表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/100

第96話 朝の支度と、甘やかしすぎの姫様(芽吹月二十六日・朝)

 「……くすぐったいです、姫様」


 「それは、あなたの髪が寝癖だらけだからよ」


 早朝の寝台で、私はまたしても姫様の膝枕を拝命していた。

 姫様は私の髪をゆっくりと梳きながら、穏やかに、しかし当然のように言う。


 「……ひとりで整えられます」


 「却下。今日はわたくしの機嫌がとてもいいの。つまり、撫でたいの」


 「それ、理屈になってません……」


 「うるさいわね。朝の一撫で、撫でカウント:1よ」


 「記録つけ始めてるんですか……?」


 「当然じゃない。撫でるという行為は、感情と比例しているの。つまり、あなたが可愛いとわたくしが思えば思うほど、増えるのよ」


 「えぇ……」


 姫様の指は、やわらかく、そして迷いがない。

 髪を撫でるだけなのに、心の奥がじんわりと温かくなるのはどうしてなのか。


 窓の外では鳥のさえずりが始まり、淡い陽光がレースのカーテンを透けて差し込んできた。

 王城の朝は、どこまでも静かで、どこか満ち足りている。


 ……少なくとも、姫様がこうして笑っている間は。


 「今日はね、あなたの服も朝食も全部わたくしが用意してあげる」


 「え……えぇ?」


 「なに驚いてるの。付き人の朝って忙しいんでしょう? なら今日はおやすみ」


 「そんな……わたしの仕事ですし……」


 「はい、撫でカウント:2」


 「ちょ、ちょっと!?」


 「反論すると撫で数が増えるの。アイリス、そういうの覚えていきましょうね」


 姫様は心底楽しそうに笑いながら、私の頬を人差し指でつついた。

 そのまま私の頬があまりに柔らかかったのか、再び撫で始めたので、撫でカウントは問答無用で3に到達した。


 「……今日は、姫様のご機嫌がとても……極端ですね」


 「あなたが隣にいて、朝から可愛い寝癖つけてたら、そりゃあ気分も良くなるわ」


 「……そういうの、あんまり言わないでください」


 私の顔が少しずつ熱を持っていくのが分かる。

 けれど姫様は、それに構う様子もなく、自分の支度を始めながらぽつりと呟いた。


 「今日は、中庭の奥にある温室へ行きたいの。……春の花がもう咲き始めてる頃だもの」


 「では、護衛の方を──」


 「あなたがいれば、十分よ」


 また、そう言う。

 躊躇いもなく。信頼という言葉では済まされないほどの、まっすぐな視線で。


 私は一度、目を逸らすしかなかった。


 「……では、すぐに支度を整えます」


 「ふふ、よろしい。撫でカウント:4」


 「なんで!?」


 「わたくしの気分」


 姫様は、微笑みながら、けれどどこか誇らしげにそう言った。


 そんな笑顔を見ると、もう何も言えなくなるのだ。


 ──ああ、やっぱり私は。


 甘やかされてる。


 そう実感しながら、それを拒みきれない自分にも、少しだけ困っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