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参戦目・『茨木童子』

ややR15寄りで多少残酷表現もあります。ご注意を。

 鬼ヶ島のダンジョンは続く。

 陸地から見えた時よりよほど広いのか、それとも地形が複雑なためにそう感じるのか、その島は思った以上に広かった。

 時折、雑兵鬼が現れてはももたち一行を襲撃した。

 彼らは理性や知性を持たない人食い鬼の類で、ももたちを見つけると食い付こうと襲い掛かってくる。決して強くはないが、避けることもできないからそれなりにうっとおしかった。

 

「妖刀・(いかづち)ーーー!!!」


 大きな掛け声と共に振りかぶった刀が一閃、その切っ先からは激しい電撃が躍り出る。

 白い稲光を受けて、鬼達は呻き声を上げながらその場にばたばたと倒れていった。


「姐さん、かっこいい! 超素敵ィ!!!」

「ももちゃん超ビューティフォー!」

「きゃんきゃんきゃんきゃん!」 

 敵に見つからない様に背後の岩に隠れながら、猿彦と雉とサユリはやんやと声援を投げかける。


「おう! 任せろ!」

 褒められておだてに乗るところもももちゃんの長所だった。


  ◇


 そうこう山を登り谷を下り、穴をくぐり峠を越えて3日目、雉が素敵なものを見つけたと騒ぎ始める。

「何と! 温泉ですよ、温泉!」

「うわ、素敵ですねえ、姐さん!」

 猿彦がうっとりと瞳を蕩けさせる。

 濡れるのが苦手なサユリだけがきゅうんと鳴いてあとじさった。

 岩場の隙間、小さなくぼみの一つに細い湯気が上がっている。

 一瞬見逃すほどの小さく目立たないその泉は人が一人は入れるほどのスペースしかない。

 しかしその湯は白く濁り、いかにも旅の疲れを癒してくれそうな風情を醸し出している。

「白濁してるって事は、カルシウム系か?」

「硫黄系だと黄色く濁って独特のにおいもあるし、単純アルカリ泉だと濁らないから、これはカルシウム系でしょうね。いかにも温泉って感じですよね~」

「じゃあ、猿彦、最初に入ってみろよ」

「ええ!? いいんですかい!?」

「当たり前じゃないか、いつも大量の荷物を運んでついて来てくれるんだし」

 嘘くさいほど優しげにももはぽんと猿彦の肩を叩く。

 猿彦は感動で涙を潤ませながら、「あざーっす!」と体育会系下っ端組の様に深く頭を下げたのだった。


  ◇


「ぷは~~~、極楽極楽…」

 頭の上に手拭いをのせて、猿彦は鼻の下を伸ばしていかにも恍惚の表情になる。その姿は雪さえ降っていれば、さながら温泉旅行を促す鉄道会社のCMそのものだった。

 そんな猿彦の姿を数メートル先から眺めて、ももは呟く。

「よかった。骨や躰が溶ける危ない温泉じゃなかったか」

「やっぱり、猿の野郎を実験台にしたんですね?」

 声を潜めて聞き返したのは雉である。

「黙っとけよ? ばれるとあいつうるせえからな」

 うっかり飛び込んで人食い温泉だったらたまらない。

 しかし体を拭うしかない旅の途上で、温泉入浴は捨て難い。

「合点承知でやんす」

 雉も訳知り顔で大きく頷いた。


「は~~、いい湯だった♪」

 濡れる身体を拭いながら猿彦は上がってくる。

 その肌はいかにもツヤツヤしていて、人体に悪影響はなさそうだった。

