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実によくある異世界転生  作者: 星野雪
第一章 実によくある異世界転生
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第5話 不器用たちの夜

 帰宅後、2人はテーブルに向かい合って座った。シルワがバックパックの中から、2枚の紙を取り出した。1つはこの周辺の地図で、もう1つは何かの許可証のようなものだった。彼女は地図を広げ、赤丸が付いた部分を指差す。そこは広大な森の中だった。


「ここが、私たちがいるところ」


 シルワはそう言って、指で地図をなぞる。その指は森を抜け、白い道をなぞり始める。やがて、灰色の太線で囲われた大きな名前にたどり着いた。


 レグム王国。と、そこには書かれていた。


「ここから一番近い所だと、このレグム王国ってのがいいんだって。ここからだと歩いて4日くらいらしい。カートルさんの祖国でもあって、大きな国だから調べ事には困らないって、カートルさん言ってた。それから、こっちが入国許可書。あといくつかお金も貰ったよ」


 と言って、シルワは札束を無造作に机に置いた。その札束には明らかな厚みがあった。少なくとも適当な扱いをしていいものではないと思った。


「ただの予想ですけど、これ多分大金ですよ」


 佐藤は札束を手に取った。そこには100ベネフと書かれている紙幣が数十枚はあった。


「えっ、そうなの? カートルさん、大した金額じゃないって言って渡してきたから、そのまま貰っちゃったんだけど……」


 シルワは慌てたように札束を整え始めた。


「まあ、あの人にとっては大した金額では無いのでしょうね。――とにかく、俺たちにとっては大切なお金ですから、大事にしましょう」

「うん。そうだね」

「それで、これが入国許可書ですか」


 呟きながら、佐藤はもう1つの紙に手を伸ばす。その紙の質が余程優れているのか、かなり肌触りの良い紙だった。色も白く、羊皮紙のようなものではない。どちらかと言えば現代的な厚紙に近い物だった。


「署名も日本語になってる……」佐藤は呟いた。「この署名、俺の能力のせいか違和感がすごいなあ。多分問題ないんだろうけど。あと、入国許可証って、本人以外が使えるんですかね」

「よく分からないけど、とにかくこれを国に入るときに見せたらいいんだって」

「推薦状や紹介状みたいなものなのかなぁ」佐藤はぼやいた。どのみち、確かめようのないことだった。「分かりました。ありがとうございます。なら後は旅の準備ですね。少なくとも、行って帰ってくるだけの食料は用意しないと。国で食料を買うことは出来ると思いますが、念のため、自前で何とか出来る分の食料を用意しましょう」

「うーん」シルワが煮え切らないように答えた。「ねえ、それって結構大変だよね? この家なら、肉を凍らせておく所があるけど、外だと簡単に腐っちゃうよね?」

「一応、保存食というか、腐りにくい食べ物を俺が用意することは出来ますけど、まあ大変と言えば大変ですね。他に何か意見があるんですか?」

「えっとね、確かここから歩いて4日でレグム王国って所に行けるんだよね? それってさ、走ったらどのくらいなのかな?」


 シルワにそう言われて、佐藤は少しだけ嫌な予感がした。


「まさか俺抱えて走るとか言いませんよね」

「そのつもりだったけど……今度は気をつけて走るから、ダメかな?」


 佐藤は少し考えた。実際に自分と荷物を持って走っていけるというのなら、恥を忍びさえすれば、恐らく良い案なのかもしれない。


「俺を一度運んだ時、後どのくらい走れそうだったんですか?」

「別にあのくらいなら、一日中走れるよ? 荷物が多少増えても全然大丈夫」


 佐藤はしばらく返答に困ったように唸った。彼女の異常な身体能力が返答を困らせているというのもあるが、やはり女におぶられて移動するのはなんとなく嫌だった。しかも訊いた所によると、シルワの年齢は18。自分より5つ下だ。年下の女の子におぶられて移動する23歳成人男性。なんという間抜けな響きだろうか。


