フリーハンター
ハンターには二種類いる。どこかの村に常駐している”常駐ハンター”と依頼があったら駆けつける”フリーハンター”の二種類だ。安定した暮らしを望むのであれば前者を選ぶだろうし自分の腕を試したいのであれば後者を選ぶだろう。
ちなみに私はフリーハンターである。名前はジャッキーだ。私は二年程前まで西の国でハンターをしていた。自慢ではないが西の国で行われたあの吸血鬼大掃討作戦にも参加した。あの後に吸血鬼は人を恐れるようになったのでそう言う意味では俺は英雄だ。最もその英雄は何人もいるのだが……とにかく自慢じゃないが参加した。
今回、私はナンファン町の東側に広がる森を歩いている。もちろん依頼があったからここにやってきたのだ。時刻は正午、吸血鬼が出歩くには早い時間だ。しかしこの森はかなり深く、昼間でも暗い……吸血鬼は昼間、このような日よけになるような場所で眠っているのだ。私は吸血鬼が眠っているところを安全に倒すという訳である。
依頼者はナンファンの町長、吸血鬼の退治と行方不明者の搜索だ。数日前に吸血鬼が複数ナンファンを襲った。村に常駐しているハンターが対処したらしいが行方不明になってしまったとの事だった。
「ハンターが消えたって事は今頃、吸血鬼になっているんじゃないのか?」
それしか考えられない、特に最近の吸血鬼は恐暴化している訳だし吸血鬼退治に出かけて帰ってこないのはもう絶望的だ。そして俺の依頼は行方不明になったハンターの搜索だけではなく吸血鬼退治も含まれているのだ。吸血鬼化した同業者を殺すことになるは目に見えている。
ともかく夜になるまでが勝負だ。次の日にはオウファ村に仕事があるのだ。しかしこの国、俺が“西の国”から来たハンターだというだけでちやほやされる。お陰で仕事は困らない、西の国ではあの掃討作戦のせいで仕事が本当に減ってしまった。その点ではこの東の国でも変わらないのだが彼らは非常に臆病だ。ちょっと吸血鬼が出たからって俺を頼る人が多い。吸血鬼は恐ろしいものかもしれないが俺にとっては大切な収入源だ。ありがたく仕事は受けさせてもらう。
さて今回の仕事だが結論を言ってしまうと収穫は殆どなかった。確かに森の茂みに紛れて眠っている吸血鬼はいたがどれもネズミやクモなどの最近見かけるような小さな吸血鬼だった。無論退治した。居なくなったハンターも森の隅々まで探してみたがこれまた見つからなかった。
「町長によれば人間の吸血鬼も居たとのことだったが……それも複数体」
人間の吸血鬼は一向に見当たらない、ナンファン町の周囲で吸血鬼が身を隠せそうな場所はここくらいだ。他にもあるにはあるが距離が離れているのでわざわざ吸血鬼が隠れ場所に選ぶのには無理がある。
それにしてもここ最近の吸血鬼の様子は少しおかしいと私は感じる。この東の国に移ってから二年程になるが最近の吸血鬼はどうもその二年前を彷彿とさせるのだ。
「まさか……な」
二年前に行われたあの大掃討作戦がまた起こるのではないか?そう考えてしまう……そういえば吸血鬼に対するワクチンができたのもあの時だったなと思い出した。
ガサガサ……
少し考え事をしていると森の中で何やら蠢く草むらを発見した。あの中に何か動物がいる。大きさから考えて結構な大きさ……少なくても野犬や猪くらいはあるのではないだろうか?