「よし! 次は私が入る! お前らちゃんと周りを見張ってろよ!? ただし絶対覗くんじゃねえぞ?」

 ももは意気揚々と手ぬぐいをもって温泉へと突進したのであった。


「ふは~~、風呂なんて久しぶり」

 身に着けていた軽装甲冑と着物を一気に脱ぎ捨てると、ももはざぶんと音を立てて白濁した湯に身を沈める。

 とろとろと肌を潤す湯質はなかなか最高のものであった。

 まわりは微妙に背の高い岩に囲まれており、簡単には覗けないのもちょうどいい。

「あいつら…ちゃんと見張ってるんだろうなあ」

 呟きは立ち上がる湯気の中へと消えていく。

 空は薄曇り、風が穏やかで気持ちいい。

 このまま湯の中で眠ってしまいそうな心地よさである。

 だからだろうか、その気配に気付く間もなく、ももの斜め背後から大きな影が彼女の上に落ちた。


「あ~ら、山姥(やまんば)の言ってた通りなかなかの上玉じゃないの。しかも何てもちもちぷりぷりのおいしそうな玉の肌かしら」

 頭上から声がして、ももは下していた長い黒髪をはためかせながら勢いよく振り返る。

「初めまして、ピーチガール。あたしの名前は茨木童子よ。今後ともよろしくねン」

 ひときわ高い岩の上に、2メートルはあろうかと言う巨漢が腰かけていた。虎柄の毛皮のショールを右肩に羽織り、その下にはショッキングピンクの大量フリル付きブラウス、下半身は筋肉の隆起がそのまま見てとれるぴっちりとした皮ズボンをはいている。更に踏まれれば凶器になりそうな黒革のピンヒールブーツも履いていた。

 ウェーブがかかった金褐色の長い髪からは、にょっきりと二本の長い角が生えている。

 なまじ美形顔なのが却って異様に妖しかった。


「……お○ま?」

 思わず呟いてしまったももに、茨木童子が野太い声で怒声をあげる。

「ちょっとぉ! それって差別用語よ!? ちゃんとニューハーフって訂正しなさいよぉ!」

「はあ…」

 外見の異様さに度肝を抜かれて、力の抜けた返事しかできないももを、改めて茨木童子はにやにやと眺めた。

 白濁して湯に浸かっている部分は見えないとしても、つい乙女的に胸を隠そうと覆ってしまうから、深くなってしまった胸の谷間が絶妙にエロい。

「やだ、ちょっと。本当に美少女ねえ。黒くてぱっちりしたおめめといい、薔薇の蕾の様な唇といい、柔らかそうなほっぺたなんかむしゃぶりつきたくなっちゃう」

「ちょっと待て。あんた、女好きかよ? しかもロリ?」

「あらいけない? 持つモノ持ってるんだから、可愛い女の子をひいひい泣かせたくなるのは男の(さが)ってもんじゃない」

「………」

 いかにも獲物を狙ういやらしい目をしながら、彼は岩の上をすいと滑り降りると、水面ギリギリの位置で浮かんでいる。それなりに妖力もあるらしい。

「言っとくけど、仲間を呼ぼうとしても無駄だからね? 湯気にまぎれて煙幕を張ったから、こっちの姿はおろか音さえも届いてないわよ?」

 筋肉ぴちぴちの太ももを目の前でよじらせながら、童子は屈みこんでももの顔を覗き込んだ。

「怯えながら睨んでくる目もそそるわねえ。犯したくてゾクゾクしちゃう♪」

 武器ひとつ持たぬ身で、強敵を目の前にして、ももは必死で活路を探した。


 ――こう言う時、師匠の部屋にあった本には何て書いてあったっけ?

 ああ、だから旅立つ前に本当は彼とヤっちゃおうと思ってたのに、あの朴念仁が……!!!


