オウファの吸血鬼
ナンファン町の付近で見かけたフリーハンター……彼を尾行したところ、彼はある村に入っていった。当然半人半鬼の私と密航者のナナが村に入るわけにも行かず、二人揃って村の入口で待機、彼が再び出てくるのを待っている。ナナが持ち込んだ食料はかなりの量、しかも殆ど缶詰といった保存食だ。私はあまり量を食べないこともあってこのままでも二ヶ月は持つくらい、水の補充だけ気をつければいい。
「オウファ村ですね。それほど大きな村ではありません」
オウファ村、首都トナトナの南にある小さな村だ。この村はサンコ村の魚介類やナンファン町の穀物を運ぶための中継地点として発展した。しかしそれも昔の話、ナンファン町に鉄道が敷かると殆どの物資がナンファンに集結され鉄道で運ばれるようになった。それ以降このオウファは衰退の道だ。首都の目の前にある村だというのに仕事は無く、殆どの住民が出稼ぎしているとか……暗い話ばかりが積もる村である。
「こんな村にあのハンターが住んでいるとは思えないわね、きっと仕事に来たんだわ」
私が付けていたハンターは西の国の人である。西の国は東の国に比べ吸血鬼の研究が進んでいる。ワクチンも西の国で作られたのだ。そして吸血鬼の研究が進んでいるということは吸血鬼に対する武器も進んでいるし吸血鬼を倒すハンターにも技術がある。
「西の国は吸血鬼の研究が進んでいますからね、西の国出身のハンターってだけで仕事は多いでしょうしね」
ナナがジト目で見つめてきた。私にとって西の国は吸血鬼の国という印象が強いのだ。吸血鬼のワクチンも吸血鬼に対する武器も西の国で生まれたものだ。ましてや……そう、吸血鬼が人間を恐れるようになったあの掃討戦、あれも西の国で行われた。
「西の国イコール吸血鬼ってどんな国よ、私の故郷は……」
どうやら少しだけ誤解があるようだ。他所の国のイメージって案外そんなものだろうか?いや、決してそんなことは無いだろう、実際隣にいるナナは私よりずっと吸血鬼に対する知識があるし半人半鬼に対する理解もある。
「ともかく、ハンターが来たということはこの近辺に吸血鬼が出たということよ。さてさて出ていらっしゃい吸血鬼!」
吸血鬼が出るのを今か今かと待っているなんて……この女は本当に命知らずだ。そのうち本当に吸血鬼に噛まれるんじゃないだろうか?
「ともかく、今回は村に吸血鬼が襲来することを祈ることよ。じゃないと計画の全てが無駄になっちゃうしね」
そして彼女は挙句の果て村に吸血鬼が押し寄せることを望んでいるのである。要は吸血鬼がハンターによって逃げ帰った先を更に追跡するというわけであるが……ナナは村が吸血鬼に襲われることを何とも思っていないのだ。確かに吸血鬼が人間に対して好戦的になるのは珍しいし研究者としては見てみたい気持ちもある。気持ちは分かるが不謹慎だ。いくら技術が進んだって言っても被害が出るに変わりはない。それだというのに彼女は……もう、勝手な人だ。
現在の時刻は昼、吸血鬼が出歩くには早い時間だがあのハンター、前回は吸血鬼が眠っている間に対処していた。今回も同じ手を使うと限られる。
「そうなっちゃうと困るのよね」
そういうのはナナだ。彼女曰く、知恵を身につけた吸血鬼にその方法は通用しないと言う。あのハンターが何のためにオウファに呼ばれたのかはわからない、しかし彼がここに呼ばれたからには面倒な吸血鬼や面倒な動物が入り込んだのだ。きっとこの村で何かが起こる。
「ともかく、今は腹ごしらえよ」
本日の昼食、それはまたしてもパンである。中に挟んである具材も大して変わっていない、ケイラン村の駐在所でナナが盗み出したものだった。別に私が盗んだわけではないのだがこれを食べるのはかなり良心が痛む……だから私は「いただきます」の代わりに「ごめんなさい」と言って食べ始まった。案の定、あまり多くの量を食べることは出来なかった。吸血鬼の体質と聞いてはいるが自分の体が心配になる。
昼食を終えてしばらくは特に特筆するような事はなかった。ナナは手帳に何やら書いていて声をかけられる状態じゃなかったし私も何をするわけでもなかった。ただ地べたに座って座禅を組み、ただただ呆然と流れる雲を見るだけ……それだけの時間だった。今日は風が強かった。雲が流れるのがいつもより早かった気がする。
空を見つめていたらその空が色付き始めた。そろそろ夕方だ。ナナは今日のポイントを探しましょうと言って立ち上がった。どこのポイントを探すのかというとオウファの村を一望できてかつ目立たない場所だ。
「ここがいいんじゃないかしら?」
彼女が指定した場所、それは丘の上にある頭一つ高い木、そういえば彼女はケイラン村でも木の上に登っていた。木登りが好きなのだろうか?
「さあ、登りましょう!」
はい?今このお方は何と申したのだろうか?登る……まさかこの木を登るっていうのか?そんなことを言ったら即実行、愛用のリュックサックを下ろしたと思うと彼女はハイハイホイホイ登ってしまう、木登りに慣れているのかと思うがよく見ると腕任せに登っているような気もする。
「あら、あなたは登ってこないの?」
いや、その私は登ってこないのではなくて……
「あぁ、登れないのね。ほら手を出しなさい」
木の枝から妙に可愛らしく手を差し伸べてくる。それはありがたい、ありがたいのだが私は……
「ほら、登ってくるのよ!」
今度は可愛らしさの欠片もない、彼女は少し前のめりになり私の腕を掴む……女とは思えないくらい力が強かった。そのまま彼女は片腕だけで私を引っ張り抜いて枝の上に跨らせてしまった。
「さあ、もうちょっと上に行くわよ!」
「あの、その私……」
ダメだ、この時点で私は完全に震えてしまっている。でもここで言わないとダメだ。意識を強く、言葉も強くして言わなければ……
「私は高所恐怖症なんです!」
そのとおり、私は高所恐怖症である。これは子供の頃から直っていないので今から矯正は不可能だ。屋根の上は勿論の事、ハシゴだって使えないくらいだ。子供の頃、父からされた高い高いなんてもはや虐待ものである。泣き喚くわ叫びだすわで父はタジタジだった。
「高所恐怖症ねぇ、そこまで高いところに登っていないと思うけど……」
「私にとっては超超超超高いところなんです!」
私の高所恐怖症っぷりはケイラン村では有名だった。だから村の人たちは私に気を使って高いところの物を取ってくれたりした。だけどこの人はそんな気など使ってくれない、それどころか私がこれだけ高所恐怖症であることをアピールしているというのに彼女は私を下ろそうとしない、悪魔だ。
「ほらほら、そろそろ日没だよ。村に入り込む吸血鬼を見つけるわよ!」
見つけるって言ったって私もう自分の手元くらいしか見れないんですが……足元は自分がいる高さを思い知らされるので見ることはできない。遠くの村を見るにしても村が一望できるということはそれだけ高いところに居るということである。絶対ダメ。目の前の枝にしがみつき、ひたすら目の前の木目を見続ける。それが私にできる唯一の事だ。