「吸血鬼とかじゃなければいいが……」
別に吸血鬼だったらなら吸血鬼だったらで問題はない、それが仕事だし依頼だ。大物の吸血鬼ならば倒した時の追加報酬が見込める。
まだ相手の位置が把握できていないのでゆっくり、慎重に草むらに近づく……するとどうだろうか?草むらの中にいた相手の方から飛び出してきたのだ。思わず私は対吸血鬼用の刀を抜いて構えた。
「いやいやいやいやいや!そんな物騒なものは閉まってよ、私よ私、人間だわ」
出てきた者は動物でも吸血鬼でもなく女だった。顔立ちからして私と同じく西の国の人と思われる。少し小柄であまりにも華奢な見た目をしたその女は真っ黒のクロークを羽織っていて何処か胡散臭そうだった。
「何だ人か、驚いたじゃないか……どうしてそんな草むらに?」
「あらあら?ハンターの活躍を見物に来ては行けなかったかしら?」
見物だと?ハンターの仕事っぷりを見物に来た……これは笑いものだ。仕事姿を見物されるのはこれが初めてではないがこんなにコソコソと見物されるのは初めてだ。
しかし二年前まではハンターと言ったらいつ吸血鬼に噛まれてお陀仏になるか分からない危険な仕事で誰も寄り付かなかったというのに今じゃあ正義のヒーローのようにもてはやされる。悪い気はしないのだが……何か違うような気がするのだ。吸血鬼用の武器が発明されたりワクチンが出来たりした時代の進歩によるものなのだろうか……なんかすっかり私はヒーローとなり、それと同時に時代に取り残されたオジサンになってしまったようだ。
「見物をするのはいいがこの辺にはまだ吸血鬼がいるかもしれないんだぞ?アンタが居るようなその草むらとかは日が差さないから絶好のたまり場だ。危険だぞ?」
「あらあら、それは知らなかったわ。じゃあ貴方の活躍は十分に堪能したことですし私は帰ることにしましょう」
そういってその女は茂みの奥へと消えていった。町とは反対方向だが……大丈夫なのだろうか?
「しかしあの程度の活躍で堪能したとはね」
今日倒したのはせいぜいクモとネズミの吸血鬼くらいだ。ハンターの私としては大物を狩っていない本日をただの仕事の日……位にしか思っていない、命落とすことは無いのはいい事、だけど心のどこかではあの時代を求めている。やっぱり二年前のような命懸けの吸血鬼ハントはもうこの時代ではできないのかもしれない……時代はやっぱり変わった。
私、ハン・マオは今朝起きてからというもの、ナナの理解しがたい行動に付き合わされている。内容は“尾行”だ。何でこんな事をやっているのか?彼女に聞いてみたら「私の好奇心を満たすため」だそうだ。村を出た私にとって唯一の蜘蛛の糸は彼女である。私のこの姿について詳しいし理解がある。だから彼女についていく事にしたのだが……なぜだろう?ため息が出る。
さて、では何故私達が尾行という探偵の真似事を始めたのか?その話をするためには朝まで時間を遡ることになる。
人目を避けてケイラン村から北上を続けていた私たちだったが森の中である男を見つけた。横幅が広く、顎には髭を蓄え、何もしていなくても筋肉が仰山付いているような大柄な男だ。顔つきは鼻が高く青い瞳、ナナと同じく西の国から来た外国人と見えた。
彼に気づかれないように様子を伺って見るとその男は対吸血鬼用の太刀を腰に下げており、背中にはこれまた猟銃を背負っていた。この男は吸血鬼用に武装している。しかしケイラン村の付近に外国のハンターが常駐していると聞いたことはない、きっと彼は腕が立つフリーハンターでナンファン町に雇われたのだろう。
そんなことをポツリといった私がバカだった。ナナは私と同じように彼を“気に入り気に入った”らしく尾行すると言いだしたのだ。
「一体何で尾行なんですか?素直に出て行って話しかければいいじゃないですか……」
「貴方みたいな半人半鬼を連れて話しかけたら貴方ごと私まで殺さされるわよ……経験上ね」
私だって好きで半人半鬼になったわけではない、確かにこの姿でハンターの目の前には出たくないがコソコソ動いて尾行なんて後ろめたいこともしたくない。
「ともかく彼が複数の土地にまたがって活躍するフリーハンターなら付けていって損はないわ、さあ後をつけましょう!」
バキリ!スッテン!ガサガササ~!
