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君は軽く絶望する



 一瞬、誓って一瞬だけだが、司の事を異性として意識した。

 俺の中に更なる罪悪感がむくむくと湧いてくる。生まれたときから女の子だと分かったからといって、大事な友達に対して俺はなんて邪な事を考えてしまったのだろう。日々積み重なる罪悪感が俺の胃をギリギリと締め上げる。

 司と目を合わせればそのときの罪悪感が浮かび、まともに向き合う事も出来なかった。昔はあれだけ毎日のように一緒にいたのに、今の俺は司にどう接すれば良いか、そんな事も分からなくなってしまっていた。


「何かさー、変だよねえ」


 そんな俺は、裏庭の壁際に追い詰められ、冷や汗をだらだらと流していた。目の前には無表情で不機嫌な事が一発で分かる佐々岡さんの顔、腰の横には佐々岡さんの右足が壁を突いている。相手は女の子だ、普通の女の子のはずなのに最高に柄が悪い。


「司に対してさあ、ちょっとおかしくない?」

「ちょ、ちょっとって?」

「無視、してる?」


 佐々岡さんの目がすーっと細まる。恐ろしい。俺の身長が少しとはいえ佐々岡さんより高くて良かった。上からこの目で見下ろされたらと思うと恐ろしくて仕方ない。

 自分でも自覚できるくらいなので、俺の司に対する挙動は相当不自然だったのだろう。次の授業の予習をしないと、と言って昼休みに早めに司が教室に戻ると、物凄い形相の佐々岡さんにここまで連れてこられた。外に一歩でも出れば暑く、更に言えばここはじめじめとしている為に人気はない。


「澄香、あんまり足上げるとパンツ見えるよ」

「今それどうでも良いから!」

「女の子はいつでもどうでも良いと思って良い事じゃないと思うけど」


 後からついてきていた潤が、至極冷静に注意する。佐々岡さんは不満そうにぶつぶつと文句を言いながらも素直に足を下ろした。それだけでわずかばかりの解放感を得る。


「それにさ、他人の関係に口を出すのってあんまり感心しないよ。大抵ロクな事にならないって言うし」

「だって上原が…!」


 反論しようと佐々岡さんが潤を振り返ったが、しばらく見つめ合った後に根負けしたように彼女が目を逸らした。壁際に追い詰めていた俺からも距離を取る。


「分かってるし!別に私だって喧嘩とかなら口出さないけど、無視は性質が悪い」

「まあねえ、しかもその原因も司に分からなければ余計にね」


 潤から視線を向けられる。俺自身にやましい所があるからか、その視線を佐々岡さんに負けず劣らず冷たいものに感じた。

 俺としては無視をしているつもりは無かった。ただ、司と目を合わせられなくて、話しかけられても可能な限り目を逸らそうとしてしまっていた。何か聞かれても生返事ばかりしていただろう。それが結果的に無視になっていた、と言われれば正直反論出来なかった。


「将人………僕は基本的に司の味方をするよ。だけど、将人の気持ちも分からない事も無い。だからさ、とにかくさっさと慣れて。司の事は、僕と澄香でフォローしとくから」

「慣れるって何だよ」


 佐々岡さんが不思議そうに呟く。どうやら、俺のとんでもない勘違いを、潤は佐々岡さんにも言わないでいてくれているらしい。佐々岡さんに知られれば、今と比ではないくらい冷たい目を向けられる事が何と無く想像付いた。

 佐々岡さんは潤に宥められ、二人は前を歩いて教室に戻る。司にとても酷い事をしている事は分かっている。司は昔から俺によく懐いてくれていて、自惚れでなければ一番の友達だと思ってくれていたはずだ。そんな司が例えば俺に嫌われていると思えばそりゃあ、傷付くだろう。司は何でも額面通り受け取る、素直な性格をしている。


 だからこそ、俺も早くいつも通りの関係に戻りたかった。司の中身は何も変わっていないのだから、今まで通りの幼馴染に戻れるはずだ。けれど、その為には時間が欲しい。時間を置いて、距離を取って、心の整理をつけるのを待って欲しい。


「将人くん……」


 俺のそんな願いは、家の前で待っていた司によって粉々に打ち砕かれた。部活を終えて帰宅する俺を、家の前で待っていたらしい。女の子らしい襟付きのブラウスに短パンを履いていた。ほっそりとした手足も晒されていて、どう見ても普通の女の子にしか見えなかった。


