茜色の幸せをあなた達がくれた〜招待された先の元家族達は追い出されたらしい〜
本当は笑いたい。
友達とくだらない話で盛り上がりたい。
でも、どうすればいいのかわからない。
「役立たずの出来損ない」
冷たい声が、十四歳のユナーナの背中に突き刺さった。
広大な屋敷の中庭で、ユナーナは膝をつき、俯いている。
周囲には、豪華な衣装を纏った家族たちが、冷たい視線を浴びせていた。
名門伯爵家の長女として生まれたが、生まれつき魔力が極端に低く。
家族からは、家の恥と蔑まれてきた。
妹のミルシーは才色兼備で、魔法の才能にも恵まれ、両親の愛情を一身に受けて育つ。
ユナーナは常に日陰の身だ。
そんなユナーナに、突然の宣告が下された。
ミルシーが王国の王子に見初められ、婚約が決まったのだ。
その祝賀の宴の席で、父である伯爵は、こともなげにユナーナに言った。
「お前は、今日限りでこの家を出て行け。お前の低い魔力は、王家との縁談に不要だ。むしろ邪魔になる」
ユナーナは言葉を失う。
信じていた家族からの、あまりにも残酷な宣告。
反論する気力も湧かず、ただ涙が溢れた。
長年、家族の冷遇に耐えてきたユナーナにとって、この言葉は決定的な終止符。
夜になり、ユナーナは最低限の荷物を持って屋敷を後にした。
冷たい夜風が吹きつけ、心細さが募る。
行く当てもなく、ただひたすら歩き続けた。
森の中を彷徨い、飢えと寒さに震えながら、ユナーナは何度も意識を失いかけた。
数日後。
ユナーナは深い森の中で倒れていたところを、一人の男性に助けられた。
男性は、黒曜石のような瞳を持つ、精悍な顔立ちの青年。
彼の名は、アゼフト。
辺境の小さな村で薬師をしているという。
アゼフトは、ユナーナを優しく介抱し、温かい食事と寝床を与えてくれた。
初めて受ける優しさに、凍てついた心が春の花のように、溶けていくのを感じる。
アゼフトの村での生活は、ユナーナにとって驚きの連続。
村人たちは皆、分け隔てなくユナーナに接してくれた。
彼女の低い魔力など、誰も気にしない。
ユナーナは、薬草の知識をアゼフトに教えたり、村の雑務を手伝ったりするうちに。
自分の居場所を見つけていった。
アゼフトは、ユナーナの聡明さや優しさに気づき、惹かれていった。
ユナーナもまた、アゼフトの温かさと誠実さに心を奪われていく。
二人の間には、静かで穏やかな愛情が育まれていった。
それから三年。
ユナーナは、アゼフトの助手として、薬師としての才能を開花させていた。
彼女の調合する薬は、村人たちの間で評判となり、遠方からも患者が訪れるほどにまでなる。
かつて「出来損ない」と呼ばれた少女は、自分の力で助けることができるようになったのだ。
ある日、村に不思議な知らせが届いた。
ユナーナの妹、ミルシーが婚約者の王子と祖国で盛大な結婚式を挙げるというのだ。
その招待状が、ユナーナの元にも届けられた。
首を傾げる。
招待状を見た瞬間、ユナーナの胸には複雑な感情が湧き上がった。
かつての家族への恨み。
今の幸せな生活への感謝。
アゼフトは、ユナーナの不安そうな顔を見て、優しく手を握った。
「ユナーナ、無理に行く必要はないんだ」
アゼフトの言葉に、ユナーナは静かに首を横に振った。
「いいえ、行きます。今の私を見てほしいのです」
結婚式当日。
王宮は、華やかな装飾と祝福の声に満ち溢れていた。
ユナーナは、アゼフトと共に、招待客の一人として会場に足を踏み入れた。
久しぶりに会う家族は、ユナーナの姿を見て驚愕の表情を浮かべた。
招待状を送ってたくせに。
かつてのやぼったい見た目な少女は、見違えるほど美しく成長していた。