意気揚々とするのは構わない、私も一応彼女についていくと決めたのだし多少の彼女の暴走には目を瞑ろう、だけど歩き始めた一歩目で見事に木の根っこにつま先を引っ掛けて、次に見事に背中から転んで茂みの中に突入し、結果的に見事な物音を立てるのは如何なものか?
「ああ気づかれた!剣抜いてこっちに近づいてきますよ!」
果たして私たちを見たハンターは何と思うだろうか?多分、白昼堂々茂みの中で吸血鬼に襲われている一人の女性……と思うだろう、私だけが“退治”される。
「まあ私に任せなさいって」
そう言ってナナは茂みから飛び出していった。私に任せろといってもこの騒動を起こしたのは彼女なのだが……
やがてナナはハンターと一頻り話したあと、戻ってきた。何とか誤魔化せたようだ。
「こういう時は堂々としていたほうが逆にバレないのよ、母の教えだわ」
尾行の仕方を教える母親ってどんな母親だろうか……子供は親に似る、私の母は出来が良くてよかった。
「それで、どうしてあのハンターを追いかけるのですか?」
「興味よ」
やっぱり、彼女は興味でしか動かない……ナナに出会ってまだ間もないがそれだけはよく分かっている。よく分かっているからこそため息しか出ないのだ。
「私はケイラン村の吸血鬼襲来を木の上から見ていたんだけど……吸血鬼が不思議な行動をとっていたのよね」
吸血鬼がとっていた不思議な行動、私は吸血鬼が村に入り込んでそうそうに噛まれて意識を失ったので見ていないことだ。最も吸血鬼の行動を端から端まで見たところで私には分からないだろうが……でも専門家から見たら不思議なことなのだろう。
「吸血鬼は群れをなさない、なのにあの時ケイラン村に入り込んだ吸血鬼は目視できただけでも七体はいた。それに民家のドアをこじ開けたり、奪った食べ物をその場で食べずに持ち帰ったり……好戦的な行動や知能的な行動も見られた」
吸血鬼が人間を恐れるのは私でも知っている。それに知能もそれほど高くはないということもだ。そんな吸血鬼が人間を積極的に襲い、そして知能的な行動を示した。彼女はそこに興味を持ったのだ。持ったというより持ってしまったと言ったほうが正しいのかもしれないが……
「ともかく、フリーハンターの後を追っていけばいずれ吸血鬼の姿を拝めるでしょう」
吸血鬼の研究をするのは学者にとっての生きがいだろうし別に構わない、私だって協力できるなら協力したいところだ。しかし私も、ナナも故郷を追われて逃げ出してきた身ではなかっただろうか?こんなことをしているよりも安定した定住後でも探すのが先決だと思うが私の考えていることがおかしいのだろうか?
「この研究はあなたにとっても有益よ」
ナナが私の心を見透かしているように語りかけてくる。
「あなたが半人半鬼になった理由は恐らくあなた自身の体質、ワクチンの欠陥品、噛んだ吸血鬼が特殊だったとかの理由が挙げられるけど……それはどうでもいい」
「どうでもいいって……」
「私の研究があなたを半人半鬼にした犯人捜しにもなるってこと」
犯人探し、それは私を噛んだ吸血鬼を探し出すということだろうか?しかし村に入り込んだ吸血鬼は村在中のハンターチェンが退治したはずである。
「あの吸血鬼の集団行動、知能的行動、あの行動から察するに吸血鬼を従えるリーダーがいる」
ナナのその言葉の強さ、そして自身に満ちあふれたその表情、それを見るに彼女は適当に言っているわけではない、既に彼女は確信を掴んでいる。一体彼女はどこからその確信を掴んだのだろうか?
吸血鬼のリーダー、それが居るとしたら一体どんな者なのだろうか?