「ま、まあ。確かに荷物は減らせるなら減らしたほうが良いですよね」


 しかし、自分の恥などは、実利に勝るほどでは無いだろう。佐藤は自分を無理やり納得させるように言った。


「じゃあ、運んでいく? どのくらいで着くかな?」

「本当にずっと走れるというなら、恐らくその日のうちに到着すると思いますけど」

「じゃあ、食料は3日分くらい?」

「念のために、一週間は用意しましょう。食料の用意は俺がやります。シルワさんは他の準備をお願いします」


 佐藤がそう言うと、シルワは首を傾げた。


「他の準備って、何をしたらいいのかな」

「じゃあ、そっちは一緒にやりましょう。食料は失敗した場合大変なことになりますから、俺が一人で責任を持ってやります」

「手伝――」

「いりませんので」


 佐藤は食い気味に答えた。



 彼が保存食として選んだのは燻製だった。元の世界で一時期熱中していたことがある。燻す時間や木材を変えるだけで驚くほど味が変わる。まるで理科の実験でもしているかのようで、それが彼にはとても楽しいものであった。


 幸い、燻製を作るための材料も場所も、この森には揃っている。多少、木材の勝手が違ってはいたが、大した問題にはならなかった。二日かけて、鹿肉の燻製を佐藤は


「変な味」


 完成した燻製肉を食べたシルワの第一声がそれだった。彼女は顔をしかめていた。続いて佐藤も肉を口に運んでみたが、確かに美味しくはなかった。今回作った即席の燻製器やらスモークチップやらの癖を把握しきれていないし、そもそも目的は保存食であって美味しい燻製を作ることでは無い。燻す時間もかなり長めに取ってある。


「まあ、味より保存性ですから」

「そういえば、これってなんで腐りにくくなるの?」


 シルワが訊いてきた。彼女の質問は、佐藤にとって簡単な質問ではあった。しかし、相手が相手なので、正確な回答を理解してくれるものとは限らない。少し悩んだ後に、


「煙で、肉を腐らせる悪いやつらを追い出すんですよ」


 とだけ言った。するとシルワは、


「なるほど!」


 と、首を縦に振った。佐藤は密かに、心の中で拳を握った。


 彼女には、正しい理屈に則った説明よりも、子ども相手にする時と同じような説明の方がいい。と、佐藤が確信した瞬間だった。


 旅へ向けての準備は順調であった。食料は一週間分。それから、それなりの着替えと、必要な日用品。カートルから貰った入国許可書と紙幣。今回の旅のために、シルワが一から作った大きなバックパックに全て入れた。


「……じゃあ、行きますよ」


 荷物を纏め終わった後に、佐藤は渋々言った。彼がこのような態度であったのは、荷物と佐藤の荷重を背負った状態で、本当にシルワが走ることが出来るかのテストをするからであった。


 佐藤は荷物を背負った状態で、シルワの背中に乗る。前におぶられた時も思ったが、彼女の体つきは女性のそれだ。変に骨ばったり、逆に筋肉の筋がはっきりしているわけでは無い。ほどほどに脂肪のついた、柔らかい体だった。


 佐藤は遠慮がちに、彼女の肩を掴んだ。


「ねえ、多分だけど、もっとしっかり掴んだ方がいいんじゃない?」


 そんな様子の佐藤に、シルワが問いかける。


「……どこを掴んだ方がいいですか?」


 彼は遠慮がちに訊いた。


「肩の方をしっかり掴んで。じゃないと私の首が締まっちゃうよ」

「こ、こうですか?」


 佐藤はなるべく胸に当たらないように、シルワの鎖骨を抱き寄せる形で掴んだ。


「もっと下掴んで。肩掴まれると、走りにくいよ」

「下って……」


 佐藤の目線が、彼女の胸元へいく。何故か急にこめかみが痛くなってきた。


「じゃ、じゃあ」


 目線を外しながら、佐藤は彼女の胸元を両腕で抱える。官能的な感触が、彼の腕に伝わる。彼女の胸と触れた場所が、熱でも帯びているかのように熱かった。


「ん?」シルワが首を傾げた。その違和感を確かめるように、背中を揺らした。

「どうかしました?」

「なんか、背中がへんな感じがする」

「……気のせいです。絶対」


 佐藤は力強く言った。シルワは驚いた表情を浮かべた。


「そ、そう? じゃあ、走ってみるね」


 シルワが駆けだす。慣性によって、佐藤は後方に強く引っ張られる。彼は慌てて力を込め、体を彼女の背中に密着させた。そうしないと簡単に振り落とされるからだ。強く体を押さえつける風が、彼女の走る速度の異常さを物語っていた。


