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君は割とお節介だ



 部活が終わり、スマートフォンを確認すると、母から醤油を買ってきて欲しい、というメールが届いていた。ちょうど今の時間からタイムセールを行っているらしい。

 面倒くさい、と思いつつも遠回りして指定されたスーパーに立ち寄り、レジを済ませて店を出ようとすると、見慣れた顔と目が合った。


「………あ」

「げ」


 彼女は嫌そうに呟いて、袋に食材を詰める作業を一旦停止する。俺と目が合った瞬間に顔を顰めるのは何と言うか、うん。やはり佐々岡さんだった。

 彼女は一度帰宅して着替えたのだろう、足首まであるスウェット生地のワンピースを着ていた。


「何で、こんな時間にこんな場所で……」

「部活終わって親に頼まれて、醤油を買いに来たんだ」

「ふーん」


 佐々岡さんは興味無さそうに相槌を打つと、袋詰めの作業を再開した。心なしか先程見掛けたときよりも手早くなっている気がする。それが俺と早く別れたい為、と思うのはただの被害妄想だろうか。

 気まずく感じる俺がその場を立ち去ろうとするよりも早く、佐々岡さんは袋詰めを終える。エコバッグ一杯に食材を詰め、更に手提げにもいくつか詰め込んで、かなりの量を購入した様子だった。


「じゃあ、私帰るから」

「あ、うん。また学校で」


 我ながらぎこちないだろうと思いつつもへらりと笑って手を振り、立ち去っていく彼女を見送る。うん、佐々岡さんが手を振り返してくれないのは両手が塞がっているからだな。大丈夫。

 自分を慰めながら見送ったのだが、後ろから見ていて佐々岡さんの歩みはかなり辛そうだった。そりゃああれだけ買い込めば結構な重さだろう。ちらりと見えたエコバックの中には俺と同じく醤油や、牛乳も見えていた。

 余計なお世話かな、と躊躇する。このまま真っ直ぐ帰宅した所で構わないだろう、と。少し悩んだものの、結局俺は佐々岡さんに駆け寄った。


「荷物貸して、家まで送るから」

「は?いや、別にいい。どうせ家近いし。あんたの家、反対じゃん」

「良いから」


 そう言って半ば無理矢理エコバックを奪う。そうすると、予想以上にずっしりとした重さで、女の子にこれは重すぎただろうな、と思う。

 お節介過ぎるかもしれないが、彼女がもし司や潤だったら俺は同じ事をするだろう。それなら、司や潤と親しい佐々岡さんに対しても、同じように手助けをしたかった。


「家、どっち?」

「……………右行って信号渡って、真っ直ぐ進んだ次の角を左」

「了解」


 聞けば本当に近そうだった。無理矢理荷物を奪ったものの気まずいかと思ったが、このくらいなら何とか乗り切れるだろう。


「にしても、佐々岡さんだけで持って帰るには重すぎだろ」

「いつもの癖で……本当は弟に持たせるつもりだったけど、あいつどこか行ってて」

「佐々岡さんって弟いんの?何歳?」

「一個下」


 正直意外に思った。何と無くだが、佐々岡さんに末っ子とか一人っ子のイメージを持っていた。いや、しかし、司がよく懐いていて面倒見も良いようなので、納得と言えば納得かもしれない。


「こんな大量に買い物して大変だな。親に頼まれたのか」

「うち、母親いなくて私が家事担当だから」

「あ、そうなんだ。大変だな」

「別に、慣れたし。その分お小遣い貰ってるし」

「いや、でもすごいな。俺はそういうの全然だから」

「ふーん」

「……………………」


 早くも会話が尽きた。ようやく信号まで辿り着いたが赤信号で、足を止めると余計に沈黙を顕著に感じる。距離にすれば大した事無い道のりのはずなのに、気まずさから異様に遠く感じてしまう。


「あの、さ。ありがとう」

「えっ!」

「荷物、ごめん。ありがとう」


 突然お礼を言われて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。少し挙動不審かもしれない俺に、佐々岡さんは怪訝そうな顔をする事も無く、前を向いている。


「別にそんな手間でもないし」

「………私、態度悪いのに、親切にしてくれるんだ。潤とか司が言ってた通り」


 彼女の今の発言で、これまで佐々岡さんの態度を冷たく感じていたのは俺の被害妄想や勘違いではないかという、わずかな希望も潰えた。潤も八つ当たりだと言っていたので、分かり切っていた現実ではあるが。

 信号が赤から青に変わり、並んで歩きだす。それでも、佐々岡さんは相変わらずこちらを見ようともしない。


「………俺さ、何かした?」


 初めて会った頃から、一貫して佐々岡さんは俺を避けていた。切っ掛けも原因も思い当たらず、関係を改善したくともどうすれば良いか分からない。俺としては、幼馴染達の友達で恋人である佐々岡さんとは、なるべく仲良くしたいのだが。周囲の関係的に、どうしても関わる事も増えているし。


