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第88話 沈黙の刃(芽吹月二十三日・夕刻/カティア視点)

 夕陽が城の高窓を赤く染めるころ、私は医務室の前で足を止めた。


 扉の向こうからは笑い声が聞こえる。

 ふたりの、柔らかくて、満ち足りた声。


 「……今、踏み込むべきじゃないわね」


 私は小さくため息をつき、手に持っていた文書の束を胸元に押し当てた。


 この紙に書かれているのは、アイリスの行動記録。

 観察、監視、そして暗号じみた指示の痕跡。

 明らかに、王城の内部で何者かがアイリスを“標的”として再び狙っている。


 だけど──あの声を聞いたあとでは、どうしても冷たい現実を突きつける気になれなかった。


 「……もう少しだけ、時間をあげる」


 私はそのまま医務室の前を離れ、南棟の執務階へと向かう。

 警備記録、物資の出入り、勤務交代……すべてを照らし合わせて、内通者の痕跡を洗い出す必要がある。



 執務室の帳簿棚に紛れていた、一枚の小さな伝令札。


 《任務継続。対象:金髪の娘。接近成功》


 それを見つけたとき、背筋に冷たいものが走った。


 (……やっぱり、すぐ近くにいる)


 “金髪の娘”──この城で、その言葉が指すのはただひとり。

 従者として仕える少女。

 そして、姫様の心を揺るがす存在。


 暗殺ではない。

 むしろ“揺らすこと”が目的なのかもしれない。

 心を壊し、忠誠を疑わせ、姫様の足元を崩す。

 その手段として、アイリスが選ばれた。


 誰が命じているのかはまだ分からない。

 だがその実行者が、すでに内部に入り込んでいるのは間違いない。



 私は執務室を後にして、誰もいない中庭へ向かった。

 冷たい風が、頬をかすめていく。


 (間に合うかしら……)


 あの子は強い。

 でも、強さと無防備は違う。


 姫様の“心”に最も近い位置にいる彼女は、

 同時に、もっとも狙いやすく、もっとも脆い場所に立たされている。


 そして私は、それを知ってしまった。


 (なら、守らなきゃ)


 気づいた者から、動かなきゃ。


 夜が来る前に、次の一手を読まなければならない。

 沈黙の刃が動き出すその前に。


 私は、剣を抜かずに走り出した。



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