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『見知らぬ土地の冬』

作者: 蒼山ホタル
掲載日:2026/05/10

母の字だった。

その短い言葉が、不思議なほど重かった。

銃よりも。

寒さよりも。

外から誰かが叫んだ。

『見知らぬ土地の冬』

1944年、中国華北のある村

雪は降っていなかったが、風は雪よりも冷たかった。

私は擦り切れた軍服の襟を立てた。袖はほつれ、靴はずいぶん前に濡れたまま乾いて固くなっていた。それでも誰も文句を言わずに歩いた。

空腹には、もう慣れていた。

「キム同志、今日は日本軍の動きはありますか?」

後ろからチェ兵士が尋ねた。

私は双眼鏡をたたみ、首を横に振った。

「ない。だが、静かすぎるのが妙だ。」

山の下には小さな中国の村があった。少し前に日本軍の捜索隊が通ったらしく、何軒かの家は焼け落ちていた。残った住民たちは、私たちを見るとまず警戒した。

無理もない。

この時代、軍服を着た者は誰であれ恐ろしい存在だった。

一人の老婆が、私たちに熱い湯を一杯差し出した。言葉は通じなくても、仕草だけで十分だった。

私は拙い中国語で言った。

「謝謝……」

老婆はしばらく私を見つめ、不思議そうな顔をした。

「你们……日本人?」

(あんたたち、日本人かい?)

チェ兵士が苦笑しながら言った。

「違うって言え。朝鮮人だって。」

私はゆっくり答えた。

「我们……朝鮮人です。」

(私たちは朝鮮人です。)

老婆は何も言わなかった。

「なぜ中国で戦っているのか」

そんな問いが、その目に浮かんでいる気がした。

その質問は、実は私自身も何度も考えていた。

なぜ私は故郷ではなく、この見知らぬ土地で銃を握っているのだろう。

平安道の家の前の小川。母が干していた大根。弟の笑い声。

記憶は少しずつ薄れていく。

だが、日本の巡査に連れて行かれ、殴られていた父の姿だけは、今も鮮明だった。

誰かが戦わなければならなかった。

いつか帰る国のために、誰かが生き残らなければならなかった。

その夜、私たちは廃屋で眠った。

遠くから銃声が聞こえた。

チェ兵士が小さな声で言った。

「キム同志……戦争が終わったら、何をしたいですか?」

私はしばらく黙った。

「家に帰るさ。」

「家……残っているでしょうか。」

その言葉に、誰も答えられなかった。

壊れた窓の隙間から風が吹き込んだ。

私は胸元から古びた紙を取り出した。黄ばんだハングルの手紙だった。

「シナ、生きていておくれ。」

母の字だった。

その短い言葉が、不思議なほど重かった。

銃よりも。

寒さよりも。

外から誰かが叫んだ。

「移動準備!」

私は手紙を再び折りたたんだ。

戦争は、まだ終わっていない。

だがいつか、銃ではなく鍬を持って畑を耕す日が来てほしい。

その日が来たら、私は再び朝鮮語で大声で笑えるだろうか。

風の中で、私は初めてそれを恐れた。

「家に帰るさ。」

「家……残っているでしょうか。」

その言葉に、誰も答えられなかった。

壊れた窓の隙間から風が吹き込んだ。

私は胸元から古びた紙を取り出した。黄ばんだハングルの手紙だった。

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