第1話悪役に転生する
僕は恋愛経験がない。女の子との会話だって、ほとんどゼロに等しい。
子供の頃、あまり外に出ず、家でアニメを見ていた。アニメのヒーローを見て、彼らの動きを真似していた。あれが人生で一番楽しかった時間だった。
大人になってからは、平日は仕事に忙しく、休みの日はずっと部屋に閉じこもって、漫画やライトノベルを読んだり、アニメの更新があれば観たり、スマホゲームやPCゲームをしたり。友達もほとんどいない。
生活は単調だけど、それで充分だと思っているし、むしろ充実している。でも、子供の頃のあの熱中は失ってしまった。
そんな単調な生活の中、数少ない友達までが僕を哀れに思っている。
今の僕には推しキャラもいなければ、本当に夢中になれるものもなく、純粋な「恋愛」だって経験したことがない。全ての行動はただ時間をつぶすためだ。
親友は何度も「恋愛ゲームを試してみろよ」と言ってきた。
いわゆる恋愛ゲームとは、恋愛プロセスをシミュレートするゲームで、種類は多い。
恋愛といえば、僕にはまったくイメージが湧かない。ライトノベルや漫画でしか見たことがない。
現実の恋愛を思い浮かべる人もいれば、ライトノベルの恋愛話、またはバーチャルキャラへの愛を想像する人もいるだろう。
でも正直なところ、人々が恋愛している様子をほとんど見たことがない。子どもの頃から休みの日はいつも家にこもりっきりで、観察が得意じゃなかったからかもしれない。
はあ…どうやら共感力も高くないようだ。友達が感動して泣けるアニメのシーンを共有しても、僕には特に何も感じない。小さい頃はキャラが死ぬと泣いていたけど、もう僕は大人だ。
大人だから泣けないってことじゃない。ただ、すごく疲れていて、泣くだけの余力がないんだ。
「Every day spent with you.」――とある恋愛ゲーム。
親友の話では、恋愛ゲームってたいてい文章を読み進めるビジュアルノベル系が多いらしい。ポータブルタイプや3Dのものもあるそうだ…。
だがこの作品はオープンワールドを選択した。極めて珍しい恋愛ゲームだ。
ゲームの世界観は、モンスター、魔法、迷宮、冒険者が存在する現代日本のパラレルワールド。
ゲームは驚くほど自由度が高く、華麗なスキルエフェクト、精巧なキャラクターデザイン、選択可能な主人公の性別、未知に満ちた物語…。
舞台は冒険者学園と広大な世界(そう、冒険者に学園があるなんてね)。
主人公の目的は、最強を目指すことでも、その他「最もお金持ちになる」「最も大きな権力を握る」ことでも構わない。ヒロインのうちの一人を幸せにすることでもいいし、ハーレムを築いて全員を幸せにすることでもいい。
恋愛ゲーム好きにとって、本作はまさに伝説級の作品と呼べるものだった。
しかし、あまりに自由すぎるが故に、誰とでも攻略できてしまい、結果的にハーレムが数百人、いや数千人にまで膨れ上がりゲームがクラッシュしたり、様々な種族の生物と恋愛したりする事態まで招いた。
しかも、高すぎる自由度のせいで、ヒロインたちのストーリーが希薄になり、時には言及すらされず、ヒロインの存在自体が忘れ去られることもあった。
この理由から、このゲームは発売後しばらくして自由度の調整が行われ、プレイヤーからブーイングを浴びた。
結局また元に戻されたものの、評価は大きく落ちてしまった。
恋愛ゲーム好きの親友も、絵柄が良かったから買っただけで、評価が悪かったのでほとんど遊んでいなかった。
発売から三年経っても、ずっと最適化は続いているが、評価は一向に回復しない。親友は遊ぶのをやめ、僕に売ることにした。
ゲームに金を使うのはこれが初めて。恋愛ゲームを遊ぶのも初めてだ。どうやって遊べばいいのかわからないが、親友は「自分が楽しいと思えばそれでいいんだよ」と言った。
パッケージケースにはすでにホコリが積もっていた。手でそっと拭うと、ケースは僕の目にキラキラと輝いて見えた。
「さあ、よろしくお願いします!」
音楽は心地良く、絵柄もとても落ち着く。友達たちは僕の評価に少し絶望しているようだ。彼らは理解できないらしい、熱中できるものがない僕がどうやって生きているのかを。それでも、続けて遊ぶように励ましてくれた。
「何の職業を選ぼうかな…。」
職業選択もまた多彩だ。サモナー、バーサーカー、クレリック(聖職者)、メカニック(整備士/機工士)、陰陽師、マジシャン、竜騎士……え? スリーパー(催眠術師)って何だよ?!
