神様のご近所トラブルに巻き込まれた話聞く?
※この話はフィクションです。
燃えるような赤い空が広がり、どす黒い雲が渦巻いている。眼下に見える大地は割れ、溶岩が流れ出ていた。とてもじゃないが人間が住めるような世界には見えない。
「地獄絵図」
「そうだなぁ」
思わず口に出た言葉に、緩く返事をしたのは、空飛ぶ中年男性。俺はというと、そのおじさんの背中にしがみ付いている。
別に死んで地獄に落ちた訳じゃあない。あれだよ、異世界召喚ってヤツをくらったんだ。
入学したばっかりの高校からの帰り、突如アスファルトが光ったと思ったら、ヨーロッパの城のような場所に落っこちて、屈強な兵士達に取り押さえられた。そして、偉そうなオッサンが座る玉座の前に引きずり出されて言われた。
「よく来た、勇者よ。喜べ、貴様は魔王を倒し我が国の礎となるのだ」
さっき兵士に殴られたし蹴られたし縛られてるし。俺が知ってる勇者の待遇と違い過ぎるんですけど。いや、普通に人を誘拐してきて戦えっておかしくないですか。
「嫌ですけど」
思わず拒否っちゃったんだよね。そしたら、王のオッサン、キレるキレる。無礼者だとか身の程知らずだとか叫んで、俺を汚い牢屋に閉じ込めたんだ。
ここに連れてきた兵士達は笑いながら言った。俺は隷属魔術をかけられて、魔族との戦争の最前線に送られるらしい。展開が早過ぎて頭が付いていかない。
異世界って人権思想ないんだな。どうにか逃走する方法を考えないとって考えてたら、爆音と衝撃で体が吹っ飛ばされた。
ああ、死んだ、絶対死んだよ、これ……
「いや、生きとるぞ」
「え?」
気が付くと、大柄な男の肩に担がれていた。
「何で? うわ、落ちるー!?」
しかも男は空に浮いてて、下を見れば街が破壊されている。
「いや、落ちんよ」
「ギャー!」
必死に男にしがみ付く俺。もうパニックだよ。
「ほれ、坊主。怖くない、怖くない」
おじさんは片手で俺を支えながら、あやすように揺らしたんだが逆効果だった。
「うっぎゃあーー!」
あんまり俺が騒ぐもんで、おじさんは街から離れた場所に降り立ち地面に降ろしてくれた。
「おーよしよし、怖かったなぁ」
そんでもって、へたり込んだ俺は16歳にもなって、知らんオッサンに慰められるという黒歴史をつくる。
そうして、やっと冷静になった頃、改めて男を見ると、不思議な恰好をしていた。
全体的に着物の生地なのだが、上は被るタイプで下は袴のようなズボンを履いてる。白髪の長い髪を後ろで束ね、顔の半分は髭に覆われて少しばかり赤いが、酒臭くはないので酔ってはいないと分かる。それから目と鼻はどちらもデカい。
「あ、あの日本の方ですか?」
「まあな」
「ええと、その。助けてくれて、ありがとうございます」
「うむ」
「お、俺はユウです。お名前を伺っても良いですか?」
「あー……猿田だ」
「猿田さん」
「おう」
一見、怖そうだけど親切そうな人だ。しかも日本人。同郷の人がいると思ったら、ものすごいホッとした。
「落ち着いたか?」
「はい」
「じゃあ、帰るかー」
「家に帰してくれるんですかっ?」
「おうよ。ほれ、おぶされ」
「ええー……」
猿田さんはしゃがんで背中を向ける。
「はよせえ、戦になるぞ」
ためらっていると、とんでもない事を言われた。飛び付いたのは仕方ないと思う。
「しっかり掴まってろよー」
「ひえっ」
俺を背負ったまま猿田さんは飛んだ。やっぱ、そうなるのかあ。
地面も空も爆音が響く中、猿田さんは何てことないようにスイーっと飛んでいく。正直、めっちゃ怖い。
「あの、質問しても良いですか?」
「うーん?」
「俺は何でここに連れて来られたんでしょう? それに、いきなり戦争なんて、何が起きてるんですか?」
「そりゃ、気になるよなぁ」
そう言って猿田さんはポツリポツリと話してくれた。
この世界と俺が住む世界は隣同士らしく、それぞれの神はご近所という事で顔見知りらしい。しかし、この世界は主神の娘が管理しているのだが、ハッキリ言って力不足、おまけに責任感もない。
「何でそんな奴が管理者に?」
「そりゃあ、コネ以外にないだろう」
「神々の七光りとか最悪じゃないですか」
「その通りだ」
そのダ女神がやらかしたのだ。
互いに迷惑かける事なく自分達の世界を守っていくのが神々のマナーなのだが、怠け者のダ女神は遊び惚けて、管理をさぼり、世界に歪みを生じさせた。