落ち着いた物腰。
知的な眼差し。
自信に満ち溢れたオーラが、彼女を輝かせていた。
ミルシーは、ユナーナの姿を認めると、露骨に嫌悪感を露わにした。「なぜ、あなたがここにいるの?父上は、あなたのような出来損ないを招待した覚えはないと言っていたわ!」
ミルシーの言葉に、会場の空気が凍り付いた。
なにを言っているんだろうか。
こちらは威厳を保ち、優雅に微笑んだ。
「お祝いに参りました。ミルシー様、ご婚約おめでとうございます」
ユナーナの堂々とした態度に、ミルシーは言葉を詰まらせた。
父である伯爵も、変貌ぶりに言葉を失っている。
その時、アゼフトが静かに口を開いた。
「ユナーナは、私の大切なパートナーであり、この村になくてはならない薬師です。彼女の調合する薬は、たくさんの人々の命を救っています」
アゼフトの言葉は、会場に緊張を引き起こした。
出来損ない、と呼ばれていたユナーナが。
人々から感謝される薬師として、活躍しているとは、誰も想像していなかったのだ。
さらに、アゼフトは続けた。
「そして、ユナーナは、私が心から愛する女性です」
アゼフトの真剣な告白に、ユナーナは色んな感情で胸がいっぱいになった。
会場からは、驚きと祝福の声が上がる。
ミルシーは、信じられないといった表情でユナーナを見つめた。
「そんなっ、まさか、あなたが」
父である伯爵は、慌てて取り繕おうとした。
「ユナーナ、お前……一体、どういうことだ?」
ユナーナは、威厳を保ちながら、ゆっくりと語り始めた。
「私は、あなた方が私を追い出したおかげで、今の幸せを手に入れることができました。アゼフト様、そして村の皆様との出会いは、私にとって何よりも変え難い宝物です」
かつての家族の、冷酷さを鮮やかに浮き彫りにした。
会場の人々は、同情と驚きの表情でユナーナを見つめる。
王子の顔には、不快感が浮かんでいた。
ミルシーの家族が、ユナーナのような。
やぼったい見た目になるような扱いをしていたとは、想像もしていなかったからだ。
王家との縁談に傷がついたことを恐れた伯爵は、必死に弁解しようとした。
けれど、王子の冷たい視線に言葉を失う。
最後に、静かに言った。
「過去の恨みを抱き続けて、生きるつもりはありません。ただ、あなた方には、私が今、幸せであることを知ってほしかったのです」
そう言って、ユナーナはアゼフトと共に、王宮を後にした。
背後には、騒ぎが残っていたが、ユナーナの心は、驚くほど威厳に満ちていた。
満足だ。
村に戻ったユナーナとアゼフトは、村人たちの温かい祝福を受けた。
二人は、これからも共に生きていくことを誓い合った。
「ここで生きていくの」
ユナーナは、薬師としての腕を磨きながら、アゼフトと共に。
たくさんの人々の笑顔を、守っていくことを決意した。
数ヶ月後、祖国から不思議な知らせが届く。
ミルシーの婚約が、破棄されたというのだ。
王子の心変わり、伯爵家の悪事が明るみに出たことが理由らしい。
没落した伯爵家は、祖国から遠く離れた地へと移り住んだという。
はて、となったがすぐに忘れるだろう。
知らせを聞いても、ユナーナの心は静か。
彼女にとって、過去のものとなっていた。
今の彼女には、愛するアゼフトと、温かい村の人々。
自分の手で助けることができる、という自負があった。
「ユナーナ、そろそろ休憩しようか」
茜色の夕焼けが、二人の未来を優しく照らしていた。
「はい、今行きます」
ユナーナは、アゼフトの温かい手に己の手を重ね、静かに微笑んだ。
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