2・やけど
「悪い、今日は行けなくなった」
週末、湊からそう電話がかかってきたのは、買い物から帰ったと同時だった。もう、材料も揃えたのにどうするんだよ。そう悪態をつきかけて、ただならぬ気配に言葉を飲んだ。
「……夏波が入院した」
それは、鳴き始めた蝉の声にかき消されるようにか細い。電話の向こうでも小さく蝉の合唱が聞こえていた。湊の家の向かいには大きな桜の木があって、毎年これでもかと蝉が鳴き声を競っている。入院したというのに家にいてるのかと聞きかけて、俺はまたもや言葉を発しそこねた。
「多分、助からねぇって……」
「なん……で……」
ほんの数日前、元気にスイミングへ行っていたのに。事故にでも遭ったのかと聞こうとして、やっぱり言葉にはでなかった。
湊、まだか? 今行く!
電話の向こうで湊を呼ぶおじさんの声と、受話器を塞いで返事をした湊の声が順に流れた。
「ごめん。ユッチにも言っといて」
そう早口が詫びて、電話が切れた。
四時を過ぎてやってきた悠一郎と、二人分には多すぎるギョーザを焼いて食べた。悠一郎も俺も、必要以上に無言だった。
ごめん。遅くなった。そう笑いながら湊が入ってくることをどこかで期待した。もちろん、湊が来ることはなかった。
「やけど、だって」
火葬場へ着いた途端、激しい夕立に見舞われた。火葬が済むまでは自由にしていてもいいと言われた俺たちは、だれからともなく奥の非常口で座り込んだ。
「おかしいんだ……別に熱いもん触ったとかないし、そもそも水浴びばっかしてたんだぜ? 腹とか腕の付け根が赤くなって、それがみるみる爛れたみたいになって……」
ぽつりぽつりとしゃべる湊に、悠一郎とふたり、静かに耳を傾けた。
「救急車呼んだ時にはもうまともに息ができなくなってて、医者はさ、低温火傷だって言うんだ。意味わかんねぇ……」
コンクリートに叩きつける雨音がさらに激しくなる。
「不審死だって警察も来たし……なにがどうなったのか、聞きたいのはコッチだってのに」
柩の窓から覗いた夏波の顔は、綺麗で穏やかだった。おばさんは今にも倒れてしまいそうで、おじさんは不自然なほどに平静を作っていた。
俺も悠一郎もかける言葉なんか見つかるはずもなくて、ただ、湊を挟むように両脇をぴたりと固めた。
ドラマか小説か、家族を亡くした幼馴染を慰める男子中学生の役を演じているみたいに、とにかく現実味とかけ離れている。入学式以来見たことのない、綺麗に整えられた湊の制服のネクタイも、マネキンに着せたみたいに不自然だ。とにかく俺たちは、生まれた瞬間から見知った女の子が死んでしまった現実を受け入れられずにいる。
湊が声も出さずに涙を流していた。悠一郎もつられたのか、目尻を拭っている。俺はせめてもの慰めになるかと、湊の肩を引き寄せた。悠一郎も反対側から湊を抱きしめる。湊の腕が俺と悠一郎を引き寄せた。
円陣を組んだ俺たちは、そのまま一緒に泣いた。