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君は思ったより根が深い



 約束のゴールデンウィーク………俺は自分でも疲労の滲んだ顔をしているだろうな、と思った。


「潤、これはいくら何でも長すぎないか?」

「嫌だなあ、将人ったら。女子の買い物に付き合うというのはこういう事だよ。忍耐力が鍛えられるよね」


 約束通り、司の服を買いに行く為に駅前のショッピングモールに四人で出掛ける事になった。朝の十時に集合し、佐々岡さん主導の下、早速女性用の服屋を共に巡る事になったのだが、ひたすらに長い。現在時刻は十二時。すでに二時間は経過している。

 すごい。何がすごいって佐々岡さんがすごい。色々と服を前にあてられたり試着をさせられたりしている司にも疲労は見られるが、佐々岡さんには全く疲労を感じられず、その勢いが衰える事も無い。店員さんさえ、口を挟めない様子である。


「更に言えばかなり居心地が悪いんだが」

「いい加減慣れなよ」


 女性ものの服屋に男がいる違和感。潤という仲間がいるだけマシのような気もするが、むしろ二人も揃っている為に存在感が増しているような気もする。佐々岡さんは、男二人でどこかへ行ってきたら、と潤に提案していたが、試着室に押し込まれた司がまるで売られていく子牛のように悲壮な顔をしていたので、見捨てる事が出来ずに留まる事となった。


「す、澄香、これはちょっと短すぎないかいっ?」

「短くない!あんた足細いんだからきちんと出しなさい!ムカつく!」


 先程から口調を荒げながら佐々岡さんは司に似合う服を選定していく。潤曰く、佐々岡さんは自分に比べて細い足を持っている司がそれを隠そうとするので、嫉妬や羨望に駆られてしまうらしい。そんな今日の佐々岡さんの格好は首元のゆったりした涼しげなニットにデニム地のショートパンツだった。その他、アクセサリー多数。


 俺からすれば、佐々岡さんも十分細く見えるのだが、俺には分からない何かがあるのだろう。むしろ、司が細すぎるだけな気がする。昔から偏食で痩せぎすだったから、司はもっと太れば良いと思う。

そんな佐々岡さんに対し、司は小学生の頃とさして変わらない格好だった。ジーンズにTシャツ、寒がりなのは昔からでその上にパーカーを羽織っていた。その格好がまた、佐々岡さんのお眼鏡に叶わなかったようで、出会い頭から司は説教を受けていた。


「ちょっと見て」


 遠い目をして色々と考えていれば、佐々岡さんに声を掛けられた。先程司に渡していた服の試着が出来たのだろう。


「澄香っ、無理!無理無理無理だ!似合ってない!」

「そんな事無いから!ちょっと出て来なさい!」


 佐々岡さんに引っ張り出され、今にも泣きそうな顔を真っ赤にしている司の格好は、何と言うか新鮮だった。

 襟元にフリルがついた白いトップスのようなデザインで、その下の切り替えからギンガムチェックのスカートが裾に向かって広がっている。二枚着ているのかと思ったが、ワンピースになっているのだろう。


「良いじゃん、司。可愛いよ」

「う、うう、嘘だー!」

「嘘じゃないって。司は全体的に細いから、こういうのもイケるの」


 潤と佐々岡さんがフォローするが、司は見た事もないくらい真っ赤な顔をして頭を抱えたままその場に座り込む。正直今は物珍しさの方が勝っているが、ファッションなどよく分からない俺からしてみれば、単純に可愛いな、と思う。


「ねえ、将人。将人もそう思うよね?」


 潤にそう言われて、座り込んでしまった司を見つめる。羞恥心と不安に染まった様子の司は、何とも頼りない様子で俺を見上げた。


「うん、似合ってるんじゃないか」

「うっ………」


 すると、司は一つ呻くと素早く立ち上がり、くるりとこちらへ背を向ける。


「ぜ……善処しよう」


 そう言って後ろ手にカーテンを閉めた。今は初めての事で羞恥心が勝っているようだが、ずっと、ああいったいかにも女性らしい格好を我慢してきたのだろう。せっかくなので、思いきり楽しめばいいと思う。

 それにしても、司は幸運だった。ああした格好の司は、身体も含めて本物の女の子にしか見えない。司と同じような境遇で、見た目が男にしか見えない人も沢山いるだろう。そんな中で、司は比較的女性らしい可愛い顔をしている。何も知らない人からすれば、普通の女の子にしか見えないだろう。それはつまり、女の子として振る舞っても誰に見咎められる事も無い、という事だ。


「将人、もう会計するだけみたいだし、僕らは外で待ってようか」


 そんな風に考えていると、潤に誘われて店を出る。佐々岡さんはこちらに一瞥だけ向けて見送った。相変わらず、彼女の取っつきにくい印象が解消される事はない。


「ねえ、司さ、可愛かったよね」


 店を出て、潤にそう声を掛けられた。


「そうだな」

「将人はあの姿を見て、司は生まれたときから身体も女だったんじゃないか、とか思わない?」

「何言ってるんだよ」


 潤が変な事を言う。事実を知っている事に対して、そんな仮定を抱く訳がない。


「それはないだろ」

「どうして?」

「いや、だって司本人が言ってたんだぞ。自分は男だって。俺が女みたいだって言えば、半泣きになって怒ってたのに」


 司も、男の身体に相応しくなろうとあの頃は必死だったのかもしれない。生まれ持った身体に即した人格を持てるならば、それが一番安寧の人生だっただろう。だから俺が女の子みたいだと言えば本気で怒っていたのだ。自身の決意を乱されるように感じた事だろう。今思えば申し訳ない事をした。


