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実によくある異世界転生  作者: 星野雪
第一章 実によくある異世界転生
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第4話 彼が貰った能力

 その日は、佐藤がシルワと出会ってから一週間ほどが経過した日だった。商人に会うために、2人は森の中を歩いていた。


 凹凸の激しい不安定な地面を、背中に大きなバックパックを背負いながらシルワは歩いていた。その足取りは大きな荷物を背負っているとは思えないほど、軽やかなものだった。一方で佐藤は、その少し後ろをおっかなびっくりついていく。日頃から運動をしているが、それでもついていくので精いっぱいだった。彼女のペースがいくらなんでも早すぎるのだ。最初は景色を楽しみながら歩く余裕もあったが、今は足を動かす以外に思考の介在する余地は無かった。


 佐藤は額から流れる汗をぬぐいながら、足元の方に目をやった。そこには、短い影が出来ていた。それは、太陽が真上に近い位置にある証拠だった。しばらく過ごして分かったが、この地域は日照時間が長い。元の世界で考えるなら、それはすなわちこの地域の緯度がある程度高いことになる。


 と、その時だった。先を行っているはずのシルワが、彼の目の前にやってきた。


「サトウ君、ここから少し先に開けた場所あるからさ、そこで休憩しようか」


 と、肩で息をする佐藤を気遣うように、シルワが声をかけた。


「すみません。急がないといけないのに」


 息も絶え絶え。といった様子で、佐藤は答える。


「サトウ君って、意外と体力無いよね」


 共に生活して一週間。シルワにはやや遠慮が無くなってきた。


「走って鹿捕まえる人と比べないでください」

「サトウ君の世界では、普通じゃないんだよね。それ」

「こっちの世界でも普通じゃないかもしれませんよ」


 そんなやり取りをしながら暫く歩くと、岩や長草が無い平坦な場所に着いた。木もこの一帯だけは生えていない。空からは、ここだけ穴が開いているように見えるだろう。佐藤は地面に腰を下ろし、シルワは全く堪えていないのか、そのまま立っていた。


「どうぞ」


 シルワが佐藤に水筒を差し出した。鉄製で、蓋がついているちゃんとした水筒だった。佐藤はお礼を言ってから、蓋を何回か回して外し、中を水を貪るように飲む。飲んでいる間にも、しきりに脹脛をさすって、少しでも疲れを取ろうとしていた。


「そんなに疲れた?」そんな佐藤の様子を見たシルワが言った。

「かなり。普段しない動きってのもありますけど……」


 何よりあなたのペースが速すぎる。とは言わなかった。

 肩で息をする佐藤を見て、シルワは少し考える素振りを見せた。そして、


「だったら、ここからは私がおぶるよ」と言った。

「へ?」


 佐藤の口から、情けない音が出た。全く予想していなかった提案だった。


「いやいやいや、流石に無理ですって。いやまあ、シルワさん、俺より力強いでしょうけど、色々不味いですって」

「何が不味いの?」

「あー、えっと……」


 普通は男女の位置が逆だし、というかそれ以前に思春期を終わらせた男女というだけで色々不味い――と言おうとしたが、その言葉がシルワにとって意味のない言葉だと気が付いてしまった。否、思い出したというべきか。


「別にサトウ君がどうしても無理ならいいけど、多分このままのペースだと今回は間に合わないよ」

「……次に商人さんが来るのは?」

「三十日後」


 特に気にしてもいない様子でシルワは言った。

 佐藤はため息を吐く。そのまま頭を抱え、軽く頭を掻いた。


「……お願いしていいですか」

「いいよー」


 そんなわけで、彼女の背中に情けなくしがみつく佐藤と、何でも無いような顔でそれを抱えるシルワがいた。彼女の首元から、やけにいい匂いがした。


「サトウ君って結構軽いんだね」


 佐藤を揺らして位置を調節しながら、シルワが言った。


「なら良かったです……」


 佐藤は彼女のどこを掴めばよいか迷っていた。今は肩を両手でつかむ形だった。


「しっかり捕まっててよー」


 と、そんな風に迷っている佐藤を尻目に、トンと、シルワは軽くジャンプした。一瞬で彼女は数メートル上の木の上にいた。


「は?」


 慣性と空気抵抗に引っ張られて、彼女の肩から佐藤は手を離してしまう。残った足を支えに、バンザイのような形で、彼の上半身は空中に投げ出された。その目に、わざとらしく太陽が映り込む。


「ちょっと待――」


 佐藤の声は、虚しく宙にかき消された。シルワは彼の叫びに気が付かなかったのだ。彼女はさらに力を込めて、彼の足を固定する。


 そのまま、シルワは木の枝から枝へと飛び移って、凄まじい速度で森を駆け抜けた。佐藤の体は、彼女の着地や跳躍に合わせて上下に揺れる。下に揺れるたびに、彼の後頭部に太い枝が衝突し、上に揺れるたびに、顔面に太い枝が衝突した。――普通に歩くか、30日待った方が遥かに良かったと、彼は今更ながら後悔した。


