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眼球、エルユーヴィー、雌羊。  作者: ***
1:She smiled sadly and said,"I wanna see your black wing."
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「なんだ、せんぱいも来てたんですか。」

 生物同好会と書かれた部屋の扉を開けると、そこには先客がいた。無造作に伸ばした色素の薄い髪、いつだって気怠そうな表情の、けれど美しい顔。教室から無断で持ってきた木の椅子に座って本を読んでいる痩せた一つ年上の女子生徒。

「生物の授業だったから。」

 せんぱいはつまらなさそうにサボりの理由を告げた。

「あぁ、生物ですか。」

 それはそれは、俺も一番嫌いな授業ですね。部室の真ん中の長机に置かれた花瓶を眺めながら、そんなことを考える。テストでも、ほとんどの科目は満点に近い点数を取っているけれど、生物だけは零点に近い点数を取っているのだ。

「死ばっかり扱う生物ですか。」

 俺が小学生だったころまではそうでは無かった。

 理科の授業では、普通に生きている動植物についての教養を深めるための時間を過ごしていた。けれど、今は動物が、植物が、いのちを失うことについてしか触れない。すでに「生物」と言う呼称が相応しく無いのは明らかだった。

「おかげで生きてるものを扱う俺たちは同好会に格下げですもんね。」

 そして生物教室を活動に使うことも許されずに、文化部部室棟の一部屋を与えられて、そこで活動することになった。生きた動植物を扱うサークルが一切無くなった学校も多いことを考えれば、これでもマシな方だけれど。「せいぶつぶ」から「いきものどうこうかい」へと名前が変わったとしても、決して活動が出来なくなったわけでは無いのだから。

「もう部員も二人だけだから、来年は無くなるわね。」

「そうですね、悲しいですね。」

 壁際に置いてあるメダカの水槽の中に餌を放り込みながら、思ってもいないことを呟いてみる。作り物の水草の間をすり抜けて、メダカたちが餌に群がった。そして思った通りせんぱいは反応を返さずに、無言で手元の活字を追っていた。

 ページをめくる音がぱらり、ぱらり。


「そう言えばまた自殺らしいですよ。」

 俺も真面目な高校生らしく読書に励もう、と本棚からハードカバーの本を一冊取り出して表紙をめくった。「スペインの宇宙食」とやら。見るからにつまらなさそうな本だ。

「向こうにだって社会があるんだから、」

 開いた本は、期待した通りイントロから意味不明な文章が始まっていた。悪趣味百科とやらの紹介が、妙に気取った文章で綴られている。少しも頭に入って来やしない。

「自殺したってどうせ向こうで同じ目に会うでしょうに。」

 けれど、頭の中を筆者の経験や思考が素通りしていく感覚が俺は好きだった。何も考えずに文字を読むだけで、筆者の沢山の記憶が俺の脳細胞を満たしていく。

「あの世の存在が証明されてから自殺者は五十人に一人まで増えたらしいわ。」

 ガタ、と言う音を立ててせんぱいが椅子から立ち上がった。

「サキせんぱい、また裸足ですか。」

「靴も靴下も嫌いなの。」

 部屋の隅に脱がれた靴下と靴を指差してそう言うと、裸足のまませんぱいは扉へと歩いていった。制服のスカートのから覗く脚は腕のように細くて、歩いているだけで折れてしまいそうだった。

 ぺた、ぺた。

「授業に戻るんですか?」

「ちょっと買い物に行くだけ。そこのサンダル取って。」

 そこの、と言いながらせんぱいはどこにあるのか全く伝える気が無いようだ。俺は勘で本棚の下を見る、そこには思った通り何の飾りもないビーチサンダルが入り込んでいた。

「どうぞ。」

 取り出してせんぱいに手渡すと、せんぱいは面倒そうに足を突っ込む。せんぱいの綺麗な足の親指と人差し指の間にビニールの鼻緒が挟まった。

「俺はこの後の授業も全部サボるのでずっと此処にいます。」

「分かったわ。」

 ガチャ、という音がして扉が閉まって、先輩のサンダルが立てるつまらなさそうな足音が遠ざかって行く。静かになった部室の中には俺が一人、残った。


ヒロイン二人目登場。ちなみに一人目は宏です(笑)

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