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第83話 囁き、そして予兆(芽吹月二十二日・午前/カティア視点)

 医療室の扉を閉め、私は静かに息を吐いた。


 アイリスが目を覚ました。

 そして、姫様が泣いた。


 その両方を見届けた私は、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


 「……まったく、あのふたりときたら」


 廊下に立ち、腕を組む。

 この王城の壁は分厚いはずなのに、部屋の中から漏れるふたりの声が、かすかに聞こえてくる。


 泣いて、笑って、怒って、また笑って。


 命が残っていることの、なんと尊いことか。


 けれど、それで終わりではない。

 あの襲撃は、“はじまり”に過ぎない。



 私は足音を殺して、東棟の奥へ向かった。

 この王城の中でも、わずかしか人が通らぬ通路。

 そしてその突き当たりには、ひとつの密室がある。


 「お待ちしておりました、補佐官殿」


 低い声が闇の中から返ってきた。

 蝋燭一本すら灯されていない部屋。

 だが、私はためらわずに踏み込む。


 「報告を」


 「……影刃の“指”が動きました。セディル側に“第二の刃”を用意している様子」


 「どこまで及ぶ?」


 「王都の市壁外部に、拠点の影。連絡の伝令が一度、城内に入りましたが──正体不明のまま消失」


 「……内部協力者がいる、ということね」


 私は目を閉じた。


 予想はしていた。

 セディルは、ただの官僚ではない。

 “外部の刃”を動かせるということは、内部に巣食う影をも掌握している。


 「姫様に、まだ知らせてはならない」


 「……了解」


 「今は、アイリスの回復が優先。情報はわたしがすべて整理する」


 「補佐官殿も、お気をつけて。影刃の“本命”が動くときは、必ず“何か”を失わせる」


 「わかっている。だからこそ……次は、こちらが先に動く番よ」



 私は部屋を出ると、静かに扉を閉じた。

 廊下にはまだ朝の光が差し込んでいた。


 けれど、その光が届かない“夜”は、もう始まっている。


 次に刃が振るわれるとき、誰が無事でいられるだろう。

 それでも私は、守る。


 姫様と──あの名を持つ少女を。



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