「も、もういいです! 分かりました!」


 彼がそう叫ぶと、シルワはゆっくりと速度を落とした。


「……もしかして、速かった?」


 シルワが伺うように佐藤に訊いた。彼は既に彼女の背中から降りていて、息を切らしていた。


「すみません。その、正直に言って落ちないようにするだけで精いっぱいでした。今の半分くらいの速度なら助かるんですけど……」佐藤は遠慮がちに言った。

「半分かぁ」シルワは目線を上に向けていた。「それで間に合うのかな?」

「早朝に出発すれば、日が落ちる前には着くと思います。……というかむしろ速すぎますよ。それに今のも、多分本気ではないんでしょう?」


 佐藤は、シルワの普段と変わらない様子を見て訊いた。運ばれているだけの自分は肩で息をしているというのに、彼女は一切息が切れていない。


「うーん」シルワは首を傾げた。「一日中走るなら、あのくらいが限界だと思うよ。やったこと無いから、多分だけど」

「それでも凄いですけどね。俺の世界に、シルワさんより身体能力が高い人はいませんよ。それも魔法の力なんですかね?」

「いやあ」シルワは恥ずかしそうに目線を逸らした。「私、前も言ったけど、魔法はそんなに使えないし、魔力もぜんぜん。だから、私の体は元からこんな感じだよ」


 そう言って、彼女は腕を軽く広げた。やたら誘惑的だった。佐藤は思わず目を逸らしていた。


「と、とにかく。あの状態であれだけの速度で走れるのなら、問題なくレグム王国に行くことが出来ますね。――見た目の問題は置いておいて。明日には出発出来ると思いますけど、そうしますか?」

「うん。こういうのは、なるべく早い方が良いと思う」

「分かりました。俺もそう思います。明日、よろしくお願いします」

「うん。よろしくね」


 その後、残りの準備を済ませた佐藤達は、少し早めに寝る事にした。彼はベットの上でぼんやりと天井を眺めて、考え事をしていた。しばらくそれを続けて、やがて瞼に重さを感じ始めた時だった。蝶番の音が聞こえた。首を向けると、微かな光が扉から差し込んできた。


「サトウ君、起きてる?」


 シルワの声が、佐藤の耳に届いた。囁くような、小さな声だった。それは佐藤を起こさないようにという、配慮を含んだ声でもあった。


「……起きてますよ。どうかしましたか?」


 佐藤は体を起こした。本当は旅支度で疲れていたため、そのまま寝てしまいたくもあった。彼をそうさせたのは、彼自身の気質であった。


「となり、座っていい?」

「あ、どうぞ」


 シルワは佐藤の近くに座ってきた。ちょっとした拍子で、肩が触れ合うほどの近さであった。彼は少しだけ、彼女から距離を置いた。


「それで、どうしたんですか?」佐藤が訊いた。

「えっとね。なんか、寝れなくて」シルワは窓の外を見ていた。「明日、ここを離れるんだと思ったら、ちょっと怖くなっちゃって。少し、サトウ君とお話ししたいなって」

「そう、なんですか……」


 佐藤は少し驚いていた。彼女は自信を無くすことはあっても、弱った様子を見せたことは、あの時(寝ていた時)以外は無い。彼女のそんな様子を想像したことも無かった。


「サトウ君は、怖くないの?」シルワが訊いてきた。

「あまり。まあ元々、別の世界の住人ということもあると思いますけど、正直に言うと、ワクワクしています」

「ワクワク? どうして?」

「この世界が、俺が知らない知識を元に発展しているであろう世界だからです。シルワさんには少し要領を得ない話だと思いますが、俺は『非科学的』という言葉が嫌いなんです。それは只の思考放棄でしかない。現象として目の前で起こっているなら、それは必ず科学で解き明かせる。俺はそう信じています。だから、この世界の"魔法"についても、同じように解き明かしたいと考えています。国に行けば、そのヒントを掴むことが出来るかもしれない。そして何より、『知らないこと』をもっとたくさん知れる。――もちろん、帰ることが優先ではありますけど」


