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第93話 騎士団の報告と姫様の憤怒(芽吹月二十五日・夕方/姫様視点)

 日が傾きはじめた頃、ようやく穏やかな午後が終わりを迎えようとしていた。

 私はアイリスと並んで書庫を出たところで、ひとりの騎士に呼び止められた。


 「姫様、失礼します。カティア副長から、至急の報告を預かっております」


 「……至急?」


 胸の奥に、微かに冷たいものが差し込む。


 「内容は──例の影に関する件です」


 私は頷き、アイリスの手をそっと離す。


 「……わたくしだけで聞くべき話?」


 「いえ、アイリス様も同席を……と、副長から」


 私とアイリスは顔を見合わせ、そして無言で頷き合った。



 執務室。

 そこにはカティアが既に待っていた。

 いつもの騎士装束のまま、机に大量の資料を広げていた彼女は、私を見るなり立ち上がった。


 「姫様、アイリス様。まず謝罪を。……昨日、私の監督不足で、アイリスが再び危険に晒されました」


 「それはもう聞いたわ。で?」


 「……調査の結果、城内に潜入していた刺客のひとりが、“中央都市出身の元騎士”と判明しました」


 「中央都市? 王都直属の……?」


 「ええ。そして、すでに彼の名前は記録から抹消されています。裏の仕事専門の人間でしょう」


 私は思わず、紅茶を口にした。苦かった。


 「……なぜそんな人物が、王城に?」


 「そこまではまだ。ですが、恐らく“内部協力者”がいます」


 「つまり、裏切り者が」


 「はい」


 室内に、沈黙が降りた。

 だが、そこへアイリスが、ぽつりと漏らす。


 「でも、その人……わたしのこと、“姫の鍵”って呼んでました」


 「“姫の鍵”? ちょっと、なにそのセンス……」


 「えっ……」


 「いや、いやよ? わたくしが何か開ける鍵扱いって。そんな大事そうな感じで……じゃあ何? わたくしは宝箱か何かなの?」


 「……いえ、そういう意味では……」


 「しかも“鍵”がアイリスなのよ? ってことは……開けられちゃうじゃない!」


 「そ、そんな風に言われても困ります……!」


 「わたくしのハートを勝手に開ける鍵なんて、許可制に決まってるじゃないの!」


 「姫様、落ち着いてください……!」


 カティアが苦笑を浮かべながら、話を戻すように咳払いをした。


 「……ともかく、“鍵”という言葉からして、アイリス様が何らかの起動装置あるいは象徴的存在として狙われている可能性は高いです」


 「起動装置? ちょっと、待って。わたくしのハートを起動しちゃうのは困るんだけど?」


 「姫様、真面目にお願いします……」


 「はい、真面目に。真面目な顔で怒ってます」


 カティアは一枚の紙を差し出した。

 そこには、暗号のような文字列と“第一対象・金髪の娘”という文言がはっきりと記されていた。


 「これ、アイリスのことよね」


 「間違いありません。しかもこの文書、先ほどまで城内の南塔の書庫に隠されていました」


 「つまり、敵はまだ中にいる」


 「ええ。……姫様、正式に警備体制の再構築と、該当区域の立ち入り制限の許可をお願いできますか?」


 「もちろん。アイリスだけじゃない、城の皆を守るためにも」


 「感謝します」


 私はちらりと隣を見やった。

 アイリスは真剣な顔をして、資料の地図を見ている。けれど、指先が微かに震えていた。


 「……ねえ、アイリス」


 「はい?」


 「今夜から、あなたの寝る場所……わたくしの隣に固定するわ」


 「えぇっ!? そ、それって、保護のためですよね?」


 「当然よ。保護と、監視と──撫で放題のために決まってるじゃない」


 「最後っ!!」


 「ふふ、カティア、これで二重の警備が完璧に整ったわね」


 「……ええ、姫様。ある意味で……」


 ふたりの苦笑を背に、私は深く息を吸った。


 ──この事件の裏には、まだ何かがある。

 その“鍵”が、アイリスだというなら、わたくしは喜んで扉になってやる。

 彼女がその手で、わたくしの世界を開けるというのなら。



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