「別にう………」

「姉ちゃん?」


 横断歩道を渡りきり、佐々岡さんが口を開きかけたところで、彼女が足を止めた。振り返れば、この辺りの中学の制服を着ている少年が立っていた。淀みない足取りでこちらに歩み寄る。並んで立つと170cmあるらしい佐々岡さんより、まだ背が高かった。


「彼氏?………デート?」

「違う!友達の友達!あんたがさっさと帰って来ないから荷物持ってくれてんじゃん!連絡も付かないし!遅くなるなら連絡しろっていつもいつもいつも!」

「姉ちゃん、あんまりヒステリックだと彼氏に嫌われるよ」

「だから違うっていってんだろ馬鹿!!」


 どうやら例の弟らしいが、俺を彼氏扱いするのはそろそろ止めて欲しい。厄介な勘違いをされたという記憶が、佐々岡さんの中の俺のイメージを余計に下げてしまいそうな気がした。ただでさえ嫌われている様子なのに。


「ほら、持って!夕飯出来てるからさっさと帰れ!」


 俺の手から乱暴にエコバックを奪い、佐々岡さんはそれを弟に押し付ける。受け取った瞬間思ったより重かったのだろう、弟の腕の位置がガクッと下がった。


「重……買い過ぎだろ。もうちょっと加減しろよ」

「あんたが馬鹿みたいに牛乳ばっか飲むからでしょうが!」


 ダルそうな、うんざりした顔で佐々岡さんの話を聞き流しながら、弟は俺の方をじっと見つめる。俺ともそれほど身長が変わらず、さすが佐々岡さんの弟と言うべきか、中三なのに随分と背が高かった。吊り目がちで目線は鋭め、佐々岡さんと目元がよく似ている気がする。


「まあ、何か納得。姉ちゃんの彼氏の条件って、自分より最低5cmは身長が高い事、だったもんな」


 小さな独り言のように、しかし近くにいる俺達には十分聞こえる声で呟いて、佐々岡さんの弟はマイペースに去っていった。残された俺と佐々岡さんの間で沈黙が落ちる。


「えっと……」

「………言うな」

「え?」

「言うなよ!絶対潤には言うな!いや、言わないで!」


 佐々岡さんが必死に訴える。少し涙目にも見えた。


「いや、潤は別に気にしないと思うけど……」

「だからだよ!気にする事無くヘラヘラごめんねー、とか言われたら私の事どうでも良いのかとか色々考えて凹む!」


 嘆きながらも佐々岡さんは、あの馬鹿、とおそらく弟への悪態を吐く。落ち着かないのか、その場で足踏みをしていた。潤が変に佐々岡さんをからかう事があるものの、仲のよさそうな二人でもそんな風に不安に思う事があるのか、と少し驚く


「ああもう……色々ごめん。とりあえず、絶対潤には何も言わないで。荷物はありがとう」


 一頻り焦り、弟に腹を立て、落ち込んだ様子の佐々岡さんは色々考え過ぎて疲れたのか、大きな溜息を吐くと一旦落ち着いた。疲れたような表情で礼を言うと、こちらに背を向けて歩き出そうとする。その前に、振り返った。


「あ、そうだ。別に上原に何されたとか、嫌いとかそういうんじゃないから」


 突然そんな風に言われて、一瞬何の事か分からなかった。少し考えて、先程俺が彼女に何かしてしまったのだろうか、と聞いた事に対する答えだと気付く。


「ただ、ムカつく。潤の一番ってさ、司なんだよ。潤はいつも司を最優先する。私より。別にそれは分かってた事だし、私も納得してる。司は良い奴で友達だし、でも。妬ましくないかと言えば、嘘になる」


 唇を引き結んで、睨み据えるような目で佐々岡さんは言う。


「私はそんな事になってる原因を、あんただと思ってる。だから、上原を見てると無性に腹が立つんだ」

「……………俺が、何かしたのか?」

「さあ。それは自分で考えてよ」


 佐々岡さんの言う事に思い当たらなくて困惑する。俺から見た二人は以前と同じように見えた。潤は元々面倒見がよく、司の世話を焼いているのも見慣れた光景だった。けれど、それが彼女の言うように、恋人よりも優先されるものだとしたら、過剰とも言えると思う。しかも、その原因が俺だなんて、まるで心当たりがない。そもそも何故、二人の事に俺が関わってくるのか。


「勝手ばかり言ってごめん。じゃあ、また学校で」


 今度こそ、佐々岡さんは俺に背を向けて立ち去ってしまう。引き止める事も出来ず、俺はその背を見送った。





読んで頂き、ありがとうございます。

澄香の家族は皆背が高いです。弟もまだまだ伸びます。

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