通常、そうした場合は人間の魂に使命と使命を全うする力を与えて、世界の均衡を調整していく。瘴気を払わせ、世界を浄化させたり、魔物の大量発生を食い止めたり。マジで異世界ファンタジーだな。
しかし、ダ女神は魂に力を与える資格を持ってない。主神である父親に頼むしかないのだが、ダ女神は親バレを嫌がり、俺達の世界の魂をこっそりパクッて転生させ、世界の帳尻を合わせるのに使った。
資格のない神が魂に力を与える事は不可能だ。
力を与えられず、使命のみを与えられた魂は、人智を超えた能力を無理やり引き出され、死後、消滅してしまう可能性があるという。だが、パクられた魂は不幸中の幸いか、酷い損傷を受けたものの消える事はなかった。けど、ダ女神は魂の綻びを修復する能力もないので、ボロボロの魂をこっそり、こちらの輪廻にポイ捨てする。
「突発的な事故で人の魂が削られる事がない訳じゃあないんだが、滅多にあるもんじゃあない。それこそ千年に1度あるかないかだ」
そんな確率の事件が俺達の世界で百年に1度の割合で起きる。明らかにおかしい。調べたら、そのダ女神の仕業だと分かった。
「んな事繰り返されてりゃあ、うちの世界の均衡も崩れちまう」
「人間からすると、ただただ迷惑です」
「ああ、神度が低すぎる」
神度? 民度の神様バージョンだうか。
また、ダ女神は地球の神様達に詰められたが、反省もせず逆ギレ。
「ええ、ヤダァ。魂の一個や2個でグチグチ言うとか貧乏クサァーイ。わざわざ、そっちの輪廻に戻してあげてるのにぃ。オバさんが意地悪するぅ」
話を聞いてると、めちゃくちゃ頭悪そうなんだけど。子供じゃないよなと思って聞いたら、人間で言うところの30歳過ぎくらいらしい。大人じゃんか。
「坊主、畑作ったことあるか?」
「いえ、でも小学校の頃に夏休みにプチトマト育てた事ならあります」
「女神のした事は、丹精込めて育てた野菜や果物を食い散らかしたあげく、食べカスを畑にぶちまけて“肥料にしてやったんだから感謝しろ”って言うようなもんだ」
「頭のおかしい奴じゃないですか」
「近頃、人間にもそういうのが増えちょるが、神にもおる」
ともかく、他の世界の魂を盗むなど言語道断。到底許される事ではない。
「ウチのボスが保護者んとこまで乗り込んで話を付けたんだがなぁ」
娘に甘い主神は二度とそんな事は起きないよう約束させ、引き続き娘のダ女神を管理者に置き続けた。
「転移なら良いとでも思ったらしい」
つまり、俺はこの世界の調整に使われるべく召喚されたのだった。
「で、でも、末路は同じっすよね?」
「ああ、下手すりゃ消滅する。体もこの世界で生まれたものじゃあないからなぁ」
使命を全うする前に肉体ごと崩壊していたかもしれないという。勘弁してくれ、早く家に帰りたい。
「何はともあれ、女神はボスとの取り決めを反故にしたんだ。“誓い”は発動した」
二度と他の神の世界の魂を盗んではならぬ。
そう、誓う事で許されたのだ。
にも関わらず、女神の神託により、一人の少年がこの世界に召喚される。
「ああああああああ!」
その瞬間、この世界に女神の悲鳴が響き渡った。主神が駆け付けると、誓いを破った女神の体は崩れかかっている。
神々の誓いは重い。
その存在をかけて誓うのだ。
父神に護られてきた女神は誓いを甘くみていた。
「おどおざまああ! だずげでぇええ!」
バラバラになった体ではのたうち回る事も出来ないが、頭は残っていた。完全に消滅しなければ復活も可能だ。
親馬鹿の主神は猿田さんのボスに掛け合い、必死に頼み込む。どうか娘を赦してくれと。
「ふむ、お主が娘の代わりに滅びるかえ?」
「なっ」
婆ちゃんが仏の顔も三度までと言っていたが、パクられた魂は三個じゃあ済まない。
「次はないと申したであろう?」
絶許モードのボスはお隣さんの頼みを拒否。すると、親馬鹿主神は開き直った。あの娘にして、この親ありだな。
「ならば、戦だ」
という訳で、神々の戦争が始まった。
猿田さんのボスは、既にこうなる事を予想して戦争の準備を整えていて、開戦後すぐさま仲間を引きつれ殴り込む。
「喧嘩は一発目が大事じゃあ」
てか、明らかに日本風じゃない鎧と盾に槍を装備した外国人とか、デッカいハンマーを振り回す顔の濃い人とか、翼が生えたイケメンとかも暴れてんだけど。