プレイヤーは自由に広大な世界を探索し、モンスターを倒し、迷宮を探検し、ヒロインを見つけてストーリーを進めることもできる。ヒロインを連れて世界を駆け巡り、特殊なイベントを引き起こすことも…。
冒険者ギルド、教会、王宮、ダンジョン、魔物の森…。
クエストを選択してこなせば、スキルポイントとお金が手に入る…。新たなスキルを学び、華麗な技を放つことも。
モンスターもすごくカッコいい。ゲームの中では特にカッコいいモンスターが好きだ。彼らには圧迫感があり、挑戦して倒した時の達成感がある。
ゲームの難易度は高くない。恋愛ゲームでなくとも、きっと高評価を得られたはずだが、現実はそうではなかった。
『必死にならなければ、すべてを守れない』(*注)
素夜空塵、このゲームを愛するファンの心を折った男、いわゆる「キンパツ」(嫌われがちな金髪キャラ)。
そう、こういうゲームにもこういうタイプのキャラクターは存在するのだ。
多くのエンディングでは、プレイヤーがすべてのヒロインを幸せにできなかった場合、彼が現れて、残りの女の子たちを連れ去ってしまう。ゲームは強制的に、キンパツが女の子たちをいじめるシーンを再生する。
彼は主人公の手柄を横取りし、それだけでなく、一緒に冒険していると、レアアイテムを平気で独り占めしてしまう。しかし彼の戦闘能力はなかなか高い。
彼はまるで影のように、どこにでも現れる。
彼についての議論は真っ二つだ。
カッコよくて強いと思う人もいれば、気持ち悪いと思う人もいる。中には何時間もの動画をわざわざ作って、彼の罪状を解説する者までいる。
気持ち悪いと思う人が大部分を占めている。誰が他人の女を奪い取るような男に好感を持てるだろうか?
ゲーム内で彼を好きな人はほとんどいないが、彼は気にしていないようだ。人々は彼が何を大切にしているのかを知らず、知ろうともしない。だって、彼は気持ち悪い男だからだ。
ファンたちを喜ばせてくれるのは——彼の悲惨な末路だ。自殺、暗殺、主人公に殺される、魔物に喰われる、餓死……待ち受けるのは必ず死である。
僕は数日間、ほぼぶっ通しで遊んだ。夜から翌日の昼まで。さすがに体が持たないと思い、食べ物を買ってから休もうと思った。
背伸びをすると、全身の関節がゴキゴキ軋んだ。
ふらふらしながらコンビニに向かった。道もまっすぐ歩けない感じだった。次はもっとセーブしよう。
アイスコーヒーを買って、少しだけ元気を取り戻し、帰って寝ることにした。帰り道、高校生のカップルがじゃれあっているのを見かけた。どうやら僕と同じマンションに住んでいるようで、僕は思わず微笑んだ。
家に着く直前、階段の前で、突然嫌な予感がした。前方を歩いていたカップルの頭上から、何かが落ちてきた。
「ちっ…やばい!」
全身の力を振り絞って駆け寄り、彼らを押しのけた。頭に激痛が走り、もう何も感じられない。
辺りは真っ暗闇だったが、しばらくすると、かすかに光が見えた。
「誰だよ、高所から物を落とすなんて…あれ? 死んでないのか?」
僕は小さな鏡の前に立っていた。鏡に映る顔は、金髪でピアスをした、あの嫌われ者、みんなに気持ち悪がられる男の顔だった。
朗報、俺は転生した!
悲報、スゾラ・ソラジンになっちまった!