第19話「あの時もそうだった、でももう大丈夫」
日向 湊斗と神崎 凛音の意外な過去が明らかに…!?
「…ここじゃ何だし、場所を変えさせて」
凛音は、葵を人気のない廊下まで連れ出した。
「…それで、知っておいて欲しいことって?」
「湊斗のことよ。湊斗ってああ見えてすごくて友達思いなの。普段はなかなか口に出さないけどね。
でも、それは時々危ういものになる。友達が誰かに傷つけられそうになる時、湊斗は少し過激な手段で事態を解決しようとするの。あの時もそうだった」
今から3年前、中学2年生の頃。
神崎 凛音には仲の良い友達がいた。
その名を日向 湊斗という。
大したきっかけもなく、ある時の席替えで、席が隣同士になったことでよく話すようになり、今ではとても仲の良い親友と呼べるほどの間柄になっていた。
そして、お互いに対して恋愛感情はなかった。
男女の友情は成立しない、とはよく言うものの、お互いにその気がなければ成立するのだ。
相手のことを多少なりとも異性として良い、と思っても付き合うまではいかない…というレベルであれば、それは男女の友情は成立する、と凛音は思っていた。
凛音は湊斗に対して、恋愛感情はなかったが、別に異性として魅力がない訳では無いとは思っていたし、彼のことが気になっている女子もそれとなくいたことは知っている。
湊斗はクラスな人気者タイプではないものの、話してみれば面白いし、裏表のない人間で好感が持てる。
クラスの女子が湊斗のことをアリだと思っていてもそこまで不思議では無いと凛音は思っていた。
そんなある日、湊斗のことが好きである女子がこんなことを言ってきた。
「ねえねえ、日向くんと神崎ちゃんって付き合ってるの?」
何気ない質問だった。
『違う』といえばすぐ終わるような話だったのでそう言おうとしたところ、クラスの中心にいる女子がそれを聞いていたようで、『日向 湊斗と神崎 凛音は付き合っている』という噂にいつの間に変わっていた。
いつの間にか、クラスの面々からは『二人は付き合っている』と完全に思い込まれた。
湊斗のことを好きだった女子もそれ以来、凛音や湊斗にも話しかけてこなくなった。
その女子は性格も良いし、湊斗と付き合えばきっと上手くいくと思ったのだが、自分のせいでそれが台無しになってしまったと思うと、ある種の罪悪感を抱くようになった。
その事を一度、日向 湊斗に謝罪したことがある。
だが、彼は絶対に神崎 凛音を責めることはない。
「その子は俺らのことを良く知ろうとしなかった。だから俺たちが付き合ってないってことも知らずにそのまま離れてった。要はその子の俺に対する好きってそういうレベルのものだったってことなんじゃないの?」
女性にかなりモテる男のようなスタンスで話していることは鼻につくが、湊斗の言っていることは筋が通っており、間違ってはいないと凛音も思った。
だが、彼女の罪悪感が消えることはなかった。
今もなお、日向 湊斗を困らせているのだから。
噂にうんざりし始めた二人は、湊斗のとある提案によって思わぬ方向へ進展した。
「付き合ってるって噂になりすぎててもう否定しようがないしさ、一回付き合ってみる?試しに」
「試しって、あなたね…」
「噂を事実にしてしまえばお互いに気が楽になるかと思っただけど、やっぱダメ?」
「あなた…その…私のことを?」
「あ、ごめん。全く持って恋愛感情はない。ただ女性として魅力がゼロかって言われたら全然そんなことないし、もしそっちに好意があって告白されたらOKはするかなあ、くらいの感じ」
「私もあなたに恋愛感情はないわ。あなたに対しての印象は…あなたが私に対して思ってることとだいたい同じだけど」
「じゃあ、試しに付き合ってみる?案外上手くいくかもよ」
「どうかしらね。お互いにそういう感情がない状態だから上手くいくとは思えないけど…まあいいわ」
こうして、日向 湊斗と神崎 凛音は噂通り、付き合っている状態になった。
しかし、付き合ったからと言って何かが変わる訳ではない。
昼休みは別々の相手と取るし、登下校だって毎日毎日一緒に帰る訳ではなく、タイミングが合えば一緒に帰ったりする。
休日も毎日のように会ったりはせず、本当にたまにお互いがお互いを連れ出すような関係性。
そんな関係が数日続いた日のこと。
その日は偶然、二人の下校時間が被り、二人で学校から帰っていた。
恋人だからと至近距離にいる訳でもなく、程よい距離感で並んでいたのだが、クラスの女子の1人がからかってきた。
「たまには手でも繋いで帰りなよー!」
「…とか言ってるけど、どうする?繋いでみる?」
「別に気が乗らないけど、やってみましょうか」
発言だけ聞けば、初々しいカップルだが、二人の雰囲気はやはり友達のそれでしかない。
試しに2人は手を繋いでみるも、ものすごい違和感に襲われ、すぐに手を離す。
「…違ったな」
「…違ったわね」
「…試しで付き合ってみて分かったけど」
「ええ」
「俺ら」
「私たち」
「「やっぱり付き合うのは違う」」
二人の総意だった。
付き合うのはやはり違う。
友人関係であることがお互いにとってベストた。
そして、2人は"別れた"ということにした。
実際、お試しの交際関係を終わりにして友人に戻ったのだから何も間違ってはいない。
だが、今度は妙な噂が流れ始めた。
「日向 湊斗が振られたのは、交際中に別の男子と浮気をしてそっちに乗り換えたからだ」というものだ。
その噂を日向 湊斗は神崎 凛音に確認したが、そんな事実は存在しないと返された。
その別の男子とは誰なのか?
