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君は可能性に気付く



 次の日、司とはいつも通り顔を合わせて四人で昼飯を食べた。

 話しているのは基本的に潤と佐々岡さんで、俺と司は黙々と弁当を食べていた。佐々岡さんも明らかに不自然な俺と司の様子に触れる事は無い。きっと潤から何か聞いているのだろう、と思った。


 正直、かなり気まずかったが、昨日あんな事があって今日一緒に食事を取らなければ、本当に司を避けているようだと思うと出来なかった。司も同じように考えたのか、俯きがちでちっとも喋らないが同席している。

 司は少し食べただけで弁当をしまう。元々小食で偏食の司だが、弁当だけは残すとお母さんに叱られると言っていつも頑張っていたのに、今日はほとんど残していた。


「司、もう食べないのか?」


 声を掛ければ、弁当をしまおうとしていた司が肩を揺らす。その怯えるような仕草に少し傷付いた。


「………お腹一杯だからいい」


 普段の俺なら、宥めすかして何とか司に食事をさせていただろう。しかし、いつもと同じ量に対してお腹いっぱいだと感じるのはもしかして食欲がないのだろうか、そうだとすればそれは俺のせなのだろうか、と色々考えてしまえばそれ以上何も言えなかった。

 すると、それを聞き付けた佐々岡さんがギラッと悪い感じに目を光らせる。


「あ!こら司!ちゃんと食べなさい!司はただでさえ細いんだから!」

「し、食欲がないんだ」

「そんな理由で私が見逃すと思ったか」


 そう言って佐々岡さんは手早く司の弁当を奪い、再びそれを紐解く。司は嫌そうな顔をしたものの、さして抵抗せずにその手つきを眺めていた。もしかして慣れているのかもしれない。


「司、あと一キロでも体重落としたらケーキバイキングに連行するから」

「うう、ケーキは胸やけが恐ろしい……」


 特別甘いものが好きでも無かった司は眉を寄せる。どうやら味覚は昔とさして変わっていないようだ。


「ていうかそれ、一緒に行った澄香も増量の危機じゃない?」


 気軽に放たれた潤の言葉に、佐々岡さんは目を見開いて叫んだ。


「私デブじゃないし!」

「いや知ってるけど、いつも体重気にしてるじゃん」

「二人が細すぎるから!私だって重くはない!」


 潤の馬鹿、と佐々岡さんは必死に訴える。実際に佐々岡さんは太いという事はないと思う。ただ正直に言えば、彼女はスタイルが良いので、上半身の都合で少々そういう風に見えるのかもしれない。潤はともかく、司が細すぎるのには全面的に賛同したい。


「ほら、食べな。司のお母さんが毎日早起きして作ってくれてるんだから、残すんじゃない」


 お弁当箱についているフォークを残されていた卵焼きに突き刺して、佐々岡さんは司に突き付ける。そうすれば、渋々司も口を開け、半分ほど食べ切ってようやく佐々岡さんからのお許しを得られたようだった。









「上原、上原」


 昼休み終了間近となり、潤と教室に戻ろうとすればなんと佐々岡さんに呼び止められる。初めての事で少々驚いた。


「どうしたの、澄香」

「潤はいらん。上原に用があるんだ」

「嫌だなあ、澄香ちゃんったら浮気………」

「そういうのじゃないって分かってる癖に一々嫌な絡み方するな!」


 潤のからかいにそう言って佐々岡さんが怒れば、潤はあっさりとじゃあ先に戻ってるね、と俺に断って教室に戻っていく。佐々岡さんに促されて廊下の端に寄れば、彼女は自分から声を掛けておいて何故か言いにくそうに視線を下げた。


「あの、さあ……昨日潤に何か言った?」

「何かって?」

「昨日、潤が急に真面目な感じで………やっぱりいい」


 疑問符を飛ばしていれば、佐々岡さんは不思議な事に見る見る内に顔を赤くしたが、首を振るとその質問を無かった事にした。それより、と言って顔を手でパタパタと扇ぎながらちらりと彼女の教室を見やる。


「司の事なんだけど」

「う、うん」

「司に聞いたけど、あんまり先延ばしにしないでやって。返事とか。どっち付かずの状態が一番辛いし」


 その言葉に驚いて目を見開けば、佐々岡さんは怪訝そうに俺を見上げる。


「何その顔」

「いや、もっと叱られるかと思った。俺が司に苦しい想いをさせているのは間違いないだろうし」

「人の恋愛ごとに他人が口出す権利なんかないじゃん。……あ、あー…」


 言いながら、何かに思い当たったように佐々岡さんは気まずげに自身の頭を掻いた。


「この間怒ってたのは、無視が卑怯だと思ったから。会った頃に腹立ててたのは、上原が何も知らなくて何も気付かないせいで司も潤も振り回されてたから。司を好きになれ、って言う権利は私にないし、言われたところでどうにかなるもんでもないし」


 あまりに真っ当な彼女の言い分に、俺は素直に納得した。感情なんて、自分のそれさえままならないものだ。当然他人にどうこう言われたところで、その通りに自由自在に変えられるものではない。


「でも、真剣に考えて、早く決着を付けてあげて欲しいとは思う」

「そう、かもしれないな」


 真剣に考えるのはもちろんだ。司は大事な幼馴染で、大事な友達だ。出来るだけ傷つけたくはないし、いつだって笑っていて欲しいと思う。戸惑いはしたものの、司が好意を寄せてくれる事については単純に嬉しいし、当然真摯にその気持ちと向き合いたいと思っている。

 同時に、あまり答えを先延ばしにできないとも感じている。今だって、俺はどう司に接すればいいのか分からない。ただの幼馴染として接するには司の感情を無視できないし、俺に好意を持ってくれている女の子として見るには司の事を知り過ぎている。おそらく、司だって俺にどう接すればいいのか、決めかねているはずだ。

 だから、振る舞い方も分からなくて、例えようのない居心地の悪さが生まれてしまっている。


「まあ、振られても司ならすぐに別の男捕まえられるだろうし」

「えっ!」


 何気なく口にされた佐々岡さんの言葉に、思わず驚きの声が漏れた。それに、不可解そうに彼女は眉を顰める。


「何、まさか振った後でも司は自分の事を一生好きだとでも思ってたの?何か男ってそういう考え方する人もいるらしいけど、それ男側の幻想だから」

「いや、そうじゃなくて………」


 単純に、佐々岡さんの提示した当たり前の可能性に驚きを隠せなかった。

 司は女の子だ。それなら当然、この先男と付き合う可能性だってある、これまで俺の後ろばかり追いかけてきた司が、俺ではない誰か別の男の背を追い掛けて、いずれは結婚だってするかもしれない。

 それは、何だかまるで想像が付かない、未来の可能性だった。


 司が俺の知らない男の隣で、俺の知らない顔をして幸せそう笑う。どうしても俺は、これ以上なく勝手な感情だと理解しながらも、それを祝福出来そうとは到底思えなかった。





読んで頂きありがとうございます。

潤は細身だけど人並みの体型で、司はガリです。将人はがっちり、澄香は胸以外普通だけどとにかく痩せたいばかり考えてしまう年頃です。


あと一話で終わります。

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