「…………思ったより、根深い」


 潤は何故だか、がっくりと肩を落としていた。長い買い物に疲れてしまったのかもしれない。









 その後、ようやく昼食を取る事になり、一旦休憩する事が出来た。しかし、その際、司が両親からお小遣いをもらっていた事が判明し、それだけ予算があるなら、と張り切った佐々岡さんによって今度は靴売り場にも向かう事になった。

 そのお小遣いは、司が今日スカートを買いに行くと言えば、喜び勇んだ両親がそれぞれにくれたものらしい。司の両親は二人とも優しい人だ。きっと司の心と身体の問題にもさぞ心を痛めていたに違いない。そんな司が、女の子らしい服を買いに行くと言いだしたのだ。理解ある司の両親は、娘の新しい門出を祝福する気持ちだったのだろう。司の両親の想いを考えると、ちょっと泣けて来た。


「将人って無駄な方向に想像力逞しいよね」


 そう言って潤に肩を竦められ、無駄な方向とはどういう事かと、頭を捻る。


「どういう意味だよ」

「別に?そんな事よりほら。司が生まれたての小鹿のようだよ」


 潤に言われて司に目を向ければ、佐々岡さんにしがみ付いて必死で身体を支える司がそこにいた。その身体、主に足がプルプルと震えている。


「無理!澄香、これは無理だ!転ぶ!」

「ヒールって言ってもほんの少しじゃん!司は怯え過ぎなの!落ち着いたらちゃんと歩けるから!」

「う、うーそーだー!」


 今度は羞恥心ではなく、恐怖で軽くパニックになっている。正直気持ちは分からない事もないと思った。あんな細い所に足を突っ込んで、爪先立ちの状態を維持するなど、一体どれだけ不安定でどれだけの負担が足先に掛かるのだろうか。俺には想像も付かない。あんなものを履いて平然と歩ける女子凄い。


「澄香だって!澄香だってぺたんこのサンダルの癖に!」

「それは潤に言え!私だって本当ならヒール履きたい!」

「えー、なんかごめんねー」

「謝るな馬鹿!」


 けして深刻になる事も無く、軽く心の籠っていない謝罪を潤が口に出せば、佐々岡さんが振り返って鋭い目で潤を睨む。潤は何故、煽るような事ばかり言ってしまうのだろうか。

佐々岡さんが言いたいのは潤の身長に関してなのだろうけれど、いくら本人が努力しても限界がある事なので、何とも言い難いのかもしれない。


「ほら司、頑張って。将人の所まで歩いてみなよ」


 潤の言葉に、こちらを向いたものの司の目は右へ左へと泳いでいる。どうやら怖気づいているようだ。しかし、しばらく迷いを見せたものの、覚悟を決めたのか、やがてその目に力が宿った。

司は佐々岡さんから手を離し、何とか真っ直ぐに立つと恐る恐るこちらへ一歩を踏み出す。不安定でかなり危なっかしいが、何とか進む事が出来ていた。


 その不安定で今にも前のめりに倒れてしまいそうな様子に、小学校の頃の体育の授業を思い出す。体育で一輪車のテストがあったのだ。運動神経が切れてしまっている司は、当然のように全く乗れなかった。嫌いなものは一切やりたくないとかなりゴネていたが、何とか宥めすかして一緒に放課後に練習した。そのときのハラハラと心配する気持ちと、後少しだと応援する気持ちを思い起こす。最終的に、司が2m進めるようになったときは、言いようのない感動があった。


「あっ!」


 しかし、後少しという所で足を捻り、司が体勢を崩した。ここで転べば痛いだけではなく、靴屋店内という事でかなり恥ずかしい。店員さんも他のお客さんの目も集めてしまうかもしれない。俺は慌てて手を伸ばして、司の肩を掴んだ。


「危ないな……もうちょっと慎重にな」


 ついでにちょっと練習になればと、一輪車のときのように司の両手を取って支えてみる。それでもまだ不安定そうだったが、俺の手を支えに姿勢を整えれば、何とか安定した。


「………将人くんが近い!」


 すると、安堵したのも束の間、司がキラキラと目を輝かせて俺を見つめていた。司が近い、と言ったのはおそらく目線の事だろう。5cmほどあるヒールによって思った以上に目線を近くに感じられるようになっていた。


「が、頑張る!ぼっ、私は頑張るよ、将人くん!」


 そして、何故か大はしゃぎを始めた。頑張るのは結構だが、まだまだ慣れなくて足元が覚束ないので、出来ればもう少し大人しくしてほしい。

 どうしたものかと司の向こう側へ視線を向ければ、潤には何故か楽しそうに『罪作りー!』と笑われ、佐々岡さんには怖い顔で見据えられていた。正直ちょっと本気で怖かった。









 司の買い物が終われば、四人で一本の映画を観て解散した。靴屋を出てからはそれまで以上に司が楽しそうで、来て良かったな、と満足できるゴールデンウィークとなった。







読んで頂き、ありがとうございます。

作者に洋服のセンスが皆無なので、ざっくり適当に想像して頂ければ幸いです。

とりあえず服屋、靴屋で騒ぎすぎである。

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