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眼球、エルユーヴィー、雌羊。  作者: ***
1:She smiled sadly and said,"I wanna see your black wing."
1/2

1-1

 難しいことを考える必要は無い。ただ、身体が動くのにまかせて。空っぽの頭で、無意識のままに。

 俺は、ボールを投げる。放たれた球体は音も無く籠に吸いこまれた。


 □


「許して」

 許しを請うているとは思えない程面倒そうな声で宏が容赦を求めた。俺の知っている許しの請い方はこんな適当なモノじゃ無い。俺は決して仏のように優しくは無いので、一ミリ秒も考えることなく断ることにした。

何だか学生にとって、金銭程大切なものは無い。だから「体育のバスケで先にシュートを決めたほうが五百円貰う」と言う約束を取り消すなんて選択肢は、俺の頭の中には一切無いのだった。加えて、さっきのあの態度。何処に許す必要があるって言うんだ。

「煙草吸ってるの、先生にバラすぞ。」

「…百円だったよな」

 宏が諦めた表情で体操服のズボンのポケットから財布を取り出しながら言った。

「死ね」

「分かったよちゃんと五百円払うからもうちょっと優し」

「後で払ってくれ。」

 宏のセリフを途中で遮って、俺はゼッケンを脱ぎ捨てる。賭けは終わったのだから、これ以上真面目に試合に参加する必要は無い。ほとんど動いていないからだろう、汗は少しも掻いていなかった。

「またサボんのか。」

 宏が呆れたようにそう言うのを無視して、俺は体育館の出口へ向かう。体育教師が何か言いたそうな顔をして見ていたけれど、気にせず体育館シューズを脱いで下足に履き替える。少しぐらい非常識な振る舞いをしたところで、彼は俺たち生徒を怒ることが出来無い。


「田原っていつも途中で抜けるよな。」

 外に出て体育館の壁にもたれながら息を吐いていると、そんな声が体育館の中から聞こえてきた。別に聞こえなくてもいいのに、俺の無駄な聴力はどうでもいい会話を拾ってくる。今まで耳がいいおかげで得をしたことなんて一回も無いような気がした。いつだって届いてくるのは無価値な会話だけで、大切なモノなんて少しも届かない。

「運動出来るのに何でだろうな。」

「体育だけじゃ無いだろ、普通の授業も抜けてばっかりだ。」

「成績も良いのに何でだろうな。」

「成績良いからサボるんじゃねえの?」

 そんなの関係無い。ただ、面倒だから。授業に出るだけの気力を持ち合わせていない人間の屑だから、サボるだけ。きっと成績が底辺だったとしても俺は授業に出ないだろう。要するにただの馬鹿で筋金入りの落ちこぼれだ。

「そう言えば二組の奴がまた」

「ああ知ってるよ。」


 ――また自殺したんだろ?


「二組はもう三人目か……。」

 俺は真っ青な空を見上げながら呟いた。俺のサボりと同程度の事件として語られる同学年の生徒の自殺のニュース。続いて駅の近くの高層ビル屋上から飛び降りたらしい、と言う情報が聞こえて来た。

 高二になってからまだ数ヶ月しか経っていないのに、もう三人も自殺しただなんて。全くもって数年前までは信じられなかった様な事実だ。そして今は特別な違和感など無しに受け入れられる事実である。

 それは俺にとっては有難いことなのかも知れなかった。教師が授業をエスケープする俺を叱れないのは、自殺されるのが怖い所為なのだから。

「死んだって一緒だろうに……。」

 溜息と共に、吐き出した。

 空は、どこまでも透き通っていて、どこまでも広がっていて、手を伸ばしても届きそうには無かった。


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