5・春
高校入学の日、俺たちは初めて二人と一人に分かれた。悠一郎は開成高等学校に合格し、俺もなんとか郡第一高等学校に滑り込むことができた。
そして、湊は。
ひと月前。まだ桜の蕾も固くて、冷たい雨が降っていた入学試験の当日。郡一高の正門で会った湊は、バツが悪そうな顔で、滑り止めに瑞原も受けてきたんだと言い訳をした。
俺は母と担任と悠一郎にしか志望校を言わなかったし、三人が湊に告げ口をする理由もなく、もちろん俺としても詰問するのはおかしいわけで、その偶然を湊の勘の良さだと自分に言い聞かせることにした。
結果、湊と俺は揃って郡一高の制服を身につけている。湊は黙って郡一高を受験した俺になにも言わなかった。中学校のころと変わらず、暇が合えば一緒に過ごす。合格祝いだったんだと、新しい携帯端末を手にした湊と、どこそこのゲームが面白いのだと情報を交換する。悠一郎が持っているのは電話とメールの機能だけしかない昔からの携帯電話で、難関進学校の忙しさもあってか、連絡を取る頻度がぐっと低くなった。
高校生になった湊の髪は、一段と茶色くなって、さらに長くなった。目を隠すほど伸びた前髪を、女の子のようにカラフルなヘアピンで留めている。街を歩けば、違う制服を着た女子が驚く程の大胆さで湊に声をかけてきた。
「ミナ、いいのかよ。番号とか交換して」
「背の低い子、結構好み」
「そうじゃなくて、おまえ柳瀬と付き合ってるんだろ?」
賑やかに去っていく制服姿を横目に、やや小声で非難した。女の子は、当たり前のように湊とだけ連絡先を交換していく。湊の隣にいるさえない男子も一緒に、二対二で遊びに行くとか、そんな気遣いは端から存在しないのだ。
「だって高校違うし。もう連絡もとってないぜ?」
「嘘つけ。かかってきたのにミナが出なかっただけだろ」
バレてたか。そうコミカルに舌を出した様子は、まるで悪びれず、そんなところだけ変わってしまった幼馴染に少し幻滅した。
郡一高は言葉が悪いが、中途半端な進学校で、そのせいか運動にはまったく力を入れていない。当初、バスケット部を見学に行った湊は、結局入部届けを出さなかった。
「なぁ、なんで郡受けたんだ?」
「さぁ?」
「バスケもやめてるし」
俺の知っている湊は、進学校になんか興味はなかったはずだ。なのにどうして、決して楽じゃない高校を目指して勉強なんかしたのか、その理由が知りたかった。
「あ、連絡きた。早っ」
笑った湊が携帯端末を操作して、ディスプレイを俺の方へと向けた。
さっきはありがとう。今度遊ぼうね。かわいらしいうさぎのスタンプがダンスを踊っている。続けてもう一件のメッセージ。内容は似たようなものだ。それぞれに湊を誘う女の子は気まずくはないのだろうかと、他人事に思った。
「タツも一緒に行く?」
一対二で遊ぶのはちょっとしんどいと、贅沢このうえない一言と一緒に俺を見上げた。
「行かねぇよ。どう見てもミナ狙いじゃないか」
虚しくて居た堪れなくなることが目に見えているのに、だれがのこのことついて行くものか。そう吐き捨てれば、湊が楽しそうに笑った。
「彼氏にするなら、俺なんかより絶対タツのほうがいいのにな」
「嫌味かそれは」
「マジでさ。炊事洗濯掃除なんでもござれじゃん」
「……それは彼氏の条件じゃない」
湊が今度こそ腹を抱えて吹き出した。
「なぁ、またタツんち集まりてぇな」
女の子との約束と同じリズムでの誘いに、どこか気分が乗らなかった。さっき初めて会った子と、三人で一緒に過ごした時間を天秤で無理やり釣り合わせられたような気がした。
「無理だろ。特にユッチとか。受験の時より忙しそうだし」
「だよなぁ……」
残念だと舌打ちをする様子は、作り物には見えなかった。
「で、結局理由はなんだったんだよ?」
「なにが?」
「郡一高受けた理由と、バスケやらない理由」
まだその話が続いていたのかと呆気にとられた湊は、すぐさま悪戯っぽく目を細めて俺を見上げた。厚みのない唇がゆっくりと開く。
「理由? なんとなくだよ」
仕返しをされた。そう感じた。