 佐藤とシルワは向き合った。彼女は少し首を傾げていた。


「サトウ君の話は、難しいね」

「すみません。難しい話だということは、理解しています。ただ、他に説明のしようが無かったもので」

「ううん。大丈夫。なんか、ちょっと安心した」


 と言って、シルワは小さく笑った。


「安心?」

「サトウ君がいつも通りのサトウ君だから」

「それでシルワさんが少しでも安心できるなら、良かったです」


 佐藤は優しく、囁くように言った。シルワは高揚した表情を浮かべ、俯いた。


「ねえ、サトウ君。訊いてもいいかな」

「はい」

「サトウ君のお母さんって、どんな人?」


 シルワのその質問に、佐藤は動揺した。一瞬、唇が震えたのが自分でも分かった。それを悟られないように、佐藤は全身を強張らせる。


「……強くて、優しい人です。時々厳しいですけど。どうして、そんなことを?」

「私ね、お母さんのこと大好きなの」

「知ってますよ」

「でも、私お母さんのこと、殆ど覚えていないんだ。大好きなはずなのに、確かにいたのに、もう顔もぼんやりとしか思い出せない」


 シルワが言った。彼女は今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。佐藤は口を堅く結んだ。そして下を向いた。


「でも、覚えていることがあって」シルワが言った。「私、寝る時いつもお母さんにハグされて寝ていたんだ。怖いこととか、不安なことがあっても、それで全部平気だった。大きな体と、温かい体と、優しい感触をいつでも思い出せる。それで、サトウ君にお願いしたいことが一つあって――」

「俺でいいのなら、いいですよ」


 言い終わって、言い回しが変だという事に気が付いた。訂正できるような雰囲気でも無かった。


 流石に、彼女が何を望んでいるのか、佐藤にも容易に分かった。それでも、《《何かの間違い》》ということもある。彼はそのままの姿勢で待った。


「ありがとう」


 シルワはゆっくりと、佐藤に近づいて体を寄せる。肩に手を回して、彼にゆっくりと体重を乗せる。2人は密着したまま、ベッドの上に倒れ込んだ。自然と、見つめあう形になった。


 意外と、邪な気持ちにはならなかった。彼女のあの境遇を知って、どうしてそのような気持ちになることができようか。


「……なんか言ってください」

「サトウ君って、硬いね。色々と。ごつごつしてる」

「それはすみませんでした」

「でも、お母さんより大きくて、温かいね。熱いくらい」


 熱いのは多分、あなたのせいだ。と、心の中で佐藤は呟いた。


「それは褒めてるんですか?」

「うん。サトウ君に頼んで良かった」

「それなら、良かったです」


 暫く、無言の時間が続いた。その間、ずっと佐藤は言葉を探していた。しかし、ついに見つかることはなかった。それより先に、彼の胸にシルワが顔を埋めてきた。


「し、シルワさん?」

「ごめん、ちょっと」


 彼女はそれだけ言った。その理由は直ぐに分かった。彼女が泣いていたからだ。佐藤は彼女の頭に軽く触れた。滑りのいい髪の毛が、彼の指の間を抜けた。別にそれは憐れんだからでも、愛おしくなったからでもない。そうするべきだと思ったからだ。


「会いたいな」


 シルワが寂しそうに言った。俺も会いたい。とは言えなかった。彼女が佐藤の背中に手を回す。縋るような手つきだった。


 その時、はっきりと分かった。自分はまだ、代役にすらなれていないのだと。


「俺でよければ。いつでも付き合いますから」


 なるべく安心させるようにと、そんな意識を声に乗せて、佐藤は言った。少し、悔しさのようなものがあった。たかだか数日の付き合いで、そんなことを思ってしまうのは、多分、こんな風に触れ合った初めての女性だからだろう。


 シルワは、一度だけ頷いた。2人はそのまま暫く抱き合った。どのくらいの時間、そうしていたのかは分からないが、やがて泣き疲れた彼女が眠ってしまった。それを確認した佐藤は、目を閉じて寝ることに集中し始めた。



 今日は、あの夢を見なかった。

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