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吸血鬼

 はてさて、もう私はお手上げだ。どれほどお手上げ状態なのかというと「私はか弱い雌羊です。雨宿りに山小屋を訪れたら中に狼がいました。」というレベルのお手上げだ。行き着く先にある選択肢はすべて死で埋まっている。1から3のどれをとっても絶望的だ。いや、正確には死ではない……一応生きることにはなる。あまり変わりないような気がするが……


ダンダン、ダカラカ、ダンダンダン!


やたらリズミカルなノック音が聞こえてくる。もしここが劇場であったのなら目を瞑ってその芸術に浸りたいところだが今の私は目を瞑ってひたすら縮こまってひたすら危機が去るのを願うのだった。


 さてさて、ではここで何故私が部屋の隅でギュウギュウに押し込まれた布団のように縮こまっているのかを説明しようではないか。まずに私は運び屋を生業としている。私は女だし力もないがそれは関係ないのだ。地理に強い私はただ荷物を運ぶだけ、荷物を乗せるとか下ろすとかは現地の男たちがやってくれる。ともかく私は運び屋だ。今回も仕事の依頼だった。ブッパ村で馬車に乗せるだけ乗せたアヒルを首都トナトナまで運ぶ仕事……アヒルが背後でガーガー騒いでいるのが気にかかるが仕事なので我慢だ。馬に鞭打って山を越えていた。山の中腹に差し掛かった時、アヒルが五月蝿くなった。いや、もともと五月蝿かったのだがベクトルが違っている。トナトナでドナドナされるのを嫌がって騒いでいたアヒルが何かに恐怖する悲鳴にも近い騒ぎ方をしたのだ。一体何事かと思い振り返ってみると数匹のアヒルに明らかな異常が出ていたのだ。皆白い羽毛を羽織っていたアヒルに青い羽のアヒルが混じっているのだ。馬車に乗せるときは全員白い羽だった、これは間違いない。だけど青いアヒルが混じっているのだ。そして何を思ったのかその青いアヒルは仲間をついばみ始めるではないか!そしてついばまれたアヒルは同じように青いアヒルになって……気がつけば馬車の中は真っ青に染まっていた。

「吸血鬼!」

私は馬車を捨てて一目散に逃げ出した。吸血鬼……時折見かける寄生虫の一種だ。人前に現れることは滅多にないし人間が吸血鬼になるのは非常に稀なのだが……でも前例はいくらでもある。あのアヒルにつつかれでもしたら私まで吸血鬼になってしまう。だから一目散に逃げた。そして逃げた先がこの山小屋というわけだ。ここに山小屋があるのは知っていた。だからここを逃げ場所に選んだのだが……あのアヒルはやがて檻をぶち壊し脱走、見事に私を追っかけてこの山小屋を包囲したというわけである。

「多分虫かネズミの吸血鬼が荷車に入り込んじゃったのね……そりゃ今時でも吸血鬼の被害は聞いたことがあるし人間がなっちゃったって話は聞くけどアヒルの大群に襲われて吸血鬼になりましたってオチはごめんよ」

当然であるが相手がアヒルだってコウモリだって人間だろうが吸血鬼の仲間入りは勘弁願いたいものだ。時刻は午後十時を過ぎたところ……流石に太陽様の光で一気に殲滅とはいかない時間だ。


ダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!


扉やら壁やらを叩く音はさっきから続いているわけだが少し前から音が激しくなってきた。一体何匹のアヒルを馬車に乗っけていたかなと頭の中で眠るときの羊のように考えつつ……そして絶望感が増えていくのだ。ここが街中だったらまだ良かった。町や村には専門のハンターが常駐しているからもし吸血鬼が現れたとしてもハンターが追っ払ってくれるし仮に噛まれたとしても診療所にはワクチンがある。だけどここは街からは遠く離れた 山小屋だ。ハンターもいなければワクチンもない……完全に詰んでいる。


ゴギュシャリ!


 今度はやたらメッチャに大きな音が聞こえてきた。木製の壁がミシミシ悲鳴を上げるほどだ。これは流石に壊れるんじゃないのか?と心配になったとき、やらた渋い馬の鳴き声が聞こえてきた。まさか……私の馬だ!この様子だと馬までもが吸血鬼とかしている。

「なんてこった!」

完全にミスった。これは私のミスだ!アヒルが吸血鬼化した時は思いっきりパニックになっていた。そして私は馬車ごと馬を放り投げて走り出してしまったのだ。しかし今になって考えてみれば馬車だけを捨てて馬に乗って逃げればよかった。そうすればこんな山小屋に篭らなくてもサッサと人のいる村に駆け込んでハンターにやっつけてもらうという方法を取れたのに……なんて後悔をしたところで今は始まらない。とにかく今、この山小屋には多数のアヒルと一頭の馬の吸血鬼がぐるりと囲っている。

「あーもう馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!」

なんて騒ぎ立てるものだから外にいる吸血鬼も騒ぎ出してしまった。だから私は反省して心の中で馬鹿を連呼する。そして背中は汗でビショビショであった。そんなこちらのパニックで大焦りな状態……そして壁はいよいよメリメリミシミシ奇声を発するではないか!

「しまった入ってきた!」

ああ、もうこの光景は何の表現もできやしない、この煤けた山小屋には青々としたアヒルに馬……脇目も振らずにこちらにやってくるではないか!オシマイだオシマイだオシマイだ……せめて最後に自分に言おうナンマイダ……これから私は吸血鬼として生きていきます。アヒルのクチバシが私の皮膚を貫き馬が腰を噛み付いてくる。そして私は意識を失っていくのです。もう目覚めることはないでしょう……だって次に起き上がったときは吸血鬼なのだもん……そんな意識のない状態ではもはや起き上がったという意味はなさない……

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