「……死ぬかと思いましたよほんと」


 そんな状態で3分間。彼の顔には多数の切り傷が出来ていた。


「ご、ごめんなさい。初めてだったから気が付かなくて」


 シルワが腰を折って丁寧に謝った。佐藤はなぜだか、自分が間違ったことをしたかのような気分だった。


「ま、まあ後で回復魔法をください。それで大丈夫です」


 そう言った後に、佐藤は自分自身に驚いた。当たり前のように自分の口から魔法という言葉が出るとは思っても無いことだった。


「……うん、ごめんね。次から気を付けるから」


 シルワはまた、腰を折って誤った。暫く二人はお互い顔を伏せて歩いた。罪悪感の枷が二人を縛っていた。


「あー、その、俺達って、何処へ向かってるんですか?」


 焦燥感に駆られた佐藤が、言葉を発した。


「あ……うん。えっとね、ここの先に公道って言う、国と国とを繋ぐ道があるんだけど、交易路として使われているんだ。カートルさんは、いつもそこを通るの。昔から――


 昔から。その先を言おうとして、シルワは言い淀んだ。


「昔から?」


 佐藤が反射的に聞く。


「昔から、色々良くしてもらってるの」


 シルワは目を逸らしてそう言った。



 森を抜け、草原をしばらく歩くと、石畳で出来た幅8m程の道があった。道は二方向に、地平線の遥か向こうまで続いていた。広い草原にぽつりと、絵画の風景の一部のように、大きな馬車があった。


 佐藤達はその馬車に近づいた。はっきりとその姿が認識できるところまで近づくと、佐藤はその馬車を引いている馬が生物でないことに気づく。青白く、体の向こう側が少し透けて見える馬だった。これが、シルワの言っていた魔法馬車かと、彼は何となく察した。ここまでくると何でもありだなと、心の中で呟く。 


「カートルさん、お久しぶり」


 御者席に座る、初老の少し太った男にシルワは話しかけた。


「お久しぶりです。今回の売買はいつもので構いませんか?」


 カートルがそう言うと、シルワは頷いて、リュックサックの中身を取り出し始めた。


「あ、魔石を多めにください。それから補充が……」


 シルワとカートルが話始めたので、佐藤はなんとなく距離を置くことにした。すると、


「よう。この辺じゃ見ない顔だな」


 と、背後から声をかけられた。男の声だった。振り返ると、荷台から男が1人飛び降りてきた。かなりの大男で、身長は恐らく2mに近い。そして何より目を引くのは、全身を甲冑のようなもので武装していることだった。その装甲は体の毛ほども見えないほどの徹底ぶりだった。


「あ、どうも。初めまして」


 彼の体躯にやや驚きながらも、佐藤は応答する。


「俺はアールってんだけどよ。お前は?」


 アールは陽気、といった雰囲気の声で言った。それは思わず彼の印象が和らいでしまうほどだった。


「佐藤です。ご丁寧にどうも」

「サトウか。やっぱりこの辺じゃあまり聞かない名前だな。お前はどう思うよ、フェルム」


 と言って、アールは背後に顔を向けた。よく見ると、彼の陰に隠れるようにして、一人の少女がいた。彼女はフードを深く被っていて、顔が良く見えなかった。というより、明らかに顔を隠していた。白い肌と、銀色の髪が、ほんのわずかに見える程度だ。


「ひとつあなたに忠告」


 彼女は顔を隠したまま言った。声量は大きくなかったが、はっきりと聞き取れる、よく通る声だった。そして何より、声に抑揚というものが一切なかった。機械的という訳ではない。それが人の声であることは十分に理解できる。しかし、その声には感情というものが一切存在しないのだ。そんな声から発せられた忠告という2文字は、佐藤の緊張感を高めるには十分だった。


「は、はい」

「その名前、誰にも言わない方がいい」


 少女から出た言葉は、佐藤の不意を突くものだった。


「え?」

「それだけ。じゃあね」


 フェルムはそれだけ言って、また荷台の中へと戻っていった。


「あー。悪いな。あいつはああいうやつでよ」


 頭を掻きながら、アールは言った。金属音がやけにうるさく響いていた。


「いえ、構いません。それより……今の話、どういうことなのですか?」

「さあ? 俺も良く分かんねえわ。――でもよ、あいつは余計なことは言わねえんだよな。っていうか、必要最小限しか言わないって感じか。だからまあ、多分その名前は本当に伏せておいた方がいいのかもな。判断はお前に任せるけどよ」

