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君は存外に残酷だ


 司の成績は偏りが酷い。

 好きな教科では満点に近い点数を取るが、興味のない教科では赤点スレスレの点数を取る。中間テストでもその好き嫌いは遺憾なく発揮されたようで、担任教師からは何とも言い難い複雑な顔をされたらしい。


 期末テストでは今度こそ赤点を取るかもしれない、という司に泣き付かれて勉強を見てやる事になった。俺も精々平均点前後の学力しかないのだが、赤点を取りかねない司相手ならば教えて上げられる事もいくらかあった。またそうやって将人は司を甘やかすんだから、と潤にはからかわれたのだが、結局俺より成績の良い潤の方が司の勉強を見ている事が多い。俺は同じくらいの成績の佐々岡さんと黙々と自分のテスト勉強をしていた。


『司はそもそも嫌いな教科を視界にも入れたがらないだけだから、こうして逃げられない環境を作れば諦めてきちんと勉強するし、そうすれば勝手に成績も上がるよ』


 そう言ったのは潤である。潤はそろそろ司の扱いがプロに達していると思う今日この頃。

 そうして期末試験を終え、司も何とか手応えを感じられたらしく、テスト週間を乗り切る事が出来た。来週からは普通授業だな、と思いながら明日の教科書の用意をしていると、司のノートが一冊紛れ込んでいる事に気付く。一緒に勉強をしているときに紛れこんだのだろう。


 司にメールでその旨を伝え、明日返しても問題無いか、と聞いたのだが、残念ながら中々返信がない。三十分待っても返信はなく、暇をしていた俺は家まで届ければいいか、と結論付ける。俺の家から司の家までは徒歩五分で、小さな頃は毎日のようにお互いの家を行き来していた。時間もまだ二十時とそれほど遅くも無い。しばらく悩んだものの、俺は司のノートを持って家を出た。









 司の一軒家の自宅を尋ねると、司のお母さんから思わぬ歓待を受けた。


「あら、将人くんったら久しぶりじゃない!せっかくこっちに戻って来たっていうのに、全然顔を見せてくれないんだから。司ったら毎日将人くんが何した、どうした、って将人くんの話しばかりするのよ?今日はどうしたの?あら、司のノート?ごめんなさいねー、あの子ったらいくつになっても将人くんに迷惑ばっかり掛けて。せっかくだから上がってちょうだい。司は今お風呂に入ってるんだけど、すぐに上がると思うから。ゆっくりして行ってねー」


 こちらが口を挟む暇もなく、あれよあれよと言う内に自宅に引き込まれた。この町に戻って来てからも何度か家の前までは司を送った事があるが、家の中に入るのは小学生ぶりだった。見慣れた変わらない雰囲気に無性に懐かしくなる。


「将人くん、飲み物はコーヒーで良いかしら」

「あ、おかまいなく」


 遠慮しないでね、と微笑む司の母に勧められるままにリビングのソファに腰掛ける。リビングには他に誰もおらず、どうやら司の父はまだ帰宅していないらしい。司の母はバスルームの司に俺が来ている事を伝えに言ってくれたようだが、すぐにリビングに戻るとコーヒーとお菓子を出してくれた。


「でも本当に懐かしいわね。司ったらいつも将人くんにべったりだったでしょう?だから私も将人くんがあの子のそばにいるのが当たり前だったんだけど………そうそう!懐かしいものがあってね」


 終始上機嫌で、司の母はテレビの方へ向かう。歓迎してくれるのは嬉しいが、正直こうも喜ばれると気恥ずかしくてむず痒い。司の母は、テレビの隣にある戸棚から本を取り出すとそれを手渡してくれた。


「アルバムですか?」

「そうよ。将人くんも沢山映ってるわよ」


 勧められて開いたアルバムの中には、幼稚園の頃の俺と司が映っていた。俺と手を繋いでいる司や、満面の笑顔の司、大泣きしている司とそれに思いきりうろたえる情けない俺の姿など、懐かしい光景が沢山そこに収められている。


