
「ちょっと悪いです、細いから……」
「ありがとう」
乗り心地が悪いと言われるのは嫌だが細いと言われるのは嬉しい、そうか、私は細いのか、細いんだ!自身が出てきたぞい!
「さあ、対面しに行きましょうか!吸血鬼のリーダーに!」
ハンを背負ったまま夜の森をかける。目指すはオウファの西、そこの森に吸血鬼のリーダーがいる。止めるんだ……無理強いはできないかもしれないけどリーダーを止めるんだ。まだ見ぬ彼が潰れる前に……