「そう、ですか」


 佐藤は顎に手をやって、暫くその理由を考えてみた。いくら考えたところで、確信できるような答えは出なかった。


「ってか悪い。俺も戻らねえといけえねえわ。そもそも俺ら護衛でこの馬車乗ってるし。じゃあな、またどっかで会った時はよろしく頼むわ」


 アールはそう言って、荷台の中へと戻った。佐藤もシルワの所へと戻ることにした。彼女たちは既に取引なり会話なりを終えた様子で、カートルは既に御車席に戻っていた。


「いろいろとありがとう。カートルさん」

「い、いえ。それでは私はこれで」


 カートルはややぎこちなく答えた。そして慌てたように馬を引いて、馬車を出発させた。


「……何かありました?」佐藤は恐る恐る聞いた。「あの人、俺に目も合わせず行ってしまったんですけど……」

「んー。何でだろうね。よくわかんないや」

「ひょっとして、俺の名前を言いました?」

「うん。ここから近い国の場所を聞いた時に、行きたがってるのは私じゃなくてサトウ君だって。転生者ってことも伝えたよ?」

「あー……。実は、さっき荷台に居た方に聞いたんですが、どうもサトウって名前はこの世界だと良くない名前らしいんですよ」


 佐藤がそう言うと、シルワは驚いた。


「そうなの? じゃあ私ひょっとして、あまり良くないことをしちゃったのかな」

「いや、俺もさっき知ったので、仕方ないですよ」


 シルワは大きく肩を落として、ため息を付いた。そこまで落ち込んでいる彼女を見るのは珍しかった。


「そこまで落ち込むことではないと思いますよ?」

「ううん。そうじゃなくてね」シルワは首を振った。「実は、サトウ君たちが話してる声、聞こえてたんだ。だから、気付けたかもなぁって」

「……聞こえていた? 何話してるかまでは分からなかったってことですか?」

「あ、そうじゃなくてね」


 シルワは次の言葉を発するまでに、一拍置いた。


「サトウ君が話していた人って、私と使ってる言葉が違ったじゃない? だから、私あの人たちがなんて言ってるのか分かんなかったんだ」

「あっ」


 佐藤は、しまったと言わんばかりに声を漏らした。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 シルワを手でけん制して、佐藤は混乱する思考を無理やり抑えつける。


 考えてみれば、当然の話だった。ここは異世界。違う世界で、異なる世界。ともすれば、そこで使われている言語が日本語である確率は0に近いだろう。


『よって君には異世界に行ってもらうことにした。一つ特別な能力を与えてな』


 あの時の会話が、脳裏に浮かんでいた。思えば、シルワの家にあったいくつかの本。それらも全て日本語で書かれていた。


 ――俺があの神様から貰った能力って、つまりはそういうことなのか。


 あらゆる言語を日本語として、意思疎通を取ることが可能になる能力。――それが、彼に与えられたたった一つの能力だった。


「俺、分かりました。貰った能力」


 佐藤は呟くように言った。


「えっ」彼の突然の言葉に、シルワは声を上げた。「どんな能力なの? どうしてわかったの?」

「一言で言うなら、翻訳能力。つまり、どんな言葉を使う人とでも、会話ができる能力です。そしてそれに気付いたのは、シルワさんのおかげです。シルワさんが使う言葉が違うと言わなければ、俺は多分気付けませんでした。ありがとうございます」

「ど、どういたしまして」シルワは恥ずかしそうに笑った。「自分の無知が役に立つなんて、思いもしなかったな」


 それから暫くして、2人は帰路に向けて歩き始めた。


「シルワさんは、普段何語を使っているんですか?」その途中で、佐藤が尋ねた。

「私は、公用語を普段から使ってるんだ」

「公用語? それって、どの国のですか?」

「あ、ううん。えっとね、正確には国家間交易公用語。いろんな国での意思疎通をしやすくするための物――だったかな。確か、昔の商人が使っていて、その名残で後で色々と整備されて出来たみたい」

「ああ、そういう」


 元の世界でも、異なる言語圏の間で取引を行うために、商人たちの間で自然と生まれた言語が存在すると聞いたことがある。


「サトウ君は、何語?」シルワが訊いてきた。

「日本語って言います」

「分かんない」

「当たり前じゃないですか」


 佐藤は笑って言った。


「でも――これで一歩前進だね」


 シルワが言った。そんな事を言う彼女を、佐藤は凄いと思った。月並みで、幼稚で、安易な言葉以外出てこなかった。


 確かに――前進だ。この情報が、何になるかは分からない。もしかすれば、停滞を生むことになっているのかもしれない。それでも、前進は前進だ。要は、前には進んでいる。それが正しい方向か分からないだけで、進んでいるのだ。ならそれはきっと、喜ぶべき事だ。


「そうですね。一歩前進です」


 シルワに、尊敬のまなざしを向けながら、佐藤は答えた。

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