「あー、これ覚えてます。懐かしい」


 司に腕を引かれて駆け出したのだが、二人揃ってずっこけてしまった瞬間が収められていた。司が、ぼくのせいでごめんね、と泣きながら謝って来たのが懐かしい。司は協調性こそなかったが、昔から人の事を思いやれる良い奴だった。

 アルバムの中には赤ちゃんの頃の司も映っており、どうやら新生児室にいるらしい生まれたばかりの司までいて、何だか微笑ましい気持ちになる。こんな小さな赤ちゃんが十六年かけてあんなに大きくなるのか、と思うと感慨深い。


「将人くんも、皆、生まれたときはこんなに小さかったのよ」


 軽く人類の神秘に感動していると、ふとピンク色をしたネームプレートが目に付いた。自分の生まれたときの写真も見た事があるが、そのときは水色で書かれていた。病院ごとに違うんだな、と考えながらその写真を眺め、俺は―――――とんでもない事に気付いた。


 文字は少しぼやけている。しかし、読み取るには問題がない程度だ。背中に物凄い勢いで冷や汗が流れる。いやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て。


「将人くん、どうかしたの?」


 俺の異変に気付いたのだろう。司の母が心配そうに声を掛けてくれるが、俺はそれに返事をする事も出来なかった。そんな事よりも大変な文字を見付けてしまったのである。

 ネームプレートには母親の名前や生まれたときの体重も書かれており、その横に赤ちゃんのイラストが描いてある。その下には、俺にとって衝撃の文字が書かれていた。


『女の子』


 である。


 ちょっと待てこれはどういう事だ。名前は間違いなく司のお母さんのもので、つまり写真に写っている赤ちゃんは間違いなく司だ。司のネームプレートに『女の子』と書いてある。これはつまりえ?何?ちょっとごめん意味が分からない。


『司は生まれたときから女だからね』


 潤の言っていた言葉が脳裏に蘇る。もし、もし仮にこの写真に書かれている事をありのまま、そのままに受け取るとしたらだ。つまり司は性同一性障害とかではなく、肉体も生まれたときから女性だったとでも言うのか。

 いやだって男だと言っていたのは司なのに!それとも身体は女性で生まれたが男性の心を持っており、幼少期はそれを主張していたが高校生になって肉体の方に心を合わせようとしているとでも言うのか!?自分で考えてて混乱してきた!


 つまり俺は、普通に女性の身体を持って生まれた司に対し、見当違いの同情をして、男だと決めて付けていたのか。うわぁ、そんな自分が恥ずかしいし無神経さが申し訳ない!

 衝撃の真実に顔を上げる事も出来ず、写真を凝視したまま俯いていると、賑やかな声がリビングに飛び込んできた。


「わ!本当に将人くんがいる!」

「こら司!あんた年頃の娘なんだからきちんと服を着なさい!」


 司のお母さんが『娘』と呼んでいる。やはり俺は盛大な勘違いをしていたのだろうか、そう暗澹とした気持で司がいる方を振り返る。

 司は短パンにシンプルなキャミソールを着ていた。七月に入って、夜もだんだんと熱帯夜に近付いている。風呂上がりは涼しい格好が良かったのだろう。思わず、目の前にいる司の身体を凝視した。


 今思えば、何故俺は司の肉体が男だと信じ込んでいたのだろう。そりゃあ、幼少期に司自ら男だと主張していたのだが、あの頃はともかく今は高校生となって体格にも男女の差が、差、が…………あれ?


 司のあまりに凹凸のないシンプルな体型に、俺はますます混乱の極致に陥った。






読んで頂き、ありがとうございます。

書き終わった感想『将人ひっでぇ』

最近では、シンデレラバストという言葉があるそうですね。この話を書く直前くらいにその言葉を知り、司の事か、と頷きました。

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