「何でここに……」

「話したい事が、あって」


 陽が沈み、人通りの少ない住宅街で司と向き合う。司は不安そうに俯いて視線をさ迷わせたかと思うと、じっと眼だけで俺を見上げた。


「僕が、何かした?」


 見上げられて、反射的に目を逸らした。その行動が更に司を傷付けると容易に想像出来たが、咄嗟の行動を止める事は出来なかった。


「司は何もしてないよ」

「じゃあ、何で。何で僕を避けるんだっ」


 司の声が濁る。今にも泣き出しそうな声だった。俺は、司に泣いて欲しくはなくて、けれどずっと感じている戸惑いを伝える事も出来なくて、迷いながら言葉を絞り出す。


「色々考えてたんだ。俺達もさ、ほら。もう高校生にもなったし、今までみたいにしている訳にはいかないだろ?俺は男で、司は―――――」


 緊張で唇が震えるかと思った。そうであると確信したものの、それを司に向けるのは初めてだった。もしかしたら未だに往生際悪く、その事実を疑っていたのかもしれない。


「司は、女の子なんだから」


 どこかまだ疑う気持ちが、躊躇いながらも司へ目を向けさせる。すると、驚いて息を飲んだ。司がボロボロと大粒の涙を溢れさせていたからだ。


「そんなっ、酷い。ぼっ、僕は、男だとダメだと、言われたっから、だからちゃんと、ちゃんとしようって、女らし、らしくしないとダメ、だって、だから………っ」


 俺は大いに焦る。こんなに司が泣くのを見るのは、俺の引っ越しが決まったときくらいだった。どうしたらいいのか分からない。これまでの気まずさも忘れて、ただ泣き止んで欲しいと願う。


「僕はただ、将人くんといたいっ、だけなのに」

「ご、ごめん司!俺が悪かったから!」


 焦り過ぎて申し訳無さ過ぎて、いっそ俺も泣いてしまいたかった。司は、最近ではほとんど一人称が『私』になり、『僕』と言い間違う事も余り無くなっていた。そんな司が、今はずっと『僕』と言っている。つまりそれだけ追い詰められていたのだろう。そう思うと余計に申し訳なくなる。脳が現状への混乱から動作不良を起こし、爆発してしまいそうだった。


「俺だって司といたいよ!司は大事な幼馴染なんだから!」

「そ、そうじゃ、なくって……」


 ひっくひっくと、しゃくり上げながら俺の言葉を否定する。大混乱を起こしている俺の前で乱暴に目元を拭い、深呼吸を何度も繰り返し、泣いていた司は再び俺を見上げた。


「将人くん、前に何でも言う事を聞いてくれるって言ったの、覚えているかい?」

「も、もちろん!」

「じゃあ、今聞いて欲しい。一分だけで良いから、何があっても動かないで」


 とにかく司に泣き止んで欲しい一心で、俺は大きく頷いた。今は何とか堪えているが、その目尻に涙が溜まっている事は夜闇の中でも明らかである。

 すると、司は少しだけ微笑んだ。最近よく見るようになった、はにかんだような笑顔で一歩を踏み出す。俺が気付いたときには、部活の後の臭い俺に躊躇う事無く司が抱き付いていた。司の両腕が俺の背に回され、ぎゅうと力を込められる。


「………将人くん、僕は君が好きだよ。この世界の誰よりも好きだ。大好きだ。将人くんの事がこの世界で一番に好きだ。だからどうか、」


 司の声が、再び涙で滲む。


「お願いだからそばにいて」


 突き飛ばすような勢いで距離を取ると、司は物凄い勢いでこの場から去っていった。俺は呆然とその背を目で追う。


 え、ちょ、今のは何だ?今、司が好きって………いやいや、司が好いてくれているのは知ってるよ。有難いなあ、っていつも思ってたし、よく懐いてくれていた。いやでも今のあの感じは、俺が思っていたのと意味が違うんじゃないか?普通、友達に泣きながらわざわざ『好きだ』って言うか?少なくとも俺は言った事がない。男女の差かもしれないが、それでも泣きながら言う事はないだろう。そうなるとつまりもしかして、司の今の大好きはそのー、つまりえーと、いやいやいやいや!まさかな!やめてくれこれ以上混乱すると本気でもうどうしたらいいのか分からない。


 軽く絶望的な気持ちで呆然と玄関前で突っ立っていれば、司が去っていったのとは逆の方に潤が立っている事に気付いた。潤はいつもの何を考えているのかいまいち分からない顔で笑っている。


「んー………大丈夫?」


 大丈夫じゃない、とその場で崩れ落ちてしまいたかった。




読んで頂きありがとうございます。

潤は何かしらの用事があって将人を訪ねに来てました。

告られて止めてー!許してー!となっている将人は割と酷いと思います。

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