『見知らぬ土地の冬』
母の字だった。
その短い言葉が、不思議なほど重かった。
銃よりも。
寒さよりも。
外から誰かが叫んだ。
『見知らぬ土地の冬』
1944年、中国華北のある村
雪は降っていなかったが、風は雪よりも冷たかった。
私は擦り切れた軍服の襟を立てた。袖はほつれ、靴はずいぶん前に濡れたまま乾いて固くなっていた。それでも誰も文句を言わずに歩いた。
空腹には、もう慣れていた。
「キム同志、今日は日本軍の動きはありますか?」
後ろからチェ兵士が尋ねた。
私は双眼鏡をたたみ、首を横に振った。
「ない。だが、静かすぎるのが妙だ。」
山の下には小さな中国の村があった。少し前に日本軍の捜索隊が通ったらしく、何軒かの家は焼け落ちていた。残った住民たちは、私たちを見るとまず警戒した。
無理もない。
この時代、軍服を着た者は誰であれ恐ろしい存在だった。
一人の老婆が、私たちに熱い湯を一杯差し出した。言葉は通じなくても、仕草だけで十分だった。
私は拙い中国語で言った。
「謝謝……」
老婆はしばらく私を見つめ、不思議そうな顔をした。
「你们……日本人?」
(あんたたち、日本人かい?)
チェ兵士が苦笑しながら言った。
「違うって言え。朝鮮人だって。」
私はゆっくり答えた。
「我们……朝鮮人です。」
(私たちは朝鮮人です。)
老婆は何も言わなかった。
「なぜ中国で戦っているのか」
そんな問いが、その目に浮かんでいる気がした。
その質問は、実は私自身も何度も考えていた。
なぜ私は故郷ではなく、この見知らぬ土地で銃を握っているのだろう。
平安道の家の前の小川。母が干していた大根。弟の笑い声。
記憶は少しずつ薄れていく。
だが、日本の巡査に連れて行かれ、殴られていた父の姿だけは、今も鮮明だった。
誰かが戦わなければならなかった。
いつか帰る国のために、誰かが生き残らなければならなかった。
その夜、私たちは廃屋で眠った。
遠くから銃声が聞こえた。
チェ兵士が小さな声で言った。
「キム同志……戦争が終わったら、何をしたいですか?」
私はしばらく黙った。
「家に帰るさ。」
「家……残っているでしょうか。」
その言葉に、誰も答えられなかった。
壊れた窓の隙間から風が吹き込んだ。
私は胸元から古びた紙を取り出した。黄ばんだハングルの手紙だった。
「シナ、生きていておくれ。」
母の字だった。
その短い言葉が、不思議なほど重かった。
銃よりも。
寒さよりも。
外から誰かが叫んだ。
「移動準備!」
私は手紙を再び折りたたんだ。
戦争は、まだ終わっていない。
だがいつか、銃ではなく鍬を持って畑を耕す日が来てほしい。
その日が来たら、私は再び朝鮮語で大声で笑えるだろうか。
風の中で、私は初めてそれを恐れた。
「家に帰るさ。」
「家……残っているでしょうか。」
その言葉に、誰も答えられなかった。
壊れた窓の隙間から風が吹き込んだ。
私は胸元から古びた紙を取り出した。黄ばんだハングルの手紙だった。