 湧きあがる当時の怒りを押し殺して、できる限りの可愛い声を出す。


「お、お願い、初めてなの。乱暴な事はしないで…」

 黒々とした双眸を涙で潤ませながら、必死で懇願する美少女の姿に茨木童子の喉がごくりとなる。

 濡れた黒髪が白い肌にまとわりつき、彼女の小さな体を縁取っていた。

 見えない湯の中の体が鬼の欲望に火を焚きつける。

「そ、そりゃあね? あたしだって無理強いはしたくないのよ? あんたさえいい子にしてくれれば、もう最高に気持ちよくしてあげちゃうんだから!」

「ほんとに?」

 鈴を転がすような声が耳をくすぐった。

「モチ! 本当よ。あたし、すっごい上手なんだから! だから大人しくあたしの女になる?」

「…う、うん…」

 恥ずかしそうに頬を染めながらももは俯く。

「じゃあ…見られると恥ずかしいから、童子様も、その、お湯の中で…」

「りょおっかい!!! 超可愛がってあ・げ・る!」

 すかさず立てた人差し指を振り、妖力で着ていたものを一瞬にして脱ぎ去ると、茨木童子も勢いよく狭いお湯の中へと突進した。

 そのままももの唇を奪うべく、幼さの残るおとがいに指をかけて上向かせる。

 じりじりと美しい鬼の顔がももの面前に接近してきていた。


 あと数センチ、

 あと数ミリで唇が触れるその、寸前―――


「ぎゃ~~~~~~!!!!! ◇◎××◇○∀☆Θ○§・@*☆~~~~~!!!」

 すさまじい悲鳴のあと、文字化けした様な叫び声が岩場に響き渡った。

 かと思うと、白目を向いた鬼が、気を失ったまま仰向けに湯の中に浮かぶ。


「やっぱ、でかいやつは金的(きんてき)が一番効くか…」

 さっきまでの怯え顔はどこへやら、素肌を晒すのをためらう様子も見せず湯の中にすくっと立ち上がると、冷たい表情でももは倒れた鬼を見下ろした。

 濁ったお湯の中で、鬼、と言うより男性全般の弱点を握力の限り握りつぶした左手に目をやり、嫌なものを触ってしまった感触を振り払うよう、湯の中でばしゃばしゃ洗う。

 そのまま体も拭いて、さっさと身支度を整えた。


「こんなとこで師匠のエロ本が役立つとはな…」

 皮肉でニヒルな笑みを浮かべたが、全然様になっていない。

 一応花も恥じらう乙女の筈だから男性経験は皆無だったが、それでも異性の性癖や嗜好と言った知識は少なからずあったので、それを活用してみた。

 思った以上の効果に、それでも二度とやりたくない気が充満する。

 鬼が倒れてその妖力も解けたのか、お共の家来たちを呼ぶと一斉に走ってきた。


「どうでしたい、お湯は? 最高だったでしょう?」

 事態にまったく気づいていなかった猿彦がにこにこ顔で訊くから、八つ当たりに、手にしていた妖刀・雷の峯で一発殴ると、湯の中を指差した。

「あいつ、ふんじばっておけ」

「え? あ? …姐さん、いったい何が…!」

 痛い頭を抱えつつ、素っ裸でお湯の中に浮いている巨漢と御主人さまに交互に目をやり、猿彦は素っ頓狂な顔になる。

 とは言え、ももの言う事は絶対なので、言われるままにふんじばった。


「そのまま転がしとけよ。イチモツには致命傷を与えたから、もう悪さもできないだろ」

 醒めた声でそのまま旅立とうとするももの後ろ姿に、雉が軽い口調で叫んだ。

「ももちゃん、こいつ何か首にぶら下げてますぜ?」

「何!? お宝か!?」

 それまでのクールさが一転、ももは輝いた顔でずかずかと倒れたままの鬼に歩み寄る。

 確かに彼は首から小さな光る石がたくさんついた、綺麗なステッキ状のチャームがついた鎖を下げていた。

「ただの飾りでしょうかねえ…」

「そうかも知んないけど…私が勝ったんだからこれは私の戦利品だよな」

「御意!」

 ももの家来たちは一斉に頷く。


 やや気持ち悪い思いはしたものの、キラキラ光る綺麗な戦利品を得て、ももはようやく明るい笑顔を取り戻したのだった。

 


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