「うちのボスは顔が広いんだ」
猿田さんは笑いながら言った。
「とにかく優勢で良かったっす」
「あと、こっちの世界でも、あの馬鹿親子は嫌われてるらしいからな」
ダメ神親子に味方する神は少ないらしい。ざまぁ。
「ちっと休憩するか」
猿田さんは高い岩山に降り立つと俺を降ろして「ホレ、食え」と何か差し出た。平たい箱を開けると、餡子の塊がいくつか入ってる。和菓子かな? あんまり甘い物は得意じゃないけど、それを見たら、無茶苦茶腹が減っている事に気が付く。
「いただきます」
口に入れると餡子の優しい甘さが広がった。
「うっまぁ」
「あっはっは! 良かったな!」
トロっとした餡子の中に柔らかい餅が入ってる。旨過ぎる。旨過ぎてちょっと泣きそう。
腹が満たされると気力も戻ってきたみたいだ。立ち上がって、両手を上げて体を伸ばす。
「美味かったぁ、ご馳走様です。アレ?」
絶妙なタイミングで何か丸い物が飛んできて、丁度伸ばしていた手に収まった。
「どうした、坊主?」
見るとでかい毛玉だ。けど糸の塊にしては重い。少しずらすと動物の耳のようなものがくっ付いてる。
「コレ、何ですかね?」
猿田さんに見せようとしたら、毛の隙間から人の顔が現れた。
「ぎゃあーー! 生首、生首、生首!」
放り出したいのに何故か手が離せない。しかも猿田さんは生首を見ると言った。
「ありゃ、女神じゃあないか」
俺の手の中に諸悪の根源があああ。
「ねぇ! あなた、アタクシが呼んだ子でしょ! アタクシを助けて!」
しかも、喋った。気持ち悪りい。
「助けてくれたら、夫にしてあげてもいいわ! ほら、見て! 女神の猫耳よ!」
「助けて、猿田さああああん!」
この世界に来て初めてマジで泣いた。
「ああ、ほら、貸せ。何でこんな所に落ちて来たんだ」
猿田さんは汚れた金髪を掴むと、俺の手の中から生首女神を取り上げてくれた。
「おーい、この辺に首、落ちてなかったかー?」
「こっちにあるぞー」
俺が生首を触った手を制服でゴシゴシしてると、マッチョな神様が猿田さんに声を掛けてきた。
「すまん、すまん、助かった。突然暴れ出してな」
「まったく天手を振り切るなんざ、とんでもない馬鹿力だな。おまけに獣の耳なんぞ生やしおって。自力で復活しようとしたのか?」
「ん、“カアイはセーギ”とか宣ってたぞ」
生首はマッチョ様に回収されていったのだが、執拗に俺にアピールを続けている。
「ダンシコーコーセーは猫耳が好物なんでしょ! それにアタクシ、巨乳なのよ! プルンプルンなんだからー!」
怖い。どうか二度と会いませんように。
「よし、行くか」
こうして、まったく魅力のない異世界の女神の願いは無視し、俺は猿田さんにおぶされ、我が家へと向かう。
「そういや、坊主。お前さんの名前は何て字を書くんだ?」
「……えーと、勇ましいって書いて勇です」
「そうか、勇者勇か。上から読んでも下から読んでも勇者勇だな! あはは!」
「ごろが悪過ぎて、微妙ですよね」
そんな話をしていたら、気が付いたら自室のベッドの上に転がっていた。起き上がってカーテンレールを引くと空は赤いが、あの世界で見たグロテスクな赤さではなく夕焼け小焼けのオレンジ色だ。帰ってこれた。
「……いけね」
しまった、猿田さんにちゃんとお礼を言ってない事を思い出す。あの赤ら顔で面倒見の良いおじさんは再び異世界に戻ったのだろうか。
「わざわざ、俺の事助けに来てくれたんだよな。親切な人だったなぁ……ん? ヒト?」
ヒトじゃないだろって事に今更ながら気が付いた。
数日後。
バスを乗り継いである場所にやって来た。
「多分、ここだろうなぁ」
木箱に賽銭を入れて、二回頭を下げ、二回手を叩く。
「お世話になりました!」
そう言って、再び頭を下げると。
「おう」
猿田さんの声が聞こえた気がした。
おかげ様で今日も世界は平和です。
日本の神様、仲間を連れて異世界にカチ込み。
猿田さんが誰か分かった人いるかなー?
それから猿田さんのボスって誰でしょー?
ヒントは女性。
あと、猿田さんがユウにくれた和菓子は三重県の名物です。
エッセイ【短編の後書きとか解説とか】にて
この短編の人物紹介など公開予定。
公開日6月29日(月)6時 ※予約掲載済




