1.借りられた死体
ピ──ッ!
青信号を渡っていると、横から私の方へ車が突っ込んできた。
「ぐっ!?」
私は信号無視をしたパトカーに追われている車に吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた。
体中が痛くて指一本動かせない。
信号無視した車はそのまま去って行き、パトカーが私の前に止まった。
「君!」
パトカーから降りて来た警察官が私に声をかける。
しかし、私は返事すら出来なかった。
警察官が119番通報をする。
私の意識はそこで途切れ、気がつくと辺り一面真っ白な世界にいた。
ここはどこ?
その時、一人の若い男性が現れた。
「緑川 雪子さんだね?」
「そうですけど、どうして私の名前を?」
「それはずっと君を見ていたからだよ。僕は君の守護霊だったんだ」
「はあ……」
「君には三つの選択肢がある。一つは天国に行って再生の時を待つ。二つ目は現世に降りて地縛霊となる。最後は君を撥ねた車の運転手を呪い殺す……但し、呪い殺した場合、地獄に落ちることになるけど」
「再生って、転生ってこと?」
「そうさ」
「記憶消えるんだよね?」
「もちろん」
「記憶を残したまま転生することって出来ないんですか?」
「それは難しい注文だね。誰かの体に入らなくてはいけないから。でもそれはあの世の法律で禁止されているんだ」
「死体に入ることは出来るんですか?」
「死体……その手があったか! じゃあ、ちょっと探してくる!」
「私も行きますよ」
私は男性と共に現世へ降りた。
とは言ったものの、死体なんてそうごろごろ転がっているものではない。
「男性の死体がいいです」
「男性の死体?」
「好きな女の子がいるんです」
「レズ?」
「言うと思った……」
「取り敢えず、死体と言えば警察署かな」
私とその守護霊の男性は警察署に向かった。
窓口で私は訊ねる。
「安置室はどこですか?」
しかし警察事務職員は答えてくれない。
「あの、聞こえないんですか!?」
「緑川さん、いくら言ってもこちらの声は聞こえませんよ。そもそも彼に我々の姿も視えていない」
「ああ、そういうこと!」
「さ、とっとと安置室に行きましょう」
私たちは安置室を探した。
安置室は一階にあった。
中に入ると、ベッドの上に男性の遺体が横たわっている。
私は遺体の顔を確認した。
この人イケメン!
「で、どうすれば入れるんですか?」
「重なるだけでいいと思うけど……」
「まさか、知らないの!?」
「うん。ていうか、僕は死体には入ったことないからね」
「誰も好き好んで死体に入ることなんてしないですもんね」
「そう言う君は変わり者だね」
「よく言われる。それよりも……」
私はイケメン男性の遺体に重なった。
イケメン男性が呼吸を始める。遺体への憑依は成功したようだ。
私は体を起こし、ベッドから降りた。
「あれ?」
先ほどの守護霊さんがいない。まさか視えなくなったのか!?
ガチャリ──ドアが開く。
女性警官が入って来て悲鳴をあげた。
「きゃああああ!」
「どうした!?」
男性警官が駆けつけてきた。
「河野!?」
「何を驚いてるんです?」
私は訊ねた。
「だってお前、青酸カリで殺されたはず! なのに何で!?」
「そっか。俺、青酸カリ飲まされたのか」
「あ、ああ……」
私はこの体の記憶を脳から読み取った。
どうやら、河野 裕一というのがこの体の名前らしい。
「でも何で不死身なんだろうね」
「と、取り敢えず、お帰りとでも言っとけばいいのか?」
「ただいま戻りました。あ、それより、緑川 雪子さんって知ってます?」
「緑川 雪子? 確かそんな名前の女性が車に撥ねられて遺体となって運ばれて来たっけ。遺体はもう家族の下へ返したけど……」
「そうですか。ところで俺の職業は何です?」
「お前は警視庁の敏腕刑事だよ」
「俺を殺した犯人は捕まったんですか?」
「警視庁が検挙したよ」
「そうですか」
「しかし驚いたよ。死んだ人間が生き返るとは」
「自分でもびっくりしてます。あの、もういいですか?」
「あ、ああ……」
私は安置室を後にした。