それは、神崎に思いを寄せる男子生徒だった。
男子生徒は、日向 湊斗と神崎 凛音が付き合っているという噂を聞いて不快な気持ちになっていたものの、二人が別れたという知らせを聞いて、神崎 凛音が自分に乗り換えて日向 湊斗を捨てたというストーリーをでっち上げ、神崎 凛音を孤立させ、味方が自分しかいない状況を作り出し、自分に依存させようと考えていた。
その嘘は瞬く間に広まり、神崎 凛音は湊斗と付き合いながらほかの男子と仲良くなり、男子生徒の目論見通り、"新しい男に乗り換えて、日向 湊斗を一方的に捨てた浮気女"というマイナスイメージを植え付けられた。
神崎 凛音は根も葉もない噂に苦しむようになり、その男子には執拗にアプローチを受けているのが湊斗の視界に入ってきた。
湊斗は嫌がる凛音と、それを"嫌よ嫌よも好きのうち"だとからかうクラスメイトの連中を見て、不快に思っていた。
そして、湊斗は自分たちが"別れた"経緯をクラスの面々に説明したが、"真実よりも面白いものが好き"なクラスの面々はそれを聞き入れなかった。
「な、なんだよ日向?凛音が選んだのは俺なんだよ。分かったら席に戻れよな」
男子生徒は湊斗を追い払おうとするが、湊斗は全く聞き入れる様子がない。
湊斗はため息をつきながら、男子生徒の胸ぐらを掴んだ。
ただならぬ雰囲気にクラスの面々に緊張が走る。
「な、なにするんだ!」
「ちょっと、湊斗!何してるのよ!?」
「…こんなことして神崎と付き合えて、お前はそれでいいの?」
「なんだと…?」
「そもそも、俺と神崎が付き合ってるとかいう噂の真偽を早い段階で神崎に確かめなかったのはなぜ?」
「え…?」
「本人に聞けばあの噂が嘘だって分かったはず。まあ1週間くらいは一応は本当に付き合ってはいたから完全に嘘って訳じゃないが」
「な、何が言いたいんだよ?」
「お前のやることって神崎の意思を全然尊重してないよな。神崎がお前と浮気して俺を捨てたって嘘ついて、自分以外味方がいない状況にして神崎を自分に依存させようとしたとかそんな感じだろ?」
男子生徒は本当のことを指摘され、何も言い返せなくなった。
「あ、図星?沈黙は肯定と同じってよく言うもんな」
「…だったらなんだよ?神崎を取られて悔しいか?」
「別に。神崎に対して恋愛感情マジでないし」
「…なに?」
「いろいろあって実感したわ。神崎は確かにかわいいけどやっぱタイプじゃない。俺はどっちかって言うと佐藤さんみたいな人がタイプ」
急に名指しされた女子、佐藤は困惑を隠せずにいる。
「あの…日向くん。気持ちは嬉しいんだけど…その…ごめんなさい」
「…正式に告ってもないのに振られたんだけど。どうしてくれんの?」
「知るかよ、お前が勝手に自爆したんだろ!」
「まあ俺の話はいいとして。神崎はどう思う?コイツは彼氏としてアリ?」
「ナシ寄りのナシね」
「そ、そんな凛音…俺はお前のことを!」
「私のこと好きだったら、そんな卑怯なやり方じゃなくてちゃんと好きを伝えて欲しかったわ。まああの噂のせいでそうしづらい状況だったかもしれないのは少し同情するけど。あと下の名前で呼ぶのやめてくれないかしら、気持ち悪いったらないわ」
男子生徒は神崎 凛音に全否定され、顔面蒼白となった。
そして、神崎 凛音に関する悪い噂はたちまちに風化し、凛音に対する周囲の誤解はすぐに解けた。
一方、日向 湊斗はクラスメイトの胸ぐらを掴んだことで教師から注意され、クラス内でも少し怖い人間だという印象を持たれ、結局中学生活で彼女ができることはなかった。
そして現在、日向 湊斗が同じように暴走して、また周囲から怖がられて孤立してしまうのではないかという懸念が凛音を襲う。
彼の優しさは時として暴力になってしまい、それは彼を幸せから遠ざけかねない。
日向 湊斗と久遠 葵には上手くいってもらいたい。
だから、なのかは分からないが日向 湊斗にはそういう一面があるんだということを久遠 葵には知っておいて欲しかった。
「…そんなことがあったんだ」
「湊斗は友達に何かあるとつい暴走しがちよ。葵ちゃんには、そんな湊斗のストッパーになって貰えたらなって思ってるの」
「…どうして私が?」
「葵ちゃんの言うことだったら、湊斗も聞いてくれるんじゃないかと思っただけよ」
「…?」
「細かいことはいいのよ。それよりも湊斗のこと、お願いね」
「…分かった」
久遠 葵は湊斗がいるであろう教室へ向かっていった。
神崎 凛音はそんな葵の背中を何も言わずに見つめていた。
一方その頃、2組の教室では…
「ちょっと、離しなさいよ!」
「じゃあ自分のやったことを報告して謝罪しろ」
「はあ!?嫌よ!なんでそんなこと…」
「その態度。まるで反省してないな」
「ち、違う。その…」
「ならあの噂がデマであるとみんなに説明しろ」
「…なんで、私がそんなことを」
「あの取り巻きたちにやらせてもいいけど」
「…そんなの、もういないわよ」
「じゃあお前がやれよ」
「…嫌よ」
「あのさ…なんでこんなことになったか分かってんの?」
「…」
「わかってるならあの噂は嘘ですーってみんなに説明しないとな」
「なんでそこまでしなきゃいけないのよ」
「そこまでのことやらかしたんだよ」
「…大体、なんでアンタにそんなこと指示されないといけないわけ?高本や久遠からともかく」
「俺の友達をお前は貶めた。だから俺はムカついてる。故に俺はお前に制裁を下そうとしてる」
「そ、そんな無茶苦茶な…」
「ほら、2組の連中にも高本さんと久遠さんの噂は私の嘘でしたって言わないとな」
「だ、だからなんでそんな…」
いい加減イライラしてきた。
こいつ全然謝らないじゃん。
これじゃ二人の身の潔白の証明が…
「あ、あの…君?」
2組の女子生徒が話しかけてきた。
この忙しい時になんの用だろうか?
「えっと、何?」
「高本さんと久遠さんの噂が嘘だってのはもう分かったから…その…許してあげたら?」
「あ、あの噂が嘘だってわかってもらえた?」
2組の教室にいたほぼ全員が頷いている。
残りは興味無い勢だろう。
「OK。よし次行くぞ」
「ちょ、ちょっと!離しなさいよ!」
「次は3組だ。行くぞ」
3組も同じようなやり取りがあり、
4組もこれまた同じようなやり取りがあったので省略。
「も、もういいでしょう。もう終わりにしなさいよ」
「あのデマ噂が他学年にまで拡散しきってるとしたら、そうはいかん」
「ちょ、嘘でしょ!全学年回るつもり!?」
「久遠さんと高本さんの名誉回復のためだ」
「あ、あんな女たちになんでそこまでするのよ!どっちかのこと好きなの!?」
「そうだよ。だから必死こいてんだよ」
「あんな女たちのどこが良いのよ。アンタ、永松くんの友達のくせに女の趣味も最悪ね」
「人の好みに口出すなハゲ」
「ハゲてないわよ!ふざけないで!」
「さて、1年のクラスから行くか…」
中村を引っ張って他学年のクラスに行こうとしたら、意外な人物に呼び止められた。
「…日向くん」
「日向!待ちなさい!」
「…久遠さん、それに高本さん」
「…日向くん、私と舞華なら平気だから」
「そうよ!私たちなら平気よ!」
「でも、コイツのせいで久遠さんたちは」
「…大丈夫。日向くんは違うって分かってくれてるでしょ?」
「それは、そうだけどさ。でも…」
「…永松くんや神崎さんだって、違うって分かってくれてる。私はそれで大丈夫だから」
「そうよ。永松くんが…それに、アンタが分かってくれてるなら私は、私たちはそれでいいのよ」
「…本当にいいの?」
「…いい。私も舞華もやり返すことなんて望んでない」
「…」
湊斗は、友希那を掴んでいたその手を離した。
自由になった友希那は、その場にへたり込んでしまった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
友希那はひたすら、葵と舞華に対して謝罪の言葉を述べる。
湊斗は、その様子をただじっと眺めていた。
噂が噂のままになっていることに対して、納得は出来ていないものの、当事者である舞華と葵がもう十分だというのなら、外野である自分は大人しく引き下がるべきだと自分に言い聞かせる。
そんな湊斗の様子を察した葵は湊斗の手を握り、『大丈夫だよ』と優しく伝えるのであった。
その後、湊斗は事情を聞いた担任から、少々行き過ぎてしまったことを怒られはしたものの、友達を思ってしたことであり、今回の件は中村にも非があるということから、停学処分になることなく、注意のみという形で学校生活に戻るのであった。
また、今回の件を境に舞華と葵の良からぬ噂を言うものはほとんどいなくなった。
そんなことを言ったことが"あの男子生徒"に発覚してしまえば、中村 友希那のように制裁を受けることになるかもしれないと皆が恐れるようになった。
実は湊斗と凛音は一瞬だけ付き合ってました。
恋愛感情がお互いに全くないとはいえ、
二人は元カレ元カノの関係です。
二人の名誉のために言っておきますが、
手を繋ぐ以